5話 俺、やっぱり勇者だったわ

 シンジは、尻の後ろに生々しい何かが潰れた感触を覚えながら、平静を装って言う。


「事件を解決したら、お礼なんて貰えたりする?」

「がめついわね……なら、王家の財宝を、一つだけ差し上げます」

「うっし!」

「え? どうしたの」


 シンジは固く拳を握ると、媚びるような口調で訊く。


「王の財宝なんていうくらいだから、すっごいお宝なんでしょうねぇ」

「ふふん。これでも由緒正しき王家の秘宝よ。

 だってあるわ」

「いよっしゃオラァ!」

「へ!? なに!?」


 シンジは、冷静さを取り繕い、動揺するフィアに言った。


「俺、やっぱり勇者だったわ」

「……はい?」

「使命、そういや契約書の下の方に小さい字で書いてあった気がする。

 勇紋も、ついさっき出たわ。尻に」

「尻!? そんなわけないじゃない!」


 シンジが「ちょっと確認するわ」と、立ち上がってズボンを脱ごうとする。


「やめなさいよ! 蹴るわよ! 次は牢の外じゃなくて天に召すわよ!?」

「異世界たらいまわしはごめんだけど、俺は今すぐズボンを換えなきゃだから」

「なんでよ!?」


 シンジはそっとズボンの尻を確認する。

 そこには、息絶えた妖精の血液らしき、真っ赤な染みが付いていた。


「……マジだったかぁ」

「シンジ、あんた、なんか怪しいわね」


 フィアがいぶかしみ出した。シンジは、勢いで誤魔化す。


「痔! さっきの姫さんの一撃でイボがキレに転生したの!

 ラットさーん! 着替えもってきてぇ!!」

「ええ!? それはごめんなさい!

 でも私、切れ痔の勇者なんて嫌なんだけど!?」


 こびとようせい の リラ を おたから で いきかえらせろ !


※※


「といっても、まずはこの地下牢から出なければならんぞこれしかし」

「腕ずくでも出るわ。大丈夫。事件解決のためよ」

「力こそパワー系保釈ほしゃくはダメでーす」


 シンジはフィアの強硬策を却下した。


「大変だ! フィア様ァ!!」


 と、血相を変えて駆け込んでくる人影があった。


「ウィンさん、どうしたのですか?」

「フィア様、ご報告いたします」


 ラットの相棒で、フィア直属近衛兵であるウィンだった。


「国務大臣のブソイ様が、先ほど、亡くなられました」


 人形のように整ったフィアの顔が、蒼白となる。


「霊の……死霊魔術師ネクロマンサーの仕業と思われます」

「まさか、ブソイ様が……」

「もう一つ、お耳に入れておきたいことが」


 ウィンは一瞬口ごもったあと、言った。


「ラキィ様率いる魔術師たちが、実行犯たる死霊を捕らえました。そして、やはり……」

「分かっています。死霊は二名なのですね」

「は! 先王、ギル・アキマ三世と、その腹心であった勇者ミリク二世殿の霊だと思われます」

「え? 先王ってことは、姫さんの父親?」

「……そうよ、シンジ」


 フィアは唇を噛み締め、絞り出すように言った。


「そうか……姫さん、行こう」


 フィアの潔白は、犯行時刻にシンジたちと駄弁っていたことで、図らずも証明された。


「……分かっています」


 シンジの声に応え、フィアは言った。


「ラットさん、ウィンさん、保釈の手続きをお願いします。

 あと、私の名で、このシンジに恩赦を。私の助手にします。よろしくね」

「「仰せのままに!」」


 二人の衛兵が一旦地下牢を去ったところで、シンジの懐がもぞもぞと動く。


「やい、テメェシンジ、よくもリラを……」

「あら、シンジ、あなた小人さまに懐かれたの? 羨ましいわね」

「へ!? あ、うん、そのとおり」


 シンジはフィアに、適当な返事をしながら、牢の隅でラルと密約を交わす。


「お礼のお宝を貰ったら、必ずリラに使うから」

「本当だろうな。ダメだったら、どんな手を使ってでもテメェを死刑にしてやるぜ」

「ああ、それでいい」


 シンジは、とても素直にラルの言葉を受け入れた。


「本当にごめん。絶対に、事件も解決する」

「お、おう。何だおめぇ、そんな目もしやがるんだな」

「目?」

「気付いてねぇのか。おめぇさん、瞳孔開いてやがんぞ」

「そうか?」


 シンジは自覚のない様子で言った。


「……ヒトの命を粗末にするやつは、たとえ自分でも許せないからな」


 その声は、とても低く、鋭いものだった。


※※


 数刻後、二人は、豪奢な玉座のある大広間の中央に立っていた。


 両脇には王国の要職に就く者たちが居並び、神妙かつ物々しい雰囲気。


 王妃に続いて、大臣まで殺害された。


 それも、先王と側近の死霊が殺したというのだ。


アキマこのくには今、改革をしようとしているの」


 現アキマ国王のシル・アキマ四世が来るまでの間、シンジは、フィアから簡単なレクチャーを受ける。


「大きなところでは、死刑の撤廃と、王制の廃止」


 昨年に即位したシル四世が、長らく続いたアキマ大法典の改正を宣言した。


「これに異を唱えたのが、死んだきさき様と、王家の要職につく保守派。

 代々続いてきた役職を失う可能性も高いし、王妃も、妃ではいられなくなる」

「ロイヤル失職か。死活問題だな」


 そして、改革派だったフィアが疑われた。

 まぁそれは、事件の捜査をことごとく混乱させたフィアの身から出た錆でもあるのだが。


「で、ここの人たちがロイヤルプー太郎予備軍か」

「王族の権威にぶら下がって、私腹を肥やしていた連中もいるわ。

 一度は無職になってみればいいのよ」


 フィアはそれに、と続ける。


「今、王家の人間は、現王と私のほかに、幼い従姉妹いとこが一人なの」

「どうしてそんな先細さきぼそ王家なんだ?」

「……王がいらっしゃるわ」


 シンジの疑問に、フィアは答えなかった。


「ホロギウムのに導かれし勇者よ」


 やってきた王は、大きなガウンに身を包み、仮面を被っていた。


「不幸な行き違いもあったが―――」


 しゃなりしゃなりと歩き、玉座に腰掛けると、シンジらを見下ろし、言った。


「―――改めて、其方そなたを歓待しよう」


 その口上を聞き、シンジは言った。


「おい、あんちゃん、人と話すときは仮面取れ。

 何言ってんのか分かんないんだ―――ってえええええ!!」

「不敬罪お代わりしてんじゃないわよおおおお!!!!」


 フィアのラリアットが、シンジの首を持っていった。

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