4話 死刑よ
死を弄び、霊を操る、暗黒の魔術師たち。
ホロギウムにおいては、邪教に
「死因は、
殺されたのは、王のお妃様よ」
「王様に思わずタメ語で話したらガチギレされたのにはそんな訳が」
「いや、アンタの逮捕はそれ以前の問題よ」
風通しのよくなった地下牢で、不敬転生者と怪力残念姫が話し合っている。
「で、姫さんがそのネクロマンなのか」
「違うわよ! 私は捜査に協力してただけよ! ……いやネクロマンって何!?」
フィアは、一個一個丁寧にツッコむタイプのようだ。
「ただ、関係者を力づくでしょっぴいて片っ端から尋問してたら、乱暴な捜査だって批判が上がってしまったの」
「うん」
「で、そのうち容疑者もいなくなって、殺人の動機を再検討したら、よく考えたら私が一番怪しいじゃないってことになって……」
「……」
「潔く自分から牢に入ったのよ」
フィアは、ふふん、と何故か得意げに言う。
「……ラットさん、この世界には“残念の刑”ってあるの?」
「そんなものはない……グスッ」
鉄格子の隙間からラットの肩を叩き慰めるシンジに、フィアが言った。
「何話してるの? それより、シンジ・アサキといったかしら」
「シンちゃんと呼んでくれてもよいぞ」
シンジの言葉は無視される。
「あなた、異世界から魔王を倒すために遣わされた勇者様なんでしょう?」
「違うます」
「否定したい気持ちが言葉を置き去りにしたわね」
どうやら、ホロギウムへの異世界転生者というのは、勇者としての使命を帯びるものらしい。
しかし、シンジに心当たりはない。
「あなた、
「またそれか……まぁ、郷に入っては郷に従えか」
シンジはそう言って、ためらいなくズボンを脱ごうとする。
「あまりきれいなもんじゃないが、見てやってくれ―――ってグハッ!?」
「なにやってんのよォ!!」
その尻に、フィアが後ろ回し蹴りをくらわす。
シンジは、牢の鉄格子を二、三本ブチ折りながら吹き飛んで行った。
「王女に向かってお尻を出すとは何事ですか!」
「いてて、いや、そういう風習かと」
「そんな尖った文化圏ありません! 肛門じゃなくて勇紋です。ゆ・う・も・ん!」
「ないな」
「えぇ~……」
言下に否定され、力なく肩を落とすフィア。
「あと大声で肛門とか言っちゃダメだよ残念姫さん」
「うるっさい、変態転生者」
どうやらこのシンジ、ホロギウムへの転生者ではあっても、勇者ではないらしい。
お尻をさすりながら、フィアに文句を言う。
「はからずも脱獄犯となってしまったじゃあないか。どうするんだよこの鉄格子」
「問題ないわ。ラットさんも、口裏を合わせてくれるだろうし」
フィアは目を閉じると、何かを唱えながら精神統一を行っている。
「まさか、魔法?」
シンジはワクワクを抑えきれぬ様子で言う。
「はっ!」
フィアは、気合と共に目を開くと、
曲がった鉄格子をグッとやって真っ直ぐに、
元あった場所にズボッと突き刺し、
あっという間に元通り。
この間、数秒。
「ふふん。私、こう見えて武闘家なの」
「自己評価ゆがんでへん?」
「魔法なんて、使うまでもないわ」
「そのフィジカルはもはやマジカルだって」
「いやぁ、逞しく育たれましたな、姫」
「ラットさんも現実逃避やめろ。女や姫以前に人として自重させろよ」
シンジがツッコミに注力せねばならん事態である。
「シンジ・アサキ、あなたを異世界転生勇者と見込んで依頼したいことがあるわ」
「だから勇者じゃないって」
「これから、あなたは裁判を受けます」
「おい耳まで残念か」
フィアからの、異世界講義が始まった。
「弁護士が付きますし、司法は王家から完全に独立しています」
「ほう、平和な国だったか」
シンジは少しほっとした。
「で、懲役何年くらい?」
「この国に懲役はないわ。罰金刑か、さもなくば死刑よ」
「ほう、修羅の国だったか」
シンジは真顔に戻った。
「罰金が払えない場合は、その分、山で強制労働だから、一種の刑期みたいなものね」
山で助け出された労働者は罪人たちであったようだ。
「強制労働を拒否したら?」
「死刑よ」
「小学生の口げんか並みのペースで出てくるよ死刑」
シンジは観念した。
「じゃあ、労働でいいよ。ついでに無一文だから、三日分くらい余計に働かせて」
「強制労働の延長!? 前代未聞よそれ!?」
「大丈夫、ヤマさんとの労使交渉は任せろ」
「竜との労働争議なんてのも聞いたことないわ。
……勇者として、事件解決に協力すれば、恩赦が受けられるわよ?」
「勇者じゃないもん」
「……割とみんな魔王には苦労させられてるのだけど」
「使命の後入れ濃厚スープは受け付けませ~ん」
「ふふっ。その意気や良し、ね」
フィアは、観念すると同時に、ホッと息を吐き微笑む。
「―――ったく、やかましい連中だぜ」
「ん? 姫さん、ラットさん、なんか言った?」
「何も言っていないわよ」
どこからか、シンジの耳にだけ聞こえる声が上がった。
「さっき声が……あ」
シンジが立ち上がり、目を凝らすと、牢屋の片隅に小さな人影が見えた。
「なんだ、おいらたちの声が聞こえたのか」
それは、モコモコとした服を着た、手のひら大のヒトだった。
二人。赤と青、揃いの三角帽子を被っている。
赤の方は俯き、青の方がシンジに向かって甲高い声で喋っている。
「あら!
フィアが喜色満面で言う。
小人妖精とは、ホロギウムに太古から住まう小型の妖精で、こうして現れることは滅多にない。
「可愛らしいわね。どうもこんにちは。わたくしはフィアと申します」
「けっ。金髪巨人のメスに名乗る名なんて持ち合わせてねぇぜ!」
「あ~、可愛い声ねぇ。なんて言ってるのか分かんないけれど」
内容は酷く可愛げが無いが、どうやらフィアには意味を解せないらしい。
「ヤマさんの時と一緒か。日本語しか話してるつもりはないけどな」
「小人さまと話しているあなたの言葉は、私たちには分からないわ」
「いつの間にか翻訳こんにゃ〇を食ってたわけか」
「おいらたちと話せる奴は五〇年ぶりくれぇか。ちったぁ見込みがあるじゃねぇか」
「そりゃどうも。俺はシンジ」
「おいらはラルだ」
「もう一人の方は?」
「……どうもこんにちは、転生者さま、リラと申します」
ラルとは正反対の、柔らかな女性の声がした。
「シンジ、気を付けなさいよ。
小人さまは長命だけど、か弱い種族なの。
少し強い刺激を与えただけで亡くなってしまわれるわ」
「へぇ、どっこいしょっと」
―――プチッ。
フィアの言葉が終わった直後。
大儀そうに座るシンジの尻が、何かを潰した。
「あ」
「え?」
「リラ!?」
幸い、ラルの叫びはフィアにはただの可愛らしい鳴き声にしか聞こえない。
「姫さん。もし、もしも、小人妖精さんを、殺したりなんかしちゃったら」
「死刑よ」
「ですよねー」
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