朝希慎二 最後の一日 3/3

 読者の皆様よ。


 どうか

「学園ラブコメパートはいいからとっとと異世界行きやがれ」

 という思いを収めていただきたい。


 先刻ご承知の通り、慎二はのこのこと地球に戻ってきている。

 こちらの描写も重要になってくるのである。


 それでいてこの日は『朝希慎二 最後の一日』でもある。


※※


「はぁ……」


 ところは変わって、慎二の暮らす町の病院。


 夜羽やはね葉華ようかは、ようやく耳の辺りまで伸びた髪をいじる。

 病室から窓の外を物憂げに眺めていた。


 彼女のくも膜下出血は、三カ月前に突如発症した。

 発見が遅れ、何とか手術はしたものの、回復の見込みは、なかった。


 独歩自立困難。

 右半身麻痺。

 寝たきり。

 失語。


 最高レベルの要介護判定が下され、予後も短いことが予想された。

 完治には、奇跡の力が必要だった。


 そして、それはあまりにも、あっさりと起きた。


 人間は欲張りだ。


 命を拾っておいて、なお、文化祭までに退院できなかったのを嘆いている。


「慎二……」


 我知らず、呟いていた。


「なに?」

「きゃあ!?」


 病室の扉が、ガラリと開く。葉華が悲鳴を上げる。


 バケツやアルミホイル、段ボールなどでできた粗末な甲冑が入ってきた。

 右手には魔法瓶。左手にはノートPC。背中にはベース。

 そして、幼馴染の呆けた顔に首を傾げる。


「葉華? どうかしたか」

「いや、どうかしてるのはアンタでしょ……慎二、その恰好……」

「ノートパソコン片手に味噌汁を届けに来たベーシストの騎士ですけど?」

「入院患者に見せる情報量じゃないでしょ―――ふ、ふふっ……」


 眉をひそめて微笑んで、やがて腹を抱えて笑い転げる。


「アハハハハ! はぁー、笑ったぁ。また動脈瘤爆発するかと思った」

「人が真顔になるジョークやめろ」

「大丈夫だよ。もう、滅多なことで死にかけたりしないから」


 葉華は、細い指で慎二の頬を摘まむ。


「命の尊さ身に沁みたから」

「そうしてくれると助かる―――というわけで、お届け物です」

「出たぁ、ITに強いベーシスト騎士のデリバリー味噌スープ!」


 情報量の多い味噌汁を、カップに移して飲む。


「美味しい。これ、あんたと毬が作ったんでしょ?」

「そうだ」

「あの子、痩せたら美人って都市伝説の住人かっての」

「本人は胸が大きいままで邪魔だって」

「退院したら殺そう」

「命の尊さ身に沁みた後でそれ言っちゃう?」


「ところで、そのヘンテコな甲冑はなんなの?」

「演劇部の舞台で着たやつ」

「ああ、あんた、いろいろやってたみたいね」

「バンドも映画も好評だった」

「そう、花ちゃんも、頑張ったんだね」

「俺の歌はブーイングだった。おかしい」

「それは妥当だよ」


「うわぁ、慎二ばっかじゃん、この映画」

「我ながらちょっと引いてる」

「あはは。それにしても琴先輩、綺麗だなぁ」

「分かる」

「分かっちゃったか~。毬も花ちゃんも可愛いしなぁ」

「葉華?」

「なんでもないですよ~。私の戦いは、まだまだこれからだって話っ!」


 そして。


「……時間だな」

「時間って?」


 夜羽葉華に起こった奇跡は、一人の人間の人生を代償にするほどのものだった。


「……あれ?」


 葉華は、急にきょとんとした表情で、目の前のヘンテコな格好の少年に尋ねた。


「あなた、誰でしたっけ? 学校の……人?」

「通りすがりのベース騎士だ」

「は?」

「気にするなってことだ。……


 少年はそういうと、ガチャガチャとやかましい足音で、病室を後にした。


※※


「お見舞いの品にお味噌汁ってどうかと思う」

「少しは文化祭を味わってほしくて」

「私はいいと思いますよ。毬さんらしくて」


 古森こもりはな

 越智おちまり

 川島かわしまこと


 三人の少女が、病院のエントランスに立ち入ると、変わった―――という言葉を軽々と超越した風体の少年とすれ違った。


「……なんでしょう、あの人?」と、琴。

「ハロウィンの未練がたらたら?」と、花。

「だとしたら、相当な執着心だよね」と、毬。


 その少年がこちらを振り返ったので、少女たちは、少し恐縮する。

 黒より黒い黒髪と、同じく黒い瞳が、ほんの少し揺れたように見えた。


「「「―――あれ?」」」


 と、思った瞬間、彼は消えていた。


 なんだったんだろう。

 本当にお化けだったのかな。


 三人が話題にしたのも束の間。

 すぐに忘れて、入院している友人の病室へと向かうのだった。


※※


 シンジはこうして、朝希慎二として生きる最後の日を終えた。


 一人の命を救う奇跡には代償が必要であった。


 この日、誰もが、彼の家族でさえも、彼についての記憶を失った。

 

 そしてシンジ自身はというと、

「アンタの声が耳で聞こえたときは、ついに来るとこまで来たかと思ったよ」

『ふん。そのような奇矯な格好で異世界へと旅立つ時点で十分極まっておるわ』

 謎の空間で、謎の“声”と、会話を繰り広げていた。


『女一人の命を救うため、己の人生、すべてを投げ打つなど筋金入りの阿呆よ』

「生きてりゃ、なんとかなるさ」


 あっけらかんと言い放つ少年に、“声”もどこか楽しげであった。


『そうか。ならば少年、行くがいい。貴様がこれから旅立つ世界の名は―――

 ホロギウム』

「ホロギウム……か」


 瞬間、シンジを覆う闇が、光に染まる。


 異世界をぐるりとめぐる、少年の旅がいま、始まったのであった。

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