朝希慎二 最後の一日 2/3

『監督・脚本・撮影・編集・助演・音楽 朝希あさき慎二しんじ


 スタッフロールに、会場がどよめいた。


 ともあれ、美男美女が織りなす恋愛映画の評判は上々。

 上映を終え、拍手喝さいの舞台袖。

 ホッと一息吐く人影。


 川島かわしまことは、顔についたをそっと撫でる。

 主演を務めた二年生の押尾おしおこうと談笑する後輩を見つめる。


慎二しんじくん」


 その背に、声をかける。

 先ほどの“制裁”が身に沁みたか、怯えた子鼠こねずみのような反応を見せる。


「ふふっ、そんなに驚かれちゃうと、またいじめたくなっちゃうじゃありませんか」

「慎二、お前、川島と何があったんだ?」

「鋼くんが十七回連続でNGを出した時と同じことが起きた」

「マジドンマイ」


 ある日突然「あなたをヒロインにした映画を撮りたい」と言われた。


 顔に傷があるヒロインだなんて、何の冗談かと思ったけれど、彼は本気だった。


 映画の撮り方なんて、誰も知らない状態で、あちこち引っ張り回された。たまに怒った。


 必死に、琴を“ヒロイン”にしようとする慎二の頑張りが時に疎ましくて、逃げたこともある。


「あなたを綺麗だって思う人のこと、少しだけ信じてください」と言われ、撮影をやり切った。


「川島……」

「あ、慎二くん、ちょっと待って!」


 鋼の言葉を遮って、慎二を呼び止めた。


 鋼は多分、じぶんのことを好きなのだろうと思う。

 分かってしまう。いわゆる一つの“女の子の勘”。

 ただ、その気持ちには答えられなかった。


 なぜなら、

「ありがとう。約束通り、私をヒロインにしてくれて」

 私は、この人の、人生のヒロインに、なりたいから。


 慎二は振り返り、グッと拳を握る。

 恐らくこれは、鋼へ「告白頑張れよ」のサイン。

 まったく、いつだって人のことばっかりなんだから。


「川島に、言いたいことがあったんだけど、今日はいいや」

「いいの?」

「うん。まずはあの小生意気な後輩、いや、監督と決着をつけないとな」

「そ」


 琴はもう一つ、分かっていることがあった。


 自分のこの恋は、恐らく、叶うことがない。


 慎二が見ているのは、いつだってのことだからだ。


※※


 心臓が耳から出そうな緊張は、三曲歌ったことで、少し、ほぐれた。


 中学生の古森こもりはなが、北高祭の軽音バンドにボーカルとして参加している。


 思いっきり校則違反だが、止める者はいない。


 慎二が、実行委員会や教師やPTAに、徹底的な根回しをしてくれたおかげ。


 そういう“仕込み”を、キッチリとやるのが、だった。


 で、今はMCの途中。

 ベースギターを携えた慎二が、バンドメンバーとトークを繰り広げている。


「映画、演劇、バンドに模擬店。

作業の追い込みで、この三日間、合計二〇時間しか寝れてない」

「一日最低六時間は寝てんじゃねぇか!」

「違うぞ。五時間、五時間、十時間だ」

「三日目は昼寝つきかよ!」


 花には、何が面白いのか、よく分からなかった。

 きっと、感性が人と何か少しずれているのだ。

 中学では、そのずれが祟って、ひきこもり。


「花、次で最後の曲だが、何か言いたいことはあるか?」


 表情筋が動かないのに音程を外さない摩訶不思議なボーカルが、こくり、頷く。


「シンちゃ……朝希先輩とは、家が隣同士、です」


 たどたどしい喋りも、講堂に集まった人々は、黙って聞いてくれた。


「わたしが中学でいろいろあってひきこもってた時も、一緒に遊んでくれたり」

「俺が花に遊んでもらってた」


 慎二の訂正に、花の表情かおが緩む。


「わたしは、よくロボットみたいって言われてて。

 実際、人との距離感とかも、よく分かりません。話すのも苦手です。

 ……だったら、歌えばいいって、シンちゃんは言ってくれました。歌で気持ちを伝えようって。

 だから、今日、わたしは、ここに立ってます」


 緩むままに、涙が零れた。


「シンちゃん……、ほんどに……ありがどう゛……!」


 ポーカーフェイスな少女の、突如とした号泣。


「ボーカル! 古森花!」


 慎二の大声に、一瞬困惑した会場が、温かい拍手に包まれる。


「花、最後までちゃんと歌えるか?」

「分かんない……けど、シンちゃんも一緒に歌ってくれるなら……」


 幼馴染の妹分に涙声で言われては、男慎二、引き下がってしまうわけにはいかない。


「分かった。俺と一緒に歌おうぜ、花」


 しかし。


「「「「「ひっこめええええええ!!!!」」」」」


 無念なことに、慎二はド音痴であった。


「シンちゃん……」

「いいさ、俺の歌声は奴らにはまだ早すぎた」


 罵声と共に降りて行ったステージ脇で、慎二が椅子に座り、うなだれている。

 その肩に、そっと置かれる小さな手。


「どんまい。シンちゃんがゲロみたいな音痴だったことを忘れてたわたしがわるい」

「……この自然由来のボーカロイドめ」


 いろいろと台無しになって終わるのが、この慎二のようである。


※※


 時刻は夕方。文化祭も終盤である。


「売り切れたぁ」


 越智おちまりはふわりと言って、教室にへたり込んだ。

 クラスメイト達が、奮闘していた毬をねぎらう。


「お疲れ、越智さん。チョコ食べる?」

「よく頑張ったねぇ、毬、飴あげる!」

「越智のおかげで完売だよ。おにぎりを作ってあげようね」


「ねぇ、嬉しいけど、何でみんな私を労ったあとに食べ物をくれるの?」


 毬が、与えられた物をもぐもぐとしながら首を傾げる。

 クラスメイトも「「「「「なんでかなぁ?」」」」」と分からぬ様子。


「もうっ。食べ過ぎちゃうと朝希くんに怒られちゃうんだからねっ」

「「「「「はいはい」」」」」


 全然怖くないおっとりボイスでぷんすかと怒って、餌付けを中断させる。


 ―――思い出すな。


 今の倍は太っていた。

 しょっちゅうからかわれていた。

 教室の隅で、「デブに人権をください」と泣いていた。

 我ながら意味不明だった嘆きに、一人のクラスメイトが応えた。


「ようマルコムオチックス。そのデブ民権運動。一枚噛ませてもらおうか」


 朝希慎二の放ったその一言が、北高校ダイエット部の序曲であった。


 この顛末は、小説ならば五十万字規模。ドラマならば大河である。

 結論だけを書くと、毬は慎二の地獄のブートキャンプ式ダイエットに耐え抜き、心身の美しさと自信、そしてなにより多くの仲間を得たのだった。


「ほんとに、朝希くんにはお世話になりっぱなしで」

「頑張ったのは毬だ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ朝希くん……へぁ!?」

「なにを初代ウルトラマンみたいな声出してる」


 夕陽に染まる教室。気が付けば、慎二が隣にいて、しかも、二人きりだった。


「あわわわわわ」

「毬よ、増量はしていないな」

「はいっ。軍曹! 断じて! BMIは適正でありますっ!」

「休め」


 すっかり染みついた敬礼を解く。


「それにしても、本当に俺の助けなしにやり切るとはな」

「えへへ。びっくりした?」

「してないな」

「ぶぅ~」

「毬ならやれると思ってた」


 言って、慎二は毬の肩を勢いよく抱く。


「よくやったぞ! 我が弟子よ!! ……って、あれ?」

「あわ~~~」


 毬は、萎んだ風船の如く気絶していた。

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