異世界転生は学園ラブコメから
朝希慎二 最後の一日 1/3
文化祭。
読者の皆様は、どのような思い出があるだろうか。
クラスの模擬店で辣腕を振るった? 部活の仲間と舞台に立った? バンド演奏? 映画を撮った?
「んなもんねーよ」と、拗ねてしまうのもまた、やがて趣き深い思い出となるだろう。
さて、時は2019年。ところは某県立
の、であるが―――。
「いだだだだだ!!
「そのまえに、あなたを鬼籍に入れて差し上げようかしら、慎二くん?」
「あわわわわ」
川島琴。顔にひきつれが一本走っているが、和風美人と言っていい容姿の少女だ。
そして、彼女が、床から数㎜浮く片手アイアンクローを食らわせている相手。
彼こそ、先ほどの章で、魔王と新宿最終決戦を演じていたシンジ・アサキ。
地球では、
よもや、これが異世界転生の理由ではあるまいに。
いったいどういう成り行きで、呑気に殺されそうになっておるのか。
「
映画の編集が当日になっても終わってないのは朝希くんが悪いけど、暴力はいけませんよぉ!」
「ええ、分かっています
「ヒィッ!?」
「くっ、このパワー系清楚め……いだだだだだ!!」
「な・に・か?」
止めに入った同級生の毬は震え上がり、慎二は余計なことを口走ったせいで、さらに殺意マシマシニコニコギリギリアイアンクローの制裁を続行される。
「あわわわわ、どうしよう、どうしよぉ!!」
ややぽっちゃりな見た目と同じく、おっとり
取り囲む野次馬が誰も手を出せない修羅場に、もはやこれまでかと思われたそのとき。
「シンちゃん、何してるの?」
我関せずといった低血圧な声が、魔界に入りかけていた琴を引き戻した。
「はっ。私、またやっちゃった?」
「はい、
ぜーぜーと息を吐きながら、慎二はいう。
減らず口も、ここまでくれば
「バンドのリハ、どこでやんの?」
シンジを
「ああ、
「映画の編集もよろしくお願いしますよ? 慎二くん」
「分かってますよ。ちょっと予定が亀甲縛りになってるだけで」
「それはいいですが、公開できなかったらその縛り方で海に投げ込みますからね?」
「イエスマム」
色んな意味で浮かばれぬ死にざまである。慎二は冷や汗顔で答える。
「シンちゃん、琴さんと何をしていたの?」
「スキンシップだ。花がひきこもっている間に、今の高校生のトレンドになった」
「おそとこわい」
慎二は、抑揚なく言った女子中学生のショートヘアに手を乗せる。
「俺がいれば安心だろう」
花の陶器のような肌に、赤みが差す。
「大丈夫そうだな」
僅かな変化。幼いころからよく知る慎二には、十分判別がつくようだ。
「……その土気色の顔で言われるのは、少し不安」
「面目ないお隣さんでマジごめん。あと、助けてくれてありがとう」
「よきにはからえ」
そしてようやく、誰もが分かる程度に相好を崩した。
「はい、花ちゃん、お味噌汁いかが?」
「……どうも」
毬がふんわりとした声を出す。
来年は北高を受験する花に、模擬店の“ココナッツ味噌汁”が手渡される。
「おいしい」
「やったね、朝希くん!」
「ああ、ところで毬よ、お前、一杯味噌汁売るたびに自分で飲むのやめろ」
慎二が、世にも珍しい“実食販売”を続けるクラスメイトに釘を刺す。
「大丈夫だよぉ。味噌汁はほぼ水分だから、カロリーゼロだってば」
「いやいや塩分ぞ。ココナッツは糖質ぞ。
……これは、『ダイエット部』創設者としての言葉だぞ、部長?」
それを聞いた毬の表情が、天国から地獄へと叩き落される。
「ま、まさか朝希くん、文化祭なんて楽しい楽しいハレの日に、ブートキャンプなんて」
「後夜祭をキャンプ地とするかもしれんぞ」
「ごかんべんをぉぉぉぉ!!!!」
毬が、叫びながらひざまずく。琴がクスクスと笑い、花は呆れたように鼻息を吐く。
慎二は、一瞬のぞかせた“軍曹”の顔を平常に戻すと、言った。
「さて、御三方、俺は演劇の台本合わせがあるから、後で」
映研部の映画撮影。軽音部のバンド発表。模擬店の企画。
さらにこの男、演劇部まで手伝うことになっていた。
反省はしているが、どうしようもない。
「映画の編集、あと一時間ちょっとですからね」と、琴。
「バンドのリハーサルもね」と、花。
「模擬店は任せて」と、毬。
慎二は、それぞれに見目麗しい少女たちに別れを告げ、校舎を駆けていく。
なんとも良いご身分な文化祭を満喫している。そう思われるであろう。
しかしながら、そんな彼の生活も、この日までであった。
この文化祭の日、慎二はこの地球上から、“消滅”することになるのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます