異世界転生は学園ラブコメから

朝希慎二 最後の一日 1/3

 文化祭。


 読者の皆様は、どのような思い出があるだろうか。


 クラスの模擬店で辣腕を振るった? 部活の仲間と舞台に立った? バンド演奏? 映画を撮った?


「んなもんねーよ」と、拗ねてしまうのもまた、やがて趣き深い思い出となるだろう。


 さて、時は2019年。ところは某県立きた高校。秋晴れの空の下、“北高祭”が催されていた。


 の、であるが―――。


「いだだだだだ!! こと先輩……このままでは、撮った映画がお蔵に、先輩は、塀の中に入って、しまいますぞ……?」

「そのまえに、あなたを鬼籍に入れて差し上げようかしら、慎二くん?」

「あわわわわ」


 川島琴。顔にが一本走っているが、和風美人と言っていい容姿の少女だ。


 そして、彼女が、床から数㎜浮く片手アイアンクローを食らわせている相手。


 彼こそ、先ほどの章で、魔王と新宿最終決戦を演じていたシンジ・アサキ。

 地球では、朝希あさき慎二しんじと呼ばれていた一五歳の少年である。


 よもや、これが異世界転生の理由ではあるまいに。

 いったいどういう成り行きで、呑気に殺されそうになっておるのか。


川島かわしま先輩! 落ち着いてください! 

 映画の編集が当日になっても終わってないのは朝希くんが悪いけど、暴力はいけませんよぉ!」

「ええ、分かっていますまりさん。手心は加えておりますのでご安心を。

 わたくしを出せば、慎二くんの頭は熟し切ったトマトが如く潰れます」

「ヒィッ!?」

「くっ、このパワー系清楚め……いだだだだだ!!」

「な・に・か?」


 止めに入った同級生の毬は震え上がり、慎二は余計なことを口走ったせいで、さらに殺意マシマシニコニコギリギリアイアンクローの制裁を続行される。


「あわわわわ、どうしよう、どうしよぉ!!」


 ややぽっちゃりな見た目と同じく、おっとり少女ガールである毬は慌てるばかり。

 取り囲む野次馬が誰も手を出せない修羅場に、もはやこれまでかと思われたそのとき。


「シンちゃん、何してるの?」


 我関せずといった低血圧な声が、魔界に入りかけていた琴を引き戻した。


「はっ。私、またやっちゃった?」

「はい、っちゃいかけてました」


 ぜーぜーと息を吐きながら、慎二はいう。

 減らず口も、ここまでくれば天晴あっぱれやもしれん。


「バンドのリハ、どこでやんの?」


 シンジを修羅ことから救ったのは、地元中学の制服を着た、小柄で無表情な少女だった。


「ああ、はな、よく来たな。音楽準備室に行っててくれ、俺も後で追っかける」

「映画の編集もよろしくお願いしますよ? 慎二くん」

「分かってますよ。ちょっと予定が亀甲縛りになってるだけで」

「それはいいですが、公開できなかったらその縛り方で海に投げ込みますからね?」

「イエスマム」


 色んな意味で浮かばれぬ死にざまである。慎二は冷や汗顔で答える。


「シンちゃん、琴さんと何をしていたの?」

「スキンシップだ。花がひきこもっている間に、今の高校生のトレンドになった」

「おそとこわい」


 慎二は、抑揚なく言った女子中学生のショートヘアに手を乗せる。


「俺がいれば安心だろう」


 花の陶器のような肌に、赤みが差す。


「大丈夫そうだな」


 僅かな変化。幼いころからよく知る慎二には、十分判別がつくようだ。


「……その土気色の顔で言われるのは、少し不安」

「面目ないお隣さんでマジごめん。あと、助けてくれてありがとう」

「よきにはからえ」


 そしてようやく、誰もが分かる程度に相好を崩した。


「はい、花ちゃん、お味噌汁いかが?」

「……どうも」


 毬がふんわりとした声を出す。

 来年は北高を受験する花に、模擬店の“ココナッツ味噌汁”が手渡される。


「おいしい」

「やったね、朝希くん!」

「ああ、ところで毬よ、お前、一杯味噌汁売るたびに自分で飲むのやめろ」


 慎二が、世にも珍しい“実食販売”を続けるクラスメイトに釘を刺す。


「大丈夫だよぉ。味噌汁はほぼ水分だから、カロリーゼロだってば」

「いやいや塩分ぞ。ココナッツは糖質ぞ。

 ……これは、『ダイエット部』創設者としての言葉だぞ、部長?」


 それを聞いた毬の表情が、天国から地獄へと叩き落される。


「ま、まさか朝希くん、文化祭なんて楽しい楽しいハレの日に、なんて」

「後夜祭をキャンプ地とするかもしれんぞ」

「ごかんべんをぉぉぉぉ!!!!」


 毬が、叫びながらひざまずく。琴がクスクスと笑い、花は呆れたように鼻息を吐く。


 慎二は、一瞬のぞかせた“軍曹”の顔を平常に戻すと、言った。


「さて、御三方、俺は演劇の台本合わせがあるから、後で」


 映研部の映画撮影。軽音部のバンド発表。模擬店の企画。

 さらにこの男、演劇部まで手伝うことになっていた。

 四重クアドラプルブッキングは流石にやり過ぎだった。

 反省はしているが、どうしようもない。


「映画の編集、あと一時間ちょっとですからね」と、琴。

「バンドのリハーサルもね」と、花。

「模擬店は任せて」と、毬。


 慎二は、それぞれに見目麗しい少女たちに別れを告げ、校舎を駆けていく。

 なんとも良いご身分な文化祭を満喫している。そう思われるであろう。

 しかしながら、そんな彼の生活も、この日までであった。


 この文化祭の日、慎二はこの地球上から、“消滅”することになるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る