Extra

Ex.1︎︎ 初めての日

それは入学式の日のお話。


私、マイはまだ何も知らないこの高校の新入生だった。

入学式。それはこれからの高校生活三年間を左右する大事な日。そんな大事な日だっていうのに、私は大阪から引っ越してきたばかりでこちらの人たちに上手く馴染めなかった。


みんな私と喋り方違う……イントネーションとか全然慣れないよぉ。それになんかもうグループ出来てるし……。みんな中学校とか同じだったのかな……?


みんなと話すチャンスは沢山あった……と思う。でも、心のどこかでは話しかけられるのを期待してたのかもしれない。

話しかけようか、それとも話しかけられるのを待つか。


「じゃあ始業式の日もみんな元気に来てねー!」


ふと気がつくと、先生がそう言っていた。ずっと迷っているうちにいつの間にか解散の時間になっていたのだ。私は誰とも話せずに高校生活初日を終えてしまった。


みんなそれぞれ誰かと話しながら教室の外に出て行く。思い返してみれば、こうやってみんなが話してる輪の中に入れたのかもしれない。でも、私はそれが出来なかった。そもそも人見知りだし。

私はみんなの後ろについて歩いて、これから学校生活を共にするはずの子達を目で追うことしか出来なかった。


どうしよう。私これからこの学校でちゃんとやっていけるかな。

行き場のない不安ばかり募っていく。

教室から出て校舎を抜けた私は、もちろん一緒に歩く子なんていない訳で。そのまま一人ぼっちになってしまった。


「なんかこのまま帰るのもなぁ……」


苦い思い出のままこの日を終わらせるのはなんとなくしんどい。

みんなが門の方へ向かう中、私は一人くるりと反対を向いて歩いた。



***



この学校綺麗だなぁ。それに広いし。体育館とプールが学校の敷地の逆サイドにあるんだ……変なの。あ、中庭もあるじゃん。

校内案内図を見ているだけで動いた気分になる。おっと、せっかくみんなとは別の方に来たのに歩き回らなくてどうするんだ私。

……でもこれを見た感じ端から端まで歩くだけで疲れそう。うーん、とりあえず校舎の中だけでもお邪魔してみようかな。怒られたらすぐに立ち去ろう。うん。


そう意気込んで歩き出すと、すぐ目の前に校舎の入り口らしき扉を見つけた。


「お、ラッキー」


扉の方へゆっくりと近づく。でもコソコソしてたら不審者と間違われるかもだから、あくまで堂々と……。


銀色のドア枠に半透明のガラスがはめ込まれたドアだ。ドアの前に立って、鍵が閉まってたらどうしようなんてことを考えたが、冷たいドアの取手は軽く引くことができた。


「お邪魔しまーす……」


小声で呟いた。失礼が無いようにね。

校舎の中はもちろん誰もいない。向こうまで伸びた廊下には人は一人も見えなかった。廊下は曲がっていて、一番向こうはここからでは見えなかった。照明は消えていて、外からの光だけが校舎の中を薄暗く照らしていた。少し歩くと、コツコツとローファーの音が廊下に響いた。

なんだか探検みたいでワクワクするなぁ。見回りの先生とか警備員ががいたらものすごく怒られそうだけど。

出来るだけ足音を立てないように歩いていく。それでもコツコツと私の足音は小さいながらも聞こえる。まぁそんなの気にしても仕方ない。


階段で上に行くと、見覚えのある教室が見えた。


「あれ、ここって私たちの教室……?」


『入学おめでとうございます』と書かれた黒板には見覚えがあった。ここは私たちの教室だ。

入り口が沢山あるだけでどうやらここの校舎は一つに繋がっているようだ。

この校舎は角ばってはいるものの曲がっているので、廊下の窓から上が見れた。まだ上にもフロアがあるらしい。


よし、まだまだ探検だ。


そう思った矢先、私はある異変に気付いた。

どこからかコツコツと音が鳴っているのだ。それは私が歩く時に鳴るローファーの音とよく似ていた。

もしかしてこの校舎には私以外にも人がいる……?

でも姿は見えてないのできっと大丈夫。うん。大丈夫なはず。それに足音に怖がって階段を降りたところで人に出くわしたら……そう考えるとせっかく上まで行くチャンスがあるのにそれを逃すのはもったいない。

よし、上に行こう。


この判断がマイの高校生活を大きく変える判断だった。


この学校の階段は非常扉の関係上、廊下の壁から少し奥に作られている。つまり廊下を普通に歩いているだけでは階段の様子を窺うことは出来ない。逆も然りだが。

つまりどういう事かというと……


私は階段の方に向かって廊下を歩いていた。そこまでは良かった。しかし、次の瞬間、事件は起きてしまった。

ちょうど角から人が現れたのだ。

相手の人と目が合う。


「あっ……」


その声がどっちの声だったのかはっきりと覚えていない。

そして沈黙の時間が流れる。

茶色がかった髪をポニーテールにしている子。背は……私と同じくらい。そう、この子が後の私の大切な人。ホタルだ。

その時の私は、入学式でこんな子いたっけ……?でも制服を着てるからここの学校の生徒である事は間違いないけど……と、あたふたして何もできなかった。まぁここで逃げ出さなかったのが後に良い結果を産むんだけど。


何もできないままずっと黙っていると、ホタルの表情がパッと明るくなった。


「君!君だ!アタシが欲しかったのは!」


そう言ってホタルは私の腕を掴んで強引に引っ張ってくる。


「えぇ?!ちょっと突然何するんですか?!」


この頃の私はホタルのことを全く知らなかったから、ものすごく怖かった。


「大丈夫!悪いようにはしないから!さ、ついてきて!」


ついてきてと言いながら半ば強引に私の腕を引っ張るホタル。正直この時の私に拒否権は無かった。


「え、えっと。あなたは?」


誘拐が現在進行形で行われている中、私の質問は冷静だった。


「えー?別にそういうのは後ででも良いじゃん。とりあえずついてきてよ!」


名前は後からでも良いことなの……?


「えー……ちなみに私はどこに連れていかれてるんです……?」


私が聞くと、ホタルはこう答えた。


「人間観察部!」


うわぁ……絶対やばい部活だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る