最終話ㅤお家デート④

 お風呂から上がったあと、髪を乾かしてもらった。ホタルは「髪が短いと楽だね」なんて言いながら私の髪を丁寧に乾かしてくれた。髪と髪の間をすり抜ける指に感触がとても気持ち良かった。

 私もホタルの髪を乾かすよと言ったら、ホタルに「気使わなくていいよ、マイに苦労かけさせたくないから」と、言われた。

 どうやら洗い物もあるらしく、先に部屋に帰っておいて欲しいらしい。

 ちなみに洗い物手伝うよと言ったら、「人の家の家事をさせるのは流石に申し訳ない」と言われた。


 仕方ないので私は先にホタルの家に戻ることにした。

 それにしても暇だ。やる事がない。何かすることはないかな。

 仕方がないので、私はホタルの部屋をぐるぐる歩き回っていた。

 しばらく歩いていると、本棚の上にいくつか写真が小さな額縁に入れられて飾られていることに気づいた。


「何これ……?」


 パッと見ただけではよくわからなかった。でもこの感じ……


「ホタルの小さい頃の写真……?」


 小学校の門の前でカメラに向かってピースをする女の子。肩まで伸びた茶色がかった髪や顔の感じがホタルだった。


「かわいいー……!」


 小学校の頃の写真だけではなく、幼稚園の頃の写真や中学校の卒業式の写真が飾られていた。どれも笑顔だ。

 飾られた写真の近くに小さなアルバムも置いてあった。

 ページをめくると、大きな魚を釣っている写真や山登りをしている写真など、ホタルの写真がいっぱい入っていた。他にも川の近くの大きな岩の上に立っているホタルの写真や真っ白な壁の前で撮られたホタルの写真など、謎のシチュエーションの写真もいっぱい入っていた。

 ただ、どの写真にも言えるのが、ホタルが真ん中にいて、とっても笑顔なことだ。

(見たことないけど多分)お父さんやお母さんと撮られた写真も笑顔だった。

 見ていて優しい気持ちになる。

 よし、いっぱい見た!

 ホタルが帰ってくる前に片付けないと……


 ガチャ……


「ただいまー」


 運悪く、絶妙なタイミングでホタルが帰ってきた。ホタルはちょうどアルバムを持っている私と目があって……


「あ、あー。えーっと……これは……」


 私が言葉に詰まっていると、ホタルの顔が一気に赤くなった。


「あわわわ!マイ!ちょっとそれ!」


 ホタルは凄い勢いで私の手からアルバムを取り返した。


「……えーっと、中身って……もう見た?」


 ホタルが恥ずかしそうにアルバムで顔を隠しながら私に聞いた。


「あ……まぁ、うん……」


 流石にアルバムを手に持っている状況を見られたら嘘はつけない。


「ダメだった?ちょっと気になっちゃって……」


 私は申し訳なくなって、少し小声になった。


「いや、別にダメってわけじゃないんだけどー……」


 そのあと、ホタルは少しもじもじしながらさらにこう続けた。


「……どうだった?」


 どうだったって言われたら……


「とっても可愛かった!なんか変わってないって言ったらアレだけど、小さい頃からずっとおんなじ可愛さだなって思ったよ!」

「おぉ……」


 何故かホタルに若干の引かれた。何か今の言葉に悪いところあったかな?ちょっとグイグイ話しすぎたのかな?


 ホタルは私の言葉を噛みしめるように反芻すると、ようやく引いてきたかと思った頬の赤さが再び戻った。


「なんかそこまで言われると思ってなかったから恥ずかしいな……もっとボロボロに言われるのかと思ったんだけど」

「そんな訳ないじゃん!実際ホタルは今も昔も可愛いんだから!ホタルは小さい頃からずっと可愛かったってよく分かったよ!」


 ホタルは私の言葉を聞いて両手で顔を隠した。指と指の隙間から目だけ出ている。


「もうマイったら……」


 ホタルは突然部屋の照明を消した。

 オレンジの常夜灯だけが光っている。


「もうこれ以上恥ずかしい顔見られたくないから今日はもう寝よ?」


 ホタルは両手で私の背中を押してベットの方へ誘導する。

 もう少し起きていたかった気もするけど……そう思ったけど、素直に従おう。


「マイは奥の方ね。落ちたらダメだもん」

「え?別に大丈夫だと思うけど……」


 流石にベッドから落ちることは珍しい気がする。


「もう、万が一だよ。マイの身に何かあったらアタシ耐えられないよ」

「そんな大袈裟な……」

「大袈裟じゃないよ。アタシにとってマイは大切なんだから。ほら、早くベッドにごろーんってして?」


 なんか今ものすごく嬉しい事言われた気がしたんだけど。なんか一瞬で流されてしまったな。

 ……えーと、じゃあホタルのベッドにお邪魔しまーす……。


 いつの間にか枕が二つになっていた。今日の朝から二つも置いてあったっけ?まぁいいか。

 ベッドに入ると、敷布団やら毛布やら、とにかく肌に触れるものの肌触りのいい。なんか家のと全然違うんだけど。


「じゃあアタシも入るね」


 ホタルもゆっくりとベッドに入る。

 私とホタルがベッドの中で向き合った。手を伸ばさなくても届く距離にホタルがいる。


「あ、今更だけどアタシ真っ暗だと寝れなくて……今オレンジのライトついてるけどつけたままでいい?」

「うん。ホタルの顔が見えるから私もこのままでいいよ」

「もう、マイったら!」


 今もホタルの嬉しそうな顔が何となく見える。


「どう?寝れそう?」


 ホタルは私の脇腹辺りをトントンしてくれている。


「もう気を抜いたらすぐ寝ちゃいそうだよ」


 ホタルは少し笑顔でこう返してくれた。


「別に寝てもいいんだよ?マイは今日一日慣れない家で疲れたでしょ?」


 その時、少し動いた私の脚がホタルの脚に触れてしまった。


「あ、ごめん」


 すると、ホタルの脚が私の脚に絡みついた。


「マイの脚冷えてる……かわいそう。私のであっためてあげる」


 ホタルの脚は触れる場所が変わったり脚の上下がかわったり。とにかく「絡みつく」という表現が間違いではないほどだった。


「ホタルの脚、すべすべであったかいよ」

「えへへ、ありがと」


 ホタルは私の頭を優しく撫でる。

 その手が気持ちよくて、私はどんどん眠たくなってくる。まぶたがゆっくりと重たくなってきて……


「マイ、そのまま目閉じててね?」

「え?」


 どういうこと?

 すると、私の唇に柔らかい何かが当たった。


「え?!」


 思わず目を開けると、ホタルは少し恥ずかしそうにしていた。


「ちょっと、目開けないでよ。恥ずかしいじゃん……」


 そして、ホタルは布団に潜り込んでしまった。


「おやすみ、マイ。ゆっくり寝てね」


 布団の中から声が聞こえる。


 ってそんな事言われても……さっきのってキスだよね……?


 心臓がドクドクと鳴って、なかなか眠れない。もう、ホタルのせいだよ……?


 ホタルはもう寝息を立てていて、起こせそうにない。


 夢が現実になるなんて。嬉しすぎてもうなんと言っていいか分からない。


 私、今日寝れるかな……?



 ***



「もう、いつまで寝てるのお寝坊さん」


 うーん、よく寝たぁ。どこかからホタルの声が聞こえる。朝からホタルの声……?


「夢……?」

「もう、まだ寝ぼけてるの?」


 布団が跳ね除けられる。


「ふにゃ?!」


 うわ寒い。朝は寒すぎる。


 目を開けると、そこにはエプロン姿のホタルが立っていた。


「おはよう!」

「え、あ、おはよう」


 そうだ。私ホタルの家に泊まりに来たんだった。


「どう?マイはよく寝れた?」

「なんだかいっぱい寝れた気がします」

「そう?良かった。ほら、起きて?朝ごはん冷めちゃうよ」


 朝ごはん……?


 まだ眠たい目を擦りながらホタルに手を引っ張られてリビングに行くと、食卓には朝ごはんが置いてあった。


「わぁ!これ全部ホタルがつくったの?」

「うん!お口に合えばいいんだけど」


 ご飯に味噌汁、焼き鮭など、ザ・朝ごはんといった感じだ。


「ほら、座って?」


 今日は私とホタルは向かい合わせに座った。


「じゃあ手を合わせて。いただきます!」

「いただきます!」


 朝ごはんを作ってくれるなんて……朝から嬉しすぎる。幸せだ。


「どう?美味しい?」


 私が食べる姿をホタルは不安そうに見つめる。


「もちろん!」

「良かったぁ!」


 ホタルの顔に笑顔が浮かぶ。


「そういえばさ」


 ホタルが話を始めた。


「どうしたの?」

「昨日の夜なんだけど」

「うん」


 昨日の夜……?


「アタシ途中で目が覚めちゃってさ。せっかくだからちょっと水でも飲もうと思ってね」

「うんうん」


 ホタル夜中起きちゃったんだ。


「そしたらマイったらアタシに抱きついてたの!」

「え?!記憶にないよ!」


 私そんなことしてたの?!


「そりゃぁ寝てたら記憶ないでしょ。無意識だったんじゃない?いやぁーとっても幸せだったね。恋人に抱きしめられながら寝るのは」


「うぅ……記憶にないのに恥ずかしい」


 せめて意識的にしたかったかもしれない。


「マイ、可愛い寝顔してたよ?」

「もう……ホタルったら」


 恥ずかしくて、私はただご飯を食べることしか出来なかった。……おいしい。



 ***



「もう帰らなくちゃ」


 時計を見ると、もうそろそろ帰る時間だった。


「もうそんな時間なんだ。玄関まで見送るよ」

「ありがとう」


 一通り荷物を持って、部屋を出る。ホタルについて行って廊下を歩く。


 玄関で、ホタルが私の靴を揃えてくれた。


「最後までありがとうね」

「これくらいなら全然してあげられるよ」


 靴を履いて立ち上がる。しかし、ドアを開けようとしたところで私の動きは止まった。


「どうしたの?」


 ホタルが心配そうに聞いてくる。

 振り向いて「なんでもないよ」と笑顔で気持ちいいよ返そうときた。


「私帰りたくないよ……!」


 でも思わず本音が出てしまった。涙が溢れてくる。全然止まらない。


 そんな私を見て、ホタルは私を抱き寄せた。

 強く抱きしめて、背中を優しくさすってくれる。耳元で「大丈夫だよ」と何度も囁いてくれる。


 私が泣き止むと、ホタルはハンカチを渡してくれた。


「せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうよ?ほら、これで涙拭いて?」

「ありがとう」


 ホタルは本当に優しいな。


「またいつでも来ていいからね?今日が最初で最後のお家デートじゃないから」

「え?じゃあ今日また泊まってもいいの?」

「いいよ?」


 無茶を言ったつもりだったのにあっさりとOKが出た。


「いや、ホタルに迷惑がかかるからやめとくよ」


 さすがに連続はは申し訳ない。


「そう?アタシは毎日でも良いけど……」

「毎日?!」


 それはもう同居じゃん。……え?そういうことなのかな?いや、深くは考えないでおこう。


「毎日じゃなくても、月一……いや、週一でもいいからね。とにかくまた来てくれると嬉しいな」

「うん!」


 絶対また来よう。


「じゃあ…」


 ホタルは突然私の首に手を回したかと思うと、私の唇にゆっくりとキスをした。


「行ってらっしゃいのキスだよ……?なんだか新婚さんみたいだね、えへへ。また帰ってきてね」

「……うん!」


 最初から最後まで最高だ。


「じゃあ、いってらっしゃい」


 ホタルが手を振る。


「いってきます!」


 私はドアを開けた。


 次はただいまって言って帰ってこよう。


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