第33話 お家デート①
バレンタインムードも終わって、そろそろ進級が近づいてきたある日の土曜日、私はホタル部長の家に向かって歩いていた。
昨日、学校から帰って家でゴロゴロしていたら、ホタル部長から『お泊まりしない?』とメッセージが届いたからだ。もちろん即答で『行きます!!!』と返信した。
ついにお泊まりの時が……!
というわけで、私は今、前回ホタル部長の家に行った記憶を頼りに駅からの道を歩いている。
確かこの横断歩道を渡らずに角を曲がるんだっけ……?
どうやら私の記憶は正しかったらしく、目的地には迷わずに到着した。
相変わらずホタル部長の家は広いなぁ。私の家の何倍もありそうだ。
どうやら門にインターホンはないらしい。私は両開きの門を開け、中に入った。
舗装された道を通って家の方へ向かう。チラッと横を見ると、庭には綺麗な花がたくさん植えられていて、少し見ていきたい気持ちになった。
でも、今はホタル部長の方が大切だ。
門と家の間を足早に歩いて、ドアの前に立つ。そしてインターホンを押した。
ピーンポーン……
『はーい!』
インターホン越しにホタル部長の声が聞こえた。
少し待っていると、ドアがゆっくりと開いた。
「マイちゃんいらっしゃい!入って入って!」
ホタル部長が出迎えてくれた。
私はホタル部長に腕を引っ張られながら家の中に入った。
「お邪魔しまーす……」
靴を脱いで、家に上がる。ココ先輩とナツミの靴はない。どうやら私が一番乗りらしい。
「ついて来て!」
私は廊下をホタル部長について歩いた。
「ココ先輩とナツミは……?」
私は前を歩くホタル部長に聞いた。
「来ないよ?アタシたちだけ」
「え?」
私たちだけ?!
「いやー呼んだけど来なくって……二人じゃイヤ?」
ホタル部長は立ち止まって振り向くと、私の方を上目遣いに見てきた。
「いやいや!私はイヤじゃないっていうか、なんならちょっと嬉しいというか……」
ホタル部長との時間がイヤな訳がない。
「じゃあ問題無いね!二人で楽しもう?『お家デート』」
お家デート……
その言葉の響きは私の思考を溶かすには十分だった。
ホタル部長に部屋に招き入れられ、後についていくように部屋に入る。
前回来た時と部屋の様子は変わってなかった。
私は、部屋の匂いでホタル部長に包まれているように感じて、安心感からその場にペタンと座り込んでしまった。
「どうしたの?」
ホタル部長が心配して私の顔を覗き込む。
「あの……えっと……」
言葉は出てこないが、私の両手は無意識にホタル部長の方に伸びていた。
「ん?甘えたがりになっちゃった?しょうがないなー」
ホタル部長は私を正面から抱きしめてくれた。
「お姉ちゃん……」
思わず思ったことを口に出してしまった。
「ふふ、なーに?」
でも、ホタル部長は何も言わずにお姉ちゃんなってくれる。
今この時間は、ホタル部長は私の大切な人であり、大好きなお姉ちゃんだ。私がホタル部長を独り占めしている。
私が世界で一番の幸せ者だ。
「大好きです……」
面と向かって言うのは恥ずかしいはずなのに、二人だけの空間で私のブレーキは効かなくなっていた。
「アタシもだよ」
お姉ちゃんになったホタル部長は、私の頭を撫でながら強く抱きしめてくれる。あー……本物の妹になったら毎日こうやって可愛がってくれるのかなぁ。
「あ、そうだ」
ホタル部長のされるがままになっていると、突然ホタル部長の手が止まった。
「どうしました?」
もうちよっとあのまましてて欲しかったんだけど……。
「アタシさ、マイちゃんに呼び捨てで呼ばれたいなって」
「えっ?!」
先輩を呼び捨てにしていいの……?
「ダメ……?もうちよっと心の距離近づけたいな」
「いやダメじゃないです!」
呼び捨てにするなんて考えた事も無かった。だけど、確かにずっと部長ってつけてたら距離がある。
「じゃあ一回私の事呼び捨てで呼んでみて?」
ホタル部長は真っ直ぐな眼差しで私を見つめる。
「分かりました……じゃあいきますよ?」
私は少し咳払いをしてから、思い切って言った。
「ホタル……大好きですよ」
まじまじと見られてる中で言うのは恥ずかしいな。
ホタル部長の反応を待っていると、何故かホタル部長は無言だった。
なんで……?どうすれば良いんだ……?
私はとりあえずホタル部長がどう思ったかを聞いてみたいんだけど。
しばらくして、ようやくホタル部長が口を開いた。
「あ、わかった」
「何がですか?」
突然わかったと言われても何のことやら私には分からない。
「それだよ」
「それってどれですか?」
私は首を傾げた。
「敬語」
「敬語?」
確かに敬語は使ってるけど……?
「うん。もうアタシに向かって敬語である必要無くない?」
「あー……」
確かに。
「というわけでもう一回お願い!次は敬語もなしで!」
「えっ?!わ、分かりました」
私はまた咳払いをする。
ホタル部長は私の目をじっと見ていた。
まるでさっきなリプレイ映像のようだ。
私は心の準備をして、もう一度言った。
「ホタル……大好きだよ?」
今日だけでもう三回も「大好き」って言ってる。流石に恥ずかしくなって、顔が火照ってきた。
「……どうですか?」
反応が待ちきれなくて、私の方から聞いた。
「最高!」
そういうと、ホタルが私の方に飛びかかってきた。
「わぁ!」
私は衝撃にたえられず、思わず後ろに倒れてしまった。
「あぁ!ごめん!大丈夫?」
ホタルはちょうど私の上に覆いかぶさっていた。
「あはは……大丈夫……」
ホタル体重軽いなぁ。
ホタルは私の上から離れると、私の隣に寝転がった。
「タメ語マイちゃん良いね」
右からホタルの声が聞こえてくる。
「そう……かな……?」
私に敬語が染み付いていて、無意識に「そうですか?」と言いそうになる。
「うん!……あ、そうだ。マイちゃん」
「……なぁに?」
「今度から二人の時はタメ語でね?もちろん学校でもだよ?」
「えぇ?!」
そんな突然に?!しかもずっと?!ハードル高いかも……。
「アタシ、マイちゃんなら呼び捨ての方が良いんだけど……」
「えっと……がんばるよ」
「うん、頼んだよマイちゃん!」
呼び捨てかぁ……。
「……あれ?」
私、大事な事に気づいたかもしれない。
「どうしたの?」
「私は『ホタル』って呼ぶのに、ホタル自身が私の事『マイちゃん』って呼ぶの不公平じゃない……?」
「と言うと?」
「私も呼び捨てで呼んで欲しい!というか呼び捨てで呼ばれたい!」
一緒がいい!
「なるほど。わかった!じゃあちょっと仰向けで目になって瞑って?」
「えっと、こうですか?」
何が始まるんだろう?
「じゃあいくよ?」
耳元でホタルの呼吸の音が微かに聞こえる。
すると、耳元でホタルが囁いた。
「マイ、アタシも大好きだよ?」
はっ……!
思わず目を開けた。びっくりしたぁ。……ズルいよぉ……。
「これでいい?」
右を向くと、ホタルが優しく微笑んでいた。
「はい!」
「『はい』はちょっと堅苦しくない?」
あぁ、そうだった。
「えーと……うん!」
そう言うと、ホタルが私のほうに近づいてきて、寝転がった状態で私を抱きしめた。
「ホントにマイは可愛いなぁ……」
「えへへ……」
なんだか少し眠たくなってきた。
ふぁあ……
「あれ、マイったらあくび?眠たいの?」
「んーと、まぁちょっと」
「じゃあ時間もいいしちょっとお昼寝しよっか?」
ホタルは一度腕を解くと、少し離れて、左腕を伸ばした。
「はい、アタシの腕、枕にしていいよ?ほらこっち」
え?!いいの?!
私はゆっくりとホタルの左腕に私の頭を置いた。
「よしよし」
ホタルは右腕で、私の背中を優しくトントンと触れた。
「眠たかったらいつでも寝ていいからね?」
「うん……」
ホタルの両腕で私は包まれ、ドンドン眠たくなってくる。もうまぶたが重くて目が開かない。
「ずっと大好きだよ、マイ」
ホタルの声を聞いて、私は眠りの世界に入った。
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