第32話 バレンタイン

 私はチョコがたくさん入った小さな紙袋を持って、ゆるふわ部の部室を目指していた。ざっと十個程かな?きちんと数えてないけどまぁまぁ多い。

 なんでそんなチョコを持ってるかって?だって今日は二月十四日、バレンタインデーだからだ。

 授業が全て終わると、みんなでチョコを配りあう。基本は女子から女子だけど。でも中には顔を赤めながら男子にチョコを渡している子とか、男女問わずクラス全員に配っている子もいた。手作りなのかな?だとしたらすごい。

 放課後の教室では、一部の男子がチョコを貰えたか貰えなかったか、そしていくつ貰えたかでマウントの取り合いをしていた。

 チョコ一つで一喜一憂する男子を見るのは正直楽しい。

 もう少し見てたかったけど、やっぱり部活の方が大事なので、ゆっくりと教室を後にした。


 私はチョコのたくさん入った紙袋とは別の紙袋の中身を覗いた。うん、ちゃんと箱が三つ入ってる。

 実は昨日の間にチョコを作ってみた。もちろんゆるふわ部のみんなに渡すためにね。

 湯煎でチョコを溶かして、そしてそれから……うん、なんだかんだで大変だったな。

 みんなに喜んでもらえるといいんだけど……。

 私は少し不安な気持ちを持ちながら、私はゆるふわ部のドアを開けた。


 ガラガラ……


「こんにちはー」


 ドアを開けると、ナツミが待ち構えていた。何かが欲しそうな顔をしている。


「どうしたの?」

「どうしたも何もマイは今日が何の日かわかってる?」


 ナツミがわざとらしく聞いた。

 せっかくだからちょっと意地悪してみようかな?


「えーなんのひだろー?」


 私は棒読みチックに言った。


「えー?!バレンタインデーだよ?どうして忘れるのー?大切なイベントだよ?」

「あー、バレンタインか。あれって企業の策略によってできたイベントで……」

「えー……マイのチョコ楽しみにしてたのに……」


 やばい。本当にちょっとしか意地悪してないのに心が痛くなってきた。


「嘘だよ。ちゃんとチョコ持って来たから。はい、手作りチョコレート!味は保証できないけど良かったら食べて?」


 私はナツミにチョコの入った箱を渡した。


「さすがマイ!あーよかった!」


 ナツミは箱を大事そうに両手で持って、その場でくるくると回った。


「大切に食べるね!」


 ナツミは笑顔で言った。

 やっぱりナツミは笑顔が似合うな。


 ナツミが喜んでいるところにココ先輩が近づいて来た。


「私の分もあったりして……?」


 そう言いながらココ先輩はナツミの肩に手を置いた。


「これはナツミのだよ?」


 ナツミはココ先輩から見えないようにチョコの箱を体で隠す。


「あぁ、なんかごめん。別にナツミちゃんのを取ろうとしてるわけじゃないから……安心して?」


 ココ先輩は慌てて手を離し、なんでもないと両手を振りながら少し苦笑いをした。


「マイはココ先輩の分も作って来たの?」


 ナツミは相変わらずチョコの入った小さな箱を大事そうに抱えながら言った。


「もちろん!お世話になってるし……ナツミに渡してココ先輩に渡さないなんて事ないよ」


 そう言って私は袋からナツミにあげたのと同じくらいに小さな箱を取り出してココ先輩に渡した。


「あら、本当にわたしの分もあったんだ。ありがとう。そんな気を使わなくて良かったのに」

「いやいや、そんな渡さない訳にはいきませんから」

「そう?ありがとう」


 ココ先輩は私からチョコの箱を大事そうに両手で受け取ると、手提げカバンの中にゆっくりと入れた。


「マイちゃんから貰ったチョコは家でゆっくり食べるからね。あ、わたしからはこれを」


 そう言うと、別の袋から私のよりひと回り大きいチョコの箱を私にくれた。


「それはわたしからのお返し。中身は別に手作りって訳じゃないけどね」

「やった!ありがとうございます!」


 なんだか箱の中からゴロゴロと音がする。いっぱい入ってるかも……?


「えー、いいなぁー」


 ナツミが私の持っている箱を羨ましそうに見つめてくる。貰ってないのかな?


「何言ってるの。ナツミちゃんの分はあげたでしょ?」


 ココ先輩がナツミの頭をポンポンと触れた。貰ってたの……?


「チョコ食べすぎると太っちゃうよ?わたし太ったナツミちゃん見たくないなー」


 ココ先輩はナツミの方を片目でチラッと見た。


「うぅ……それを言われると」


 ナツミは諦めたようだ。


「ナツミはチョコかなにか持って来たの?」


 私はナツミからもお返しが欲しいなー……とか思ったりして……?


「ごめんチョコは持って来てない」


 ナツミはとても申し訳なさそうな顔をしながら言った。だからそんな顔しないで、なんだかこっちまで悲しくなるよ。


「でもキャンディーならあるよ?」


 ナツミはそう言ってブレザーのポケットから包みに入ったアメを五つほどくれた。


「これで許してくれる?」


 ナツミは上目遣いに私の方を見てくる。


「許すも何も私は嬉しいよ」


 私はナツミの頭を撫でた。

 このキャンディーは家に帰りながらでも食べようかな。


「あれ?ホタル部長は?」


 私が来た時から一向に姿を現さない。荷物はこの部屋に置いてあるのに。


「あぁ、ホタルなら委員会か何かの仕事で先生に呼び出されてるらしいよ。荷物だけ置いてすぐどっか行っちゃった」


 ココ先輩がそう教えてくれた。


「そうなんですね……」


 せっかくホタル部長のためにもチョコ作って来たのに。


「いつくらいに帰って来ますか?」

「さぁ……わかんないけど結構遅くなると思うよ?しばらくは帰ってこないと思うな」


 ココ先輩は壁に掛けられたアナログ時計を見ながら答えた。


 しばらく帰ってこないのか。でもホタル部長のために作ったチョコを渡さずに帰るのはちょっとイヤだ。


「うーん……私ホタル部長が帰って来るまでここで待ってます」


 ホタル部長の為ならちょっとの時間くらいどうにでもなる。


「ホントに?」


 ココ先輩は驚いていた。


「ナツミたち先に帰っちゃうよ?」


 ナツミは不思議そうに私を見る。


「私は待ちますよ」


 ホタル部長に会いたいもん。会ってちゃんと面と向かって渡したい。

 どうしてもしたい事があるから。


 ###



 ココ先輩もナツミも帰って、部屋の中には私一人だけ。ソファーに座ってホタル部長の帰りを待っている。

 夕陽が射し込んで独特の明かりに包まれている部屋の中、私は手の中で小さな箱を転がした。

 ホタル部長は喜んでくれるかな。

 少し不安な気持ちも抱えながらホタル部長を待つ。

 何かをして時間を潰そうにも気持ちが落ち着かなくて何も手に付かない。アナログ時計の秒針の音が一秒一秒を感じさせて、時間の流れを遅くしていた。


 運動部の人たちの大きな掛け声も徐々に聞こえなくなって来た頃、部室の扉がゆっくりと開いた。


「ただいまー……」

「ホタル部長!」


 私は思わずホタル部長の方に走り寄って抱きついた。


「わぁ!マイちゃん!こんな遅い時間まで待ってたの?先に帰ってたら良かったのに」


 ホタル部長はそう言ってくれただけど、そんなこと出来ない。


「そんな事言わないでくださいよ。今日何の日か分かってます?」

「何の日ってバレンタインだけどまさか……?」


 そのまさかですよ。

 いざ面と向かって渡すとなるとなんだか恥ずかしい。

 私は姿勢を正して、チョコの入った小さな箱をホタル部長に差し出した。


「そ、その……私の本命チョコ、受け取ってくれますか……?」 


 ずっと言いたかった。

 優しくて、いつも可愛がってくれるホタル部長の事をいつの間にか好きになっていたらしい。

 ホタル部長と居ると、嬉しいけどなんだかドキドキして、顔が赤くなって。それが好きという感情だって気づいたのは最近だった。

 窓から射す夕陽がホタル部長の左の頬を照らす。ホタル部長は驚いた表情のまま固まっていた。

 ホタル部長はどう思ってるだろう。もしかして変な事言ってるって思われてないだろうか。


 でもそんな心配は全く必要なかった。

 ホタル部長は目尻を指で拭った。夕陽に照らされて透明なものが光った。


「ありがとう。アタシ嬉しいよ!」


 ホタル部長は私が差し出した箱を受け取ると、勢いよく私を抱きしめる。

 私はホタル部長の体温の暖かさにホッとして、思わず体を預けてしまった。


「よしよし、マイちゃんの気持ち受け取ったからね。すごく嬉しいよ」


 ホタル部長が私の背中を優しくさすってくれた。


「ねぇ、アタシからも良い?」


 ホタル部長が腕を解くと、カバンの中を探り始めた。

 何を探してるんだろう?


「あった!」


 ホタル部長がカバンから取り出したのは私があげたのと同じくらいの小さな箱だった。

 でも、私のと違ってリボンでラッピングされている。


「これ、アタシから。実は作って来たんだ。でもマイちゃん以外には作ってないから、みんなにはナイショだよ?マイちゃんだけのアタシからの本命チョコ、貰ってくれる?」

「あ、ありがとうございます!」


 何故か受け取る手が震えて箱がうまく受け取れない。震える私の手をホタル部長が掴んだ。そして、私に箱を握らせてくれた。


「本命チョコの交換ってなんだかステキだね!」


 ホタル部長が私のチョコの箱を大事そうに持って笑顔で言った。

 その光景がなんだか夢みたいで……


「マイちゃんどうしたの?いきなり泣いちゃって」

「ホタル部長が……こうやって喜んでくれるのが嬉しくって……」


 泣いていてうまく話せない。


 そんな私をホタル部長は優しくハグしてくれた。そして耳元でこう囁いた。


「大好きだよ、アタシの可愛いマイちゃん」

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