第30話ㅤお母さん

 いつものように四人でお話ししていると、誰かのスマホが鳴った。

 ブレザーのポケットからスマホを出して確認すると、鳴っていたのは私のスマホだった。


「あっ……」


 スマホに画面にはお母さんの名前。なんでよりによって今なんだ?


「ん?電話?良いよ。アタシたち静かにしてるから」


 ホタル部長は口元に人差し指を当てて静かにするジェスチャーをして見せた。


「ありがとうございます。あの、中学校の頃まで大阪に住んでたんで、ちょっと関西弁でると思うんですけど気にしないでくださいね?」


 私はそう言って電話に出た。


「もしもし?」

『あ、ようやく出た』


 電話越しにお母さんの声が聞こえる。

 別にお母さんも一緒にこっちに引っ越して来てるんだから特に電話することも無いだろうに。何があったんだろう。


『マイ、今どこおるん?』


 引っ越して来てだいぶ経つけど未だにお母さんの関西弁は抜けてない。話すときはいつも関西弁。だから学校では標準語でも、お母さんと話すときはついつられてしまう。


「どこもなにも学校やけど」

『ちゃうよ、学校のどこにおるかやん。マイがまだ学校におるのはわかるって』

「学校のどこかって?」

『うん』

「教えてどうするん?」

『会いに行く』


 なんで?なんでわざわざ?


「突然すぎん?」

『ええやん』


 よくないよ。


「まずなんで学校におるん?」

『なに?おったらあかんの?』

「いやそこまでは言ってへんよ」

『お母さんさっきまで先生と面談してたんよ。マイのことで。今日って言ってたやろ?』


 あー……そういえば。


『せっかく来たのにすぐ帰るんはもったいないし、マイの顔でも見とこかなって』


 なんでそうなるんだ……?


「私の顔くらい家で見れるやん」

『お母さんは学校生活を楽しんでるマイも見たいねん』


 折れないなぁ……。


 私が困っていると、ホタル部長が『どうしたの?』と書かれたノートを持って私に見せた。


「私のお母さんが会いに来るって言って聞かないんですよ」


 私はスマホを口から離して、小声で伝えた。

 するとホタル部長は『別に良いじゃん』と紙に書いた。


 え……いいの?


『え?マイは学校楽しくないん?』


 電話越しにお母さんの声が聞こえる。


「いや、めっちゃ楽しいよ」


 私は電話の声に応える。


『じゃあお母さんに元気な姿見せられるやんな?』

「出来るけどやりたくないってことあるやん?」

『ない!』


 えぇ……?


『ほら、ぐちぐち言わずないの。今どこにいるの?』



 ***



「あのー……私のお母さんが来るらしいです」


 電話を切り、私は少し申し訳なく思いながら言った。

 みんなが驚いたような顔をする。


「え?マイちゃんのお母さんが?どうして?」


 ホタル部長が不思議そうに聞いた。


「なんか私が学校で元気に過ごしてる姿を見た事ないからとかなんとか……」


 説明してる自分自身もイマイチ意味がわからない。


「元気な姿って別に授業参観とかもあるんじゃないの?」

「そういえばナツミ、授業参観の日にマイのお母さん見てないかも」


 ココ先輩の疑問にナツミが言った。


「うん、お母さんの都合が悪くて参観には来てなかったね」


 だからって今来なくても良いじゃん。


 コンコン……


 部屋の扉がノックされ、扉が開いた。


「こんにちは」


 部屋に入って来たのは私のお母さんだった。


「え?!もう来たの?」


 早くない?


「え?なんなん?来たらあかんかったん?」

「いやそこまで言ってないから」


 極端だなぁ。


「この方がマイちゃんのお母さん?」


 ホタル部長が私の後ろに隠れて聞いた。


「そうですよ……ってなんで隠れてるんですか?」

「いや、大阪の人って怖いイメージが……」

「そんな事ないですよ」


 語気が強いだけで……


「それに私だって言ってしまえば大阪の人ですし」

「あ、そっか」


 標準語使いすぎちゃったかな。


 そんな私たちのやりとりを私のお母さんが見ていた。


「マイ、その後ろの子は?」


 ホタル部長は自ら前に出て自己紹介した。


「あ、アタシはホタルです。この部活の部長やってます」


 自己紹介を聞いた私のお母さんは突然ホタル部長に近づくと、両手を掴んで上下に大きく揺らした。


「あー!あなたがホタルちゃんなのね!マイの話によく出てくるから一回会ってみたいと思ってたの!いつもうちのマイをありがとうね!」

「あ、どうもです…」


 ホタル部長は揺さぶられるがままになって、体が大きく揺れていた。


「という事は、あなたがココさんね?」

「はい。どうもはじめまして。

「あらご丁寧にありがとう」


 ココ先輩の名前ってココロだったよね……?私がずっとココ先輩って呼んでるからお母さん間違って覚えちゃったかも。


「そしてあなたがナツミちゃんね?」

「どうもー」

「同じクラスらしいね」

「そうですよ」

「マイったらちょっと頼りない部分があるけど仲良くしてあげてね?」

「もちろん!」


 ナツミ今すごいドヤ顔してるけどさ、どっちかというとナツミの方が頼りないんだけど。


 それにしてもお母さんが標準語使ってるとこ久しぶりに見たかも。お母さんったら初対面の人でも遠慮なく喋るし。


「ナツミったらこんなにお友達おったんやな」


 なんでそんな事言うん?


「私をなんだと思ってるのさ」

「だってマイは中学校の頃は引っ込み思案やったし……」

「……お母さん?」


 過去の事を持ってくるのは良くないですよ。


「あ、ごめん」

「そんなガチなトーンで言ったら私が中学生の頃ホントに残念な子みたいな感じになるじゃん?」

「え?友達おったん?」

「おったわ!」


 つい関西弁が……。


「仲良いね」


 後ろからホタル部長が言った。


「そうですか?」

「うん、なんか家族って感じ」

「あー……」


 わかるような……わからないような……


「あ!」


 お母さんが突然大声を出した。


「どうしたん?」


 私がお母さんに聞いた。


「今日スーパーでお肉が安い日やん!。急がな!」

「急やな……ってほんまに帰るん?!」


 もうドアに手をかけていた。


「そりゃ安いし」


 そんな身勝手なことある?


「それじゃあみんな元気で!」


 そう言ってドアを開けて出ていこうと1歩踏み出した時、「あ」とまた何かを思い出したかのように立ち止まった。


「マイったら家で『ホタル部長優しいから大好き!』って言っとったで?それじゃみんな元気でね!今日の夜ご飯はカレーだから楽しみにしといてー」


 そう言ってお母さんは帰って行った。

 突然の事に私はお母さんの去りゆく姿をただ見つめるしか出来なかった。


 え……?その不意打ちズルくない?


「マイちゃん家でそうやって言ってくれてるの?嬉しいなー……って顔真っ赤じゃん!」


 そう言いながらホタル部長が私に抱きつく。


 嬉しいけどいつもより恥ずかしかった。

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