第26話 お姉ちゃん

 私は電車の中でスマホを見た。今日は十二月二十四日、クリスマスイヴだ。今日はホタル部長の家でちょっとしたパーティーがある。

 本当は学校でやりたかったらしいけど、年末年始の学校は完全にしまっていて、先生すらいないから学校に入れないらしい。

 私からしたらホタル部長の家に行けるのでとっても嬉しいんだけど。そういえばホタル部長の家は初めてだ。どんな家なんだろう。楽しみだな。

 学校が閉まっていたのでゆるふわ部のみんなに会うのも久しぶりだ。みんな元気かな。

 ホタル部長の家は私の家の近くの最寄駅から二駅くらいのところにある。正直それほど遠くないので歩いても行けるが、早く会いたいので電車に乗る事にした。来る時間はいつでも良いって言ってたし早くても良いよね。


 電車に揺られて数分、私は目的の駅に降りた。

 初めて降りる駅で構造がイマイチよくわからない。どの階段使うんだろう?

 ホタル部長には『駅から出たら信号を右に曲がるんだよ』とは言われたけど、電車から降りた後の事を考えていなかった。

 とりあえず私は前の人について行く事にした。ついて行ったら出口まで行けるはず。


 前の人について階段を降りると、改札が見えた。

 前の人について行く作戦大成功じゃん。

 私は改札を通って外に出た。

 えっと……信号を右だよね?

 私は周りを見渡した……がしかし、信号がどこにも見当たらない。T字路になっていて、左右に伸びる道と目の前に向かって真っ直ぐ伸びる道があり、横断歩道はかかっているが、信号機は無い。

 あれ?降りる駅間違えたかな?

 私は建物から一歩外の出て駅に看板を見る。うーん、間違ってないか。

 え、じゃあここはどこ?

 とりあえず少し先にまっすぐ進んでみる。

 商店街っぽい印象の道で、お店が多い。少し古い印象がある八百屋や豆腐屋が営業していた。

 広い道で、自転車に乗った人や杖をつきながら歩いている人が多かった。

 少し歩いたが、商店街だからか信号機はどこにも無い。

 しょうがない。一回戻ろう。

 駅に戻ってもう一度景色を見る


 ……。


 あれ、迷子じゃん。


 仕方ない、あんまり迷惑かけたくなかったけどホタル部長に電話しよう。


 プルルルル……ガチャ


『もしもし?どうしたのマイちゃん』


 スマホの向こうからホタル部長の声が聞こえる。


「あのー、駅についたんですよ」

『おぉ!じゃあもうちょっとで来れるね!』


 ホタル部長の嬉しそうな声が聞こえる。


「私もそう思ったんですけど……」

『ん?どうしたの』

「道に迷ったっぽくて……」

『え?!信号を曲がるだけだよ?』


 ホタル部長がとっても驚いていた。


「いや……信号が見つからないんですよね……」

『……ん?マイちゃん、近くに何がある?』

「えーっと、商店街みたいなのが見えます」

『あぁ、それ反対側の出口だね」


 反対側……?


「え、じゃあ私はどうすれば……?」

『そこで待ってて。アタシが迎えに行くから。大丈夫、すぐ行くよ』

「あ、はいわかりました」


 数分後……。


「おーい!マイちゃーん!」


 左の方からホタル部長が手を振りながらやってきた。


「あ!ホタル部長!」


 私はホタル部長のもとに駆け寄った。


「走らなくてもアタシは逃げないよ。もう、かわいいなぁ……」


 ホタル部長は私を優しくハグしてくれた。

 他の人に見られてるかもと少し恥ずかしかったけど、そんなことより久しぶりに会えるのが嬉しかった。

 ホタル部長がハグをやめると、私の顔を見て言った。


「久しぶりだねマイちゃん」

「早く会いたかったです!」


 するとホタル部長が私の頭を撫でてくれた。


「そう言ってくれると嬉しいよ!でもごめんね?私がもう少し詳しく説明していればマイちゃんも迷わずに済んだのにね」

「いや、私が詳しく聞かなかったからですし……」

「いやいや、マイちゃんは悪く無いよ」


 そう言うとホタル部長は私の手を握った。


「悔やんでも仕方ないよ、早く行こ?」


 二人で手を繋いで歩き出した。



 ***




 それほど歩かずともホタル部長の家は駅からすぐだった。

 途中、ホタル部長が私に教えてくれた出口を見た。ちょうど私が出てきた出口と建物を挟んで反対側にあった。電車から降りた後に前の人についていかなかったら良かった……。

 ちなみにこう言うことはよくあるらしく、ココ先輩も最初は私と同じ事をしたらしい。私だけじゃなかったんだ……。


「はい、ついたよ?」


 ホタル部長が家の門の前で足を止めた。


「え?ここですか?」

「うん、そうだけど……何かあった?」

「いや、大きい家だなって思って」

「それはよく言われるね」


 家に門があるってあんまり無い気がする。いや、門だけなら一定数いるのかもしれない。

 でも、家に大きくてキレイな庭があるのはそれほどいないだろう。一面手入れされたキレイな芝生に覆われている。そしてそこに白いブランコが置かれていた。キレイなお庭だ。


「大丈夫!そんな緊張することはないよ!中に入れば普通に家だから!」


 ホタル部長はボーッとしている私の手をつかみ、門を押して私を中へと連れて行く。


 門と家のドアを結ぶ舗装された道を通る。


「ようこそアタシの家へ!」


 ドアの前に立つと、ホタル部長はドアを開けてくれた。


「失礼しまーす……」


 ついにホタル部長の家に……!


 一歩家の中に入ると、左右に続くキレイで長い廊下が目に入った。

 玄関で靴を揃え、ホタル部長について行く。

 ホタル部長は玄関から右に曲がり廊下を突き当たりまで進み、右のドアを開けた。


「ここが私の部屋。さぁ、入って」


 私はゆっくりとホタル部長の部屋に入った。

 部屋には、大きなクマのぬいぐるみが角に置いてあったり、ジンベイザメのぬいぐるみが部屋の奥の方にあるベッドの上に置いてあったりと、可愛いものが好きなホタル部長のイメージそのままだった。

 部屋の真ん中には丸いテーブルが置かれていて、周りにはクッションが四つ置かれていた。


「どこでも座っていいからね。ゆっくりリラックスしててね。アタシはココアでも持ってくるよ。寒かったでしょ?」

「あ、ありがとうございます」


 ホタル部長はそういうと部屋の外に出て行った。


 どこに座ればいいかよくわからなかったので、とりあえずその場に座った。

 ホタル部長が帰って来るまでにマフラーと手袋を取っておこう。帽子を被ったらまた髪を梳かしてくれるかなと考えたけど、そう何回もしてもらうのも流石にホタル部長に迷惑だと思ってやめた。

 待っている間とくにする事も無いので、座ったまま部屋を見渡してみた。

 本棚には最近流行りのマンガや小説が置かれている。

 窓の近くには小さな植木鉢が置いてあった。何の植物かはここからは見えない。


 ニャー


「ん?」


 全く気づかなかった。部屋の中に黒いネコがいたのだ。


 ネコはこちらをじっと見つめてくる。

 どうしたんだろう。誰だコイツ……とか思われてるのかな。

 ネコはこちらへゆっくりと近づいてくる。何か私を観察しているように見える。

 テーブルの下をくぐって私の真正面で止まった。そして私の周りをゆっくりぐるっと一周してもう一度私の正面に来ると、「ニャー」と鳴いてその場に座りこんでしまった。

 どうしたらいいんだ……?

 手を伸ばしてみる。近寄ってくれないかな。

 しかし、ネコはこちらを見向きもしない。

 それじゃあこっちから触りに行こうと手を伸ばした。ネコは「シャー!」と毛を逆立てて私を威嚇してきた。

 本当にどうしたらいいんだ……?


 ガチャ……


 ホタル部長がトレイにマグカップを載せて帰ってきた。


「ただいまー……ってクロ!アタシの大事な後輩ちゃんに何してるの?」


 ネコはびっくりしたのか、ホタル部長の足元を通って部屋の外に出ていってしまった。


「ごめんね?あの子初めての人に対してちょっと態度が悪くて……」


 ホタル部長はそう言いながら机にココアの入ったマグカップを置いてくれた。


「いやいや、私が手を伸ばしたからあんなに威嚇されただけで……」


 触れたら良かったんだけど。


「あと何回か家に来たら流石にクロも慣れてくれると思うよ?」

「クロってあのネコの名前ですか?」

「そうそう、体が黒いからクロ。そのまんまだね……っていつまでそこにいるの?こっちおいで」


 ホタル部長に手招きされて、ホタル部長の真向かいに座った。クッションが柔らかい。


「マイちゃんいつまで正座なの?もうちょっとリラックスしていいんだよ?」

「え?」


 今気づいた。私正座してるじゃん。私は足を崩した。


「無意識にしてました」

「真面目だなー」


 そう言ってホタル部長はマグカップを両手で持った。ふーふーとしてゆっくり飲む。

 私もホタル部長と同じようにふーふーしてココアを飲む。

 甘くて美味しい。ここに来るまでに冷え切った身体が内側から温まってくるようだった。


「ココとナツミちゃん、なかなか来ないね」


 ホタル部長は窓の外を眺めていた。木が風で揺れていた。なんだか寒そうだ。


「そうですね……ふわぁ……」


 身体が温まってきて、少し眠たくなってきた。


「眠たい?」


 ホタル部長はマグカップを両手で持ちながら、優しく聞いてくれた。


「ちょっと……」

「じゃあこっちおいで?」


 ホタル部長が手招きする。私はホタル部長に近づいた。

 ホタル部長は正座して太ももをトントンと叩いた。

 どういう事だろう?


「何ボーッとしてるの?ほら、ひざまくら」

「え?良いんですか?」


 ホタル部長は腕を広げて言った。


「もちろん。ほら、おいで?」


 私はゆっくりと体を傾けた。


「寝心地はどう?」

「すぐにでも寝ちゃいそうです……」

「うん、良かった」


 仰向けになるとホタル部長と目が合う。それがなんだか幸せだった。

 ホタル部長が私に優しく微笑みかける。それがなんだか嬉しかった。


「ホタル部長みたいな優しいお姉ちゃんがいたらなぁ」


 私は思っていた事を無意識のうちに口に出していた。


「どういうこと?」


 ホタル部長にどういう事か聞かれ、さっき口に出してしまったことに気付いて少し焦った。


「え?あ、その……私にはお姉ちゃんがいないんで……だから……ホタル部長みたいな優しいお姉ちゃんがいたら嬉しいなって」

「嬉しい事言ってくれるじゃん」


 ホタル部長は私の頬を優しくさすってくれた。温かい手が眠気を誘う。


「ほっぺた柔らかいね。すべすべだよ」

「ホタル部長の手もですよ?」


 ずっとさわってて欲しい。


「ありがとう」


 そう言うと、ホタル部長が少し視線をそらして、恥ずかしそうに言った。


「その……今だけで、ココとナツミちゃんが来るまでで良いからさ、お姉ちゃんって呼んでくれない?」

「え?」


 私がホタル部長の事をお姉ちゃんって呼ぶの……?


「いや、マイちゃんはお姉ちゃんが欲しいって言ってたけど、アタシはマイちゃんみたいな妹が欲しかったから……ダメ?」

「ダメじゃないです!」


 断る訳が無かった。


「じゃあお願い」


 ホタル部長は私の目を見てその時を待っている。


「じゃあいきますよ……?」


 いざこれから言うとなると、少し恥ずかしくなった。

 私はホタル部長の頬に手を伸ばした。


「ホタル……お姉ちゃん?」

「なぁに?」


 ホタル部長……じゃない。ホタルお姉ちゃんが微笑みかけてくれた。なんだかいつも以上に優しくみえた。


「なんだかくすぐったいね」


 お姉ちゃんの顔は少し赤くなっていた。


「イヤですか?」

「そんな事ないよ。マイちゃんは今この瞬間、アタシの大切な妹だから」


 そう言ってくれて私は嬉しかった。


「そうだ!ちょっと体起こして?」

「え?わかりました……」


 もうこの時間は終わりなのかな


「もう、そんな悲しい顔しないでよ」


 そう言うと、お姉ちゃんはベッドの中に入って掛け布団の角を持って持ち上げた。


「ほらこっち。アタシいつか妹と一緒に寝てみたかったんだよね」

「良いんですか?!」

「もう、アタシは今マイちゃんのお姉ちゃんだよ?遠慮しないで?」


 そう言われたので、私はゆっくりとお姉ちゃんの隣に寝転がった。お姉ちゃんが上から布団をかけてくれる。


「布団の中はあったかいでしょ?」

「とってもあったかいです」


 自分の温かさなのかお姉ちゃんの温かさなのかはわからないけど、布団の中はすごく快適だった。布団から出たくない……。


「前一緒に寝たのっていつだっけ」


 お姉ちゃんと一緒に寝た日……?


「そんな日ありましたっけ……?」

「あったような……あ、思い出した。ほら、アタシが部室のベッドで寝てた時にマイちゃん入ってきたでしょ?」


 ……?あ。


「あー……ありましたね、一学期の頃に。あの時は魔がさしたというか……」

「別に怒ってないよ。あの時はアタシが寝てたからこうやっておしゃべり出来なかったね」

「そうですね。私は今こうやってお姉ちゃんとおしゃべりできてとっても幸せです!」

「アタシも!」


 そうやって二人で目を合わして、少し笑顔になった。


 少し動くと、私の足がお姉ちゃんの足に当たった。


「お姉ちゃん足冷たいですよ?大丈夫ですか?」


 そんな事を言っていたら手も触れてしまった。


「手も冷たい。こうやったら温まりますか?」


 そう言って布団の中でお姉ちゃんの両手を私の両手で包み込んだ。


「ありがとう。マイちゃんあったかいね。ポカポカだよ」


 そして二人は、一緒に手を繋いで何も言わずに、顔を見合わせながら寝た。

 何も言葉を交わさなかったが、そういう時間も私は幸せだった。


 ピーンポーン


「あれ、ココとナツミちゃん来ちゃったね」


 それは私たちの姉妹の時間が終わる合図でもあった。

「ほら、起きて?」


 そう言われて渋々起き上がった。

 もう終わりか……。まだ帰る訳じゃないのになんだか寂しいな。


「あの、最後に一ついいですか?」


 まだお姉ちゃんでいてくれる間に一つだけ。


「なぁに?」


 ドアノブに手をかけたお姉ちゃんが振り返った。


「ハグしてくれませんか?」


 わがままかもしれない。でも、お姉ちゃんにもうちょっと甘えたい。ホタル部長がお姉ちゃんなのは今しかないから


「しょうがないなぁ」


 お姉ちゃんは手を大きく広げると、わたしはお姉ちゃんの胸元に飛び込んだ。

 お姉ちゃんの腕が私を包み込んで、体温が私に伝わってくる。

 何回もされてるけど、やっぱりハグされると安心する。

 お姉ちゃんは私の背中を優しくさすると、腕を解いた。


「アタシもずっとこうやってしていたかったんだけど、玄関で待ってる二人を待たせる訳にはいかないからね。満足した?」

「はい!」


 すごく満たされた。


「じゃあ二人を迎えに行こっか」


 私たちは部屋を出た。



続く……

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