第23話 コタツ

 今日も部活の時間がやってきた。

 最近寒さがとても厳しい。もともと寒かったけど、ここ数日はもう我慢の限界だ。

 教室の中はエアコンの暖房で快適に過ごしているが、登下校の歩きや体育の時間はとてもしんどい。

 そして、寒さの影響を受けるのは登下校や体育だけではない。ゆるふわ部の部室も寒さの影響を受けるのだ。

 エアコンの無いゆるふわ部は夏は暑く冬は寒い……いや最悪な環境だなぁ。

 それでも先輩たちに会いたいので寒い寒いと言いながら部室での時間を過ごしている。なんだかんだ楽しいんだけどね?


 ガラガラと音を立てながら私はゆるふわ部の扉を開けた。


「こんにちは……ってあれ?」


 びっくりした。部室の中身が大きく変わっていたのだ。

 向かい合わせにして置かれていた机は端のほうに動かされていた。代わりに部屋の真ん中に置かれていたのはコタツだった。

 手触りの良いふわふわのカーペットの上に、四人が座れそうな丸い大きなコタツが置かれている。

 そして先に来ていたホタル部長が机に伏して寝ていた。


「おーい、ホタル部長ー?」


 私はホタル部長に近づいて、ホタル部長のほっぺをぷにぷにと指で突いてみた。柔らかいなぁ。

 何回かつついてみたけど、ホタル部長は全く起きなかった。

 仕方ない、そっとしておこう。

 私はホタル部長の真向かいに座った。

 コタツの中は熱すぎずちょうどいい暖かさだった。確かにこれは眠たくなるかも……。

 下にカーペット敷かれてるしちょっとくらい横になってもいいよね。

 私はカーペットに横たわった。そして、足だけじゃ寒いので、お腹のあたりまで布団がかかるように潜ろうとした。


「いてっ!」

「え?」


 潜ろうとした時に何がを蹴ってしまった。っていうかこの声ナツミじゃない?


 布団をめくって中をみると、そこには睡眠を邪魔されて不機嫌そうな顔をしたナツミが丸まっていた。


「何やってるの、ネコの真似?」


 ネコはコタツで丸くなるとは言ったものの……。


「んー、まぁそんな感じ?」


 ナツミもコタツで丸くなるのか。


「そんなところで寝てたら出てきた時寒いよ?」

「もう手遅れかな。居心地良すぎて出たくない」


 えぇ……。


「あれ?コタツの中なんて覗いて何してるの?」

「あ、ココ先輩!」


 いつの間にかココ先輩が入ってきてたらしい。気づかなかった。


「ん?中に何かいるの?」

「ナツミがいます」


 ココ先輩はカーペットの上に座ってコタツの中を覗くと、「あらあら、カワイイネコちゃん」とだけ言って布団をそっと閉じた。


「えっと……今のは?」

「可愛かったからそのままでもいいかなって」


 よかったね……ナツミ。私だったら無理やり引きずり出してたかもしれない。「そこは寝るところじゃないから!」って。


「あれ、二人とも来てたんだ」


 気づくといつの間にかホタル部長が起きていた。


「あれ、起こしちゃいました?」


 ちょっとうるさくしてしまったかな?


「いやいや、今起きたよ。ふわぁ……コタツ良いね……んーよく寝た!」


 そう言ってホタル部長は伸びをした。


「いたっ!」

「え?」


 コタツの中から声が聞こえるので、ホタル部長は驚いた。

 ホタル部長が机のしたを覗くと、机の下から「えへへ」という声が聞こえた。どんな表情をしているかはこちらからは見えない。


「ちょっと、机の下で何してるの」

「寝てました」

「もう……びっくりさせないでよ……」


 そう言うと、コタツの布団を元に戻した。ナツミはそのままでいいの……?


「よし!じゃあみんな揃った事だからみかんでも食べよう!コタツにはやっぱりみかん!」


 ホタル部長は冷蔵庫の隣に置いてある段ボール箱の中からみかんを出してきた。


「え?その箱の中全部みかんですか?」

「うん、そうだよ。今日私が来たらすでにコタツが置いてあって、机の上に箱メモが置いてあったんだ」


 すごい量だ。

 ホタル部長がその置いてあったメモを見せてくれた。


『そろそろ君たちが寒さに震えている頃だろうからコタツをセットしておいたよ!!!あと、みかん農家の祖母がみかんを大量に送ってきたからおすそ分けだよ!!!!!みんなで分けてね:) 大森』


 顧問じゃん。なんだか文面から暑苦しさが伝わってくるような。

 ていうか今時「:)」の絵文字に使う人いないでしょ。もう令和だよ?


「なんか大森先生って感じですね……」


 ノーコメントなのは流石に可哀想だから、とりあえず当たり障りのないコメントをしておこう。


「んー、まぁそうだね」


 ホタル部長もなんとも言えない顔をしていた。


 話していると、みかんの言葉に反応したのかナツミがコタツから顔だけ出した。


「みかん?」

「うん。いっぱいあるよ?」


 私はみかんをナツミに見えるように見せた。


「ちょうだい」

「コタツの中で寝ながらどうやって食べるの。ほら、出てきなさい?」

「無理……出たら寒い」


 ナツミはそう言うとまたコタツに完全にもぐって、今度は逆に手だけ出した。


「ちょうだい……」

「行儀悪いよ?」

「えー」


 コタツの中からナツミの不満そうな声が聞こえる。


 これではどうしようもない。流石にもぐって食べるのは行儀悪すぎる。どうにかしないと。

 そこで、私は先輩たちに小声で言った。


「あの、今ナツミの手だけ出てるじゃないですか?だからあの手をせーので三人で引っ張っちゃいましょう」


 二人は親指を立てた。


「じゃあいきますよー?せーの!」

「え?ーわあぁ!」


 ナツミがバンザイの姿勢で引きずり出された。


「びっくりしたぁ。うぅ、寒い……」


 ナツミは自分の体をさすりながら言った。


「ずっともぐってるからでしょ?」


 そりゃ外出たら寒いよ。


 ナツミが寒さに震えているとココ先輩がカバンからカーディガンを出した。


「はい、私のカーディガン貸してあげるから羽織って。風邪ひいたらいけないからね。ーあとほら、みんなでみかん食べよ?」

「あ、ありがとう……」


 寒がるナツミの横でココ先輩がみかんを

 剥き始めた。


「ココ先輩ナツミに甘いですね」

「そうかな?別に普通だと思うけど……。マイちゃんのも剥いといてあげようか?」

「あ、いや大丈夫ですよ?わざわざ先輩の手を煩わせるわけには……」

「しっかりしてるね。別にもっとわたしとかホタルに頼ってくれてもいいんだよ?」

「そうだよ?アタシたちのことお姉ちゃんみたいに思ってくれていいんだからね?」


 ホタル部長がそう言ってわたしの後ろから抱きついた。

 ホタル部長はみかんひとかけらを持っている。


「はい、マイちゃん。あーん」

「え?たべていいんですか?」

「もちろん!」

「あーん」


 パクッ。


「うーん!甘いですよこれ!」


 全然酸っぱくない。


「ホントだ!」


 いつのまにかナツミはココ先輩に剥いてもらったみかんを食べていた。


「大森先生のおばあちゃんに感謝だね」

「ホントだね」


 ココ先輩とホタル部長も食べながら言った。


 この後みんなおしゃべりしながらコタツでゆっくりみかんを食べた。


 ***


「そろそろ帰ろうか……うわ外真っ暗じゃん」


 ホタル部長につられて外を見ると、既に完全に日が落ちていた。


「冬は日が暮れるのがはやいですね」

「ホントだよ。さぁ、はやく帰ろう」


 ホタル部長が立ち上がり、私とココ先輩も立ち上がった。


「おーい、ナツミ、帰るよ」


 ナツミはずっと座ったままだった。


「どうしたの」

「コタツの中はブラックホール……」


 ナツミはそう言いながらコタツの中へ潜っていく。


「え!ちょっと待って!今から帰るんだよ?何してるの?!」

「だってコタツから出たら寒いじゃん」


 そりゃそうじゃん。


「ほら、あったかい我が家が待ってるよ?」

「帰るまでが寒いよ……」


 そう言ってナツミはさらに潜ろうとする。


「ちょっと!」


 最終的にナツミが出てくるまで十五分程かかった。コタツのコンセントを抜いたのが正解だった。

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