第18話 優しい先輩

 なんだか今日は体がふわふわする。今日体育あったから疲れてるのかな。バドミントンではしゃぎすぎたかもしれない。

 私はゆるふわ部のドアを開けた。


 ガラガラ……


「こんにちはー……」


 部室には座って本を読んでいるココ先輩がいた。他には誰もいない。


「あら、こんにちは……ってちょっとマイちゃん!」


 ココ先輩は私の方を見ると驚いた顔をした。


「ちょっとマイちゃんどうしたの?!とっても顔色悪いじゃない!?」


 ココ先輩は私をベッドの方まで押していって、私をベッドに腰掛けさせた。

 ココ先輩が私と向かい合うようにしゃがみ込むと、私のおでこに手を当てた。ひんやりとした手が気持ちいい。


「うーん……熱あるんじゃない?マイちゃん熱いよ?」

「あ、本当ですか?」


 そう言われればなんだかボーッとしてきた。

 ココ先輩は冷蔵庫から冷却シートの箱を取り出すと、テキパキと開けていき、中のシートを取り出した。


「こう言うこともあろうかと。うちの部活はこういうのも用意してるのよ?ほら、マイちゃん前髪上げて?」


 私は言われたとおりに前髪を上げた。

 ココ先輩は冷却シートをゆっくりと私のおでこの方へ持ってくる。


「ちょっと冷たいけど我慢してねー……よいしょ……。うん、いい感じ」


 なんだかおでこに違和感を感じる。とっても冷たい。ココ先輩の手よりも冷たい。


「うーん、マイちゃんしんどそうだし今日はもう帰ったほうがいいんじゃない?ほら、立てる?」


 ココ先輩が手を貸してくれた。

 私はゆっくりと立ち上がった。


「とりあえず門までついていくよ。大丈夫、荷物も持っていくから」


 私は一歩踏み出した。すると視界がぐらっと揺れた。


「おっと、危ない」


 私が倒れそうなところをココ先輩が支えてくれた。


「うーん、やっぱりちょっと寝とこっか」


 私はゆっくりとベッドに寝かされた。

 ココ先輩は寝ている私の体に布団をかけてくれた。


「本当にしんどそうね、かわいそう……」


 ココ先輩はベッドの端の方に腰掛けて、胸のあたりを優しくトントンとしてくれた。


「ホタルがいなくてごめんね?あの子修学旅行の準備とかあるらしくて……。わたしじゃいやだったかな?」


 ココ先輩がそう言うので、私は首を横に振った。


「ふふ、ありがとう。……あら?」


 私は無意識にココ先輩の手を握っていた。


「もう、マイちゃんは寂しがり屋さんなのかな?可愛いね。わたしはどこにも行かないから大丈夫よ」


 ココ先輩のが私の手を両手で包み込んでくれた。


「あんまり喋りすぎたらマイちゃんもしんどいよね。私はずっとここに居るから少しの間目を瞑っておくといいよ」


 そう言ってココ先輩は静かになった。グラウンドから聞こえるサッカー部の掛け声に野球部の打撃音、アナログ時計の秒針がカチカチと進む音にココ先輩の呼吸の音が聞こえてくる。

 いつもは気にならない音が頭の中を巡って、私はなかなか寝付けなかった。


「あの……ココ先輩……」

「どうしたの?」


 ココ先輩は振り向くと優しい笑顔でこっちを見た。


「えっと……何か話してくれると気分が楽になるかもしれないです……」

「ホント?無理してない?しんどくない?」


 私は一回大きくうなづいた。

 ココ先輩の声は優しかった。


「なら何かお話でもしようかな。んー何を話せばいいんだろう……。じゃあホタルの話でもしようかな」


 ココ先輩は少しゆっくり話してくれた。


「わたし『朝日』って名字だから出席番号一番になりやすくて……。一年の頃、出席番号が一番だったの。入学してすぐの教室の席順って出席番号順じゃない?わたし一番前の一番右端の席だったの」


 時折気をつかって私の方を見ながら話してくれる。


「わたし初日からずっと本読んでたの。それがあの子には引っ込み思案な子に見えたのかな。私の前に来て、本を読んでるなんて気にせずに話しかけてきたの。『ねぇ!アタシと一緒に遊ぼうよ!」って。面白い子だなと思ったよ」


 ココ先輩は楽しそうに語った。


「ホタルが部活作るって言った時はびっくりしたよ。『遊びたい!ゴロゴロしたい!部活作る!』って。行動力あるなぁって、すごいなぁって思ったよ」


 ***


「……それであの子ったら私に抱きついてきて……ってあれ?」

 わたしが気づいた時にはマイちゃんはもうスヤスヤと寝息を立てていた。


「あらあら……ゆっくりと寝てね……」


マイちゃんの先輩として、ちょっとは優しい所見せられたかな。


 ガラガラ……


「ごめーん!遅くなっちゃった!」

「しー……」


 ホタルが勢いよく入ってくるものだから、わたしは口元に手を当てて静かにするように伝えた。


「タイミングいいね。ちょうどホタルに会いたくなってきたところなんだ」

「えー?なにそれなんか嬉しいな。それにしてもそんなところに座ってどうしたの?」


 ホタルはわたしがベッドに腰掛けていることを不思議がっていた。


「ほら……マイちゃんが」


 ホタルはここで寝ているマイちゃんに気がついた。


「えっ?どうしたの?」

「なんか体調崩してるっぽくて。酷い熱があったからとりあえず寝かしてたの」

「え?ずっと面倒見てくれてたの?」


 ホタルが驚いた。


「そうだね。まぁ別に全然苦じゃなかったよ」

「ホント?ならいいんだけど……。ごめんね?こんな時にどっか行っちゃってて。一緒にいたら手伝えたんだけど」

「気にしないで。ホタルも大変なんでしょ?」

「いやまぁそうだけど……でもココとマイちゃんの事だし……」

「そんな悲しそうな顔しないで。またこういうことがあったら頼まれてもらうかもだから」

「まぁ二回目なんであって欲しくないけどね」

「確かにもう一回マイちゃんのしんどそうな顔を見るのはいやだね」


 マイちゃんには元気な姿でいて欲しい。


「先生呼ぶ?」


 ホタルが聞いた。


「とりあえず起きてまだしんどそうにしてたら呼ぶことにしよう」


 途中でいきなり起こすのもしんどいだろうし。


「うん、わかった。じゃあ起きるまで椅子にでも座っていようよ」

「うーん、わたしはここに居ておくよ」

「え、なんで?」


 わたしは手元を見せた。


 マイちゃんはずっとわたしの手を握っていた。

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