第二章 二学期

第13話 雨が降ると

 二学期になってもゆるふわ部は変わらず活動している。


 部長に手を引っ張られ連れられた日にはどうなるかと不安しかなかったけど、今となっては、私にとってこの三人のゆるふわ部はなくてはならない存在になった。


 二学期になると、制服は半袖になった。白い半袖のブラウスで、胸元のポケットには水色の丸い校章が刺繍されている。とても涼しげだ。


 今日の部活動は、ホタル部長が夏祭りの射的で取ってきた沢山のお菓子を囲んでお菓子パーティー!


 いつも元気いっぱいのホタル部長は、今日も明るく話している。今日あった事、昨日の帰り道に見つけた可愛いもの、なんでもいっぱい話してくれる。

 黒髪ロングで美人のココ先輩は組んだ両手に頭をのせて、時々相槌を打ちながらホタル部長の話を聞いている。

 先輩同士は同じクラスの友達で、二人とも私を可愛がってくれるとても優しい先輩だ。


「ほら、マイちゃんも遠慮しないでいっぱい食べて良いんだよ?」


 ホタル部長はそう言いながらポテトチップスの袋の口をこちらに向けた。


「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく!」


 そう言いながら私はポテトチップスを一気に二枚取った。


「あ!二枚取ってるー!」


 ホタル部長は私が持っているポテトチップスを指さした


「あ、やっぱりダメでした?」


 欲張りだったかな?


「いや、別に良いけど……」


 あぁ、ホタル部長がしょんぼりした顔に。すごい悪い事しちゃたったみたいじゃないですか……。


「まだまだお菓子はいっぱいあるんでしょ?別にちょっとくらい多くたって良いじゃない」


 ココ先輩はホタル部長の頭をよしよしと撫でながら言った。


「むぅー、確かに今日はお菓子いっぱいあるもんね」


 ホタル部長は腕を組んでコクコクとうなずいた。


「じゃあわたしも貰おうかな」

「あ!ココも二枚取ってるじゃん!」


 にぎやかお菓子パーティーはこの後しばらく続いた。


 ***


「なんだか雲行きが怪しいね」


 今日のお菓子パーティーが終わった後、ココ先輩は窓の外をぼんやりと眺めていた。

 確かに空には濃い灰色の雲が広がっている。


「雨降るんですかね?私傘持って来てないんですけど……」


 びしょ濡れで帰りたくはないなぁ……風邪ひいちゃいそう。


「ちょっと早いけど今日はもう帰ろうか」


 ホタル部長がカバンを肩にかけて立ち上がった。


「そうですねー」


 私も帰ろうとカバンに手をかけたその時、空が光った。


「あれ、雷だ」


 私が窓から外を見ると、いつの間にか土砂降りの雨になっていた。


「これは……しばらく外に出れなさそうですね……ってあれ?」


 気がつくと、ホタル部長が私に抱きついていた。


「どうしたんですか?ホタル部長」

「雷……」


 顔を上げたホタル部長は涙目になっていた。


「えっ?!」


 何があったの?!私何かしたっけ?やっぱりポテトチップスを二枚一気に食べた事許してくれてないのかな……?


「あぁ、ホタルって雷が苦手なのよ」


 ココ先輩が私だけに聞こえるように耳打ちした。

 私はホタル部長の背中を優しくさすった。これで少しでも落ち着いてくれたら良いんだけど……。


「大丈夫ですよー。建物の中にいれば安心ですから」


 ゴロゴロ……


「雷鳴ってるよ!」


 抱きつくホタル部長の力がさらに強くなる。


「私の近くにいたら大丈夫ですから。とりあえずソファーにでも座りましょう?」


 ソファーに座ったら落ち着いてくれるかな。

 ソファーに座ったホタル部長はいまにも泣きそうな顔をしていた。私の制服の裾を、シワになりそうなほど力強く握っている。


「ほら、これでも飲んで落ち着いて」


 ココ先輩がペットボトルに入ったお茶を持って来てくれた。


「落ち着きましたか?」

「うん……なんとか……」


 ピカッ!


「やっぱり無理!」


 落ち着いたかと思ったが、稲光で再び私に抱きついてしまった。


「うーん、どうしようか」


 ココ先輩はホタル部長をなんとか私から引き離してあげたいのだろうか。

 ホタル部長の肩をトントンとしたり、背中をさすったりいろいろな事をしている。

 しかし万策尽きたのか、私の前で腕を組んで立って、悩んでしまった。


「ホタル部長の事なら大丈夫ですよ」

「ホント?」

「はい」


 最近あんまり抱きしめられなかったから、実はちょっと嬉しい。ホタル部長には申し訳ないけど。抱きつかれて、体温が直に私に伝わってくる。


「大丈夫ですよ、私が居ますから」

「うん……」


 さっきまでお姉ちゃんみたいに元気だったのにこんなによわよわしくなっちゃうなんて……これはこれで妹っぽくて可愛いんだけど。


「わたしも隣いい?」


 ココ先輩がホタル部長を挟むように私と反対側に座った。

 二人に挟まれて安心したのだろうか。ホタル部長はいつの間にかあんなに強く握っていた私の制服の裾を離していた。


「雷、ずっと鳴ってるな……」


 私はくらい窓の外を見ながら呟いた。意識するとずっとゴロゴロ鳴っている気がする。


「二人とも雷怖くないの?」


 ホタル部長がまだ完全には落ち着いていないのか、少し震えた声で聞いた。


「別に雷が私に何かしてくる訳じゃないですし」


 つまり私に何かしてくるもの、何かしてきそうなものは怖いし嫌いだ。


「確かにちょっとはビックリするかもね。でも建物の中に居たら安全だし、特に怖がる事は無いと思うよ」


 ココ先輩はホタル部長の頭を撫でながら言った。


「でもおへそ取られちゃうんだよ?!」


 ホタル部長!それ幼稚園児とかが言われるやつ!


「あれは別に本当に取られちゃうって意味では無いですよ?」

「え?!そうなの?!」


 ホタル部長は目を丸くして驚いた。

 あれ?むしろ知らなかった……?


「そうですよ。あれは雷が高い所に落ちるから、出来るだけ身を低くさせるために言われてたんですよ。おへそを守ろうとすると体が丸まって低くなるでしょ?」

「おお!なるほど!」


 ホタル部長は実際に丸まって納得したようだ。


「おへそを守るってそういう事だったんだね。今までよく言われてたことだけど、理由は初めて知ったよ。確かに低い姿勢になるね」


 ココ先輩はホタル部長の姿を見ながら納得したようだった。


「おへそが取られないと分かったならもう雷なんて怖くないな!」


 ホタル部長は立ち上がって吹っ切れたように言った。


 怖がってたところそこなんだ……。


「あれ、いつのまにか雨止んでるね」


 ココ先輩に言われ外を見ると、雲の隙間から青空が見えた。


「お!これで雨に濡れずに帰れますね!」

「ねぇねぇ!ほらあっち!見てよ二人とも!」


 ホタル部長は窓の外を指差した。


「そんなはしゃいでどうしたの?」

「何か見つけたんですか?」


 私たちは窓に近寄った。


「ほら!あれ!」

「うわぁ!これは綺麗!」


 ホタル部長が指差す先を見ると、そこには綺麗な虹がかかっていた。


「虹なんて久しぶりに見たよ」


 ココ先輩はそう言いながらスマートフォンで写真を撮っていた。


「ねぇ?虹のふもとには宝物があるっていうじゃん?」


 ホタル部長が目を輝かせながら言った。


「まぁそういう言い伝えも有りますね」


 あくまで言い伝えだけど。


「じゃあ今から虹のふもとまで行こうよ!」


ホタル部長が突拍子も無い事を言い始めた。


「え?!そんな突然——」


 大体虹のふもとには辿り着けないし……。


「そうと決まればさぁ出発!」


 ホタル部長は勢いよく部室を飛び出した。


「いやちょっと待ってください!ってホタル部長!カバン置いて出て行かないでくださいよー!」


 さっきまで雷に怯えていたホタル部長はどこへ行ったのやら……。


「ココ先輩……これはどうすれば……?」

「うーん、諦めて追いかけるしかないね」


 今日のゆるふわ部はまだ続きそうです……。

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