第12話 夏祭り
「この街の祭りは大きいですね!」
私は先輩達と歩きながら、祭りの規模と人の多さに圧倒されていた。
つい昨日、ホタル部長から『夏祭りがあるけど行かない?』とメッセージで誘われた。学校の近くの川沿いで開かれてると言うから来てみたけど、まさかこんなに大きいお祭りだとは……。
川沿いの道の両脇に大量の出店が並んでいて、どこを歩いていても威勢の良い掛け声が聞こえる。
ある場所では焼き鳥、別の場所では焼きそば、また別の場所ではベビーカステラと、色々な場所でおいしそうな匂いがして来た。うぅ……お腹すくなぁ……。
「この辺りで一番大きなお祭りだからねー。マイちゃんの地元には、あむっ、お祭りは無かったの?」
ホタル部長がいつの間にか買っていたわたあめを食べながら聞いてきた。
「いや、お祭り自体はありましたけど、こんなに大きいものじゃ無かったですよ。賑わってはいましたけど」
私は引っ越した身なので、他の街のお祭りは初めてだ。
「それにしても浴衣貸してくださってありがとうございます」
ココ先輩がここに来る前に浴衣を貸してくれたのだ。着付けも手伝ってくれた。
「浴衣の方が雰囲気味わえるし楽しいでしょ?」
「はい!」
私は白、ホタル部長は赤、ココ先輩は紺色の浴衣で、帯はみんな黄色だ。なんだかみんなお揃いでちょっと嬉しい。
「さぁどこ行く?色々あるよ?」
ホタル部長が目を輝かせながら聞いた。
「うーん、何が良いかなー」
色々あって困る。
「ホタルは何かやりたいもの無いの?」
ココ先輩がホタル部長に優しく聞いた。
「え?アタシのやりたいヤツやって良いの?アタシ射的やりたいんだけどいい?」
「良いですね行きましょう!」
***
歩いていると、射的屋を見つけた。
「よしやるぞー!」
「お兄さん射的やらせて!」
「おうよ!一回五百円な!」
「はい!」
「よし、ちょうどだな。じゃあ頑張れ!」
ホタル部長が渡された射的銃を握る。
なんだかこんな小柄な子が銃なんて握ってるとたとえ射的銃だとしても犯罪臭が……。
ホタル部長は足と腕を目一杯伸ばして、少しでも景品と銃口の距離を近づけようとする。
「むむむむ……えい!」
パンッ!
飛ばされたコルクの弾は駄菓子の箱にクリーンヒット!
「やった!」
「おー!幸先良いですね部長!」
「アタシくらいになればこれくらい朝飯前だよ!」
ホタル部長は胸を張って自慢げに言った。
「アタシに取れない景品はない!」
〜三分後〜
「いや、確かに『取れない景品はない』とは言ってましたけど……」
ホタル部長の手には大量のお菓子の詰め合わせが入った袋があった。
「何があったんですか?!」
なんであんな大きいものが取れてるんだ?
「いやアタシも外したくはないから、出来るだけ近いものを選んでたんだけど、撃つ瞬間に誰かにぶつかられたみたいで……。偶然にも弾が大当たりの箱に当たったらしくて、そのまま倒れちゃったみたい」
「なんだかアンラッキーなようなラッキーなような、なんとも言えない感じね」
ココ先輩はパンパンになった袋を見ながら言った。
「それにしてもなんでお菓子なんでしょう?」
普通はゲーム機とかじゃないの?
「さぁ、わかんない。取った時に聞いておけばよかったね。まぁ良いじゃん。部室で食べるお菓子代が浮くし」
「私たちも食べて良いですか?」
「もちろんだよ!」
ホタル部長は親指を立てながら言った
お菓子パーティーできるじゃん……!
「さて、次は何するの?」
ココ先輩がホタル部長に聞いた。
「うーんどうしようかなー……。あれもしたいしこれもしたいし、うーん……」
ホタル部長は結構悩んでいるようだ。
「あの、私、一つ食べたい物が」
「お?食べ物良いね、何食べたいのかな?」
ココ先輩が聞いた。
「私が食べたいのは──」
***
「はい到着、マイちゃんのリクエストかき氷屋ー!」
「やめてくださいホタル部長?!そんな大声で……クラスの誰かが見てたらどうするんです!?」
「それくらい大丈夫だよ!」
……何が?
というわけでかき氷屋に来た。
「マイちゃんかき氷はよく食べるの?」
ホタル部長が聞いた。
「いや、最近食べてなかったんですけど、久しぶりに食べたいなって思って」
「わかるー。アタシは毎年食べてるけど」
食べてるんかい。
「マイちゃん、わたしが買ってきてあげるよ。何味がいい?」
ココ先輩が言った。え?買ってくれるの?
「え?良いんですか?じゃあお言葉に甘えて……イチゴ味で!」
ココ先輩に買ってもらってしまった。やった!
少しすると、ココ先輩がイチゴのシロップがたっぷりかかったかき氷を持って帰ってきた。
「はい、どうぞ」
ココ先輩からかき氷を手渡された
「わぁ!ありがとうございます!……ってあれ?先輩の分は買わなかったんですか?」
私はココ先輩の持っているかき氷が一つしかない事に気づいた。
「一つをみんなで分ければいいかなって。いっぱい食べられるか分からないでしょ?」
「確かに……」
「先に食べてていいよ。あとからわたし達にもちょっとちょうだい?」
「はい!」
ではお言葉に甘えて……。
「ではお先にー、あむっ……うーん!冷たくて美味しいー!」
歩き回って疲れた体を癒してくれているような気がした。
「久しぶりに食べたけどやっぱり美味しいですねー」
そう言ってホタル部長の方を見ると、部長は目をキラキラ輝かせながら私の持っているかき氷をじっと見つめていた。
「……食べます?」
「ん」
私が食べるかどうか聞くと、ホタル部長は何も言わず目を閉じて、口を開けた。
これは……?
私はスプーンでかき氷をすくって、ホタル部長の口に運んだ。
「はい部長、あーん」
「あーん」
パクッ
「んー!おいしー!マイちゃにあーんしてもらったからかな?」
「えー?変わります?」
「きっと変わるよ!」
ホタル部長はニコニコ笑顔だった。
「わたしもかき氷食べたいな」
ココ先輩が髪をかきあげて言った
「それはあーんしてって事ですか……?」
「ん……」
私が聞くと、ココ先輩は何も言わずに目をつむり、口を開いた。
私はその口にかき氷を持っていった。
「うん、美味しい!これは確かにマイちゃんがあーんしてくれたおかげだね」
ほんとかなぁ?かき氷が美味しいんだと思うんだけど……。
まぁ先輩が喜んでるからいっか!
この後、三人で分けながら一つのかき氷を完食した。
***
「次どこ行きますか?」
私は聞いてみた。なんだかたくさん歩きまわった気がするが、まだみんな元気そうだ。
「どうしようか、特に行きたいところも無いし、適当に歩いてみる?」
ココ先輩は今まで歩いて来た方向を指差した。確かに帰ることも考えると戻らないといけないのは確かだ。
「さんせーい!」
ホタル部長が大きく手を上げた。
「じゃあ歩きましょうか」
三人は道を戻るように歩き始めた。
改めてすれ違う人を見ると、高校生らしき人が沢山いる。やはり高校が近いからだろうか。同じクラスの子かもと思う人とも何人かすれ違った。
私たちは人の間を縫うように歩いていく。人に当たらないように、先輩達とはぐれないように。私たちはいつのまにか手を繋いで歩いていた。
「あれ、なんだか人が増えて来たような?それもみんな同じ方向に進んでるんですけど……」
道行く人みんな、私たちと逆方向に歩いていく。
「あー、多分花火大会があるからじゃないかな」
前を行くホタル部長が私の方を振り返って言った。
「花火大会?!」
それはとても気になる。
「この街では夏祭りの日に合わせて、毎年打ち上げ花火が上がるんだ、とっても綺麗なんだよ?」
ホタル部長は楽しそうに言った。
「見てみたいです!あとどれくらいで始まるんですか?」
「うーん……。あと三十分位じゃない?」
後ろを歩いていたココ先輩が腕時計を見ながら教えてくれた。
「え?!あと少しじゃないですか!私たちこっち向きに歩いてたらダメじゃないですか?!」
打ち上げ花火を観に行くであろう沢山の人たちは、みんな私たちと逆の方へ向かって歩いている。
「大丈夫心配しないで!秘密の場所を教えてあげるから!」
ココ先輩は人差し指を口に当てると私に向かってウインクした。多分秘密の場所なのだろう。
「じゃあ早く行こう?花火の始まりに遅れるよ?」
ココ先輩が私の腕を引っ張った。みんな花火を見たい気持ちは同じなのかな。
「わかった!じゃあ走るよ!」
「ちょっと待ってくださいホタル部長!私達浴衣だからそんな走れませんよ!」
***
「はい着いた!」
どうやら着いたらしい。でもここって──。
「学校ですよね?」
私たちがいつも通っている学校の校門の前だった。
「うん。そうだけど?」
うん?どういう事だ?
「さぁ、入るよ!」
ホタル部長は何の躊躇いもなく門を押した。
「え?!何してるんですか?!」
というかまず開くの?!
「何してるもなにも、花火見に行くんだよ。さぁ、マイちゃんも早く来て?」
え……?これバレたら怒られちゃうヤツじゃない……?
「ほら、もたもたしてたら花火始まっちゃうよ?早く入ろう?」
私はココ先輩に押されてそのまま夜の学校に入ってしまった。
……これって不法侵入じゃない?
「よし!じゃあ屋上を目指そう!」
ホタル部長は軽い足取りで校舎に入っていった。
怖いなぁ……二学期になって怒られなければいいんだけど。
「大丈夫だって。こんな時間、学校には誰もいないよ」
私はココ先輩にそう言われながら背中を押されるようにして入っていった。
学校の中は、夏祭りのあの喧騒とはかけ離れた、静かな空間だった。私たち三人の階段を上る足音以外はなにも聞こえない。時が止まったような感覚がした。夏だというのに、なんだか空気がひんやりとしているように感じた。
「やっと一番上まで来たー!疲れたー!」
階段。やっぱりキツイ。
三人はようやく屋上に着いた。
「お疲れマイちゃん。まだ花火の音は聞こえてないって事は、どうやら始まりに間に合ったっぽいね」
ココ先輩の言うとおり、空は真っ黒なまま、煙すらもなにも見えない。
どうやら間に合ったみたいだ。
三人は床に座り込んで、花火大会の始まりを待っていた。
「あ!あの光!」
ホタル部長が指差した先に、地面から昇る光の球が見えた。
その光は徐々に高く上がっていき、限界の高さまで上がったその時──
パァン!
漆黒の夜空に光の大輪が花開いた。
「わぁ……」
私は花火の迫力に圧倒された。
私たちは、ただ言葉も発さず、ただただ上を眺めていた。
何者にも邪魔されない私たちだけの空間が屋上には広がっていた。
いつの間にか二人の体重が私の両肩にかかっていた。二人とも私に寄り掛かっていた。
二人の体温はこの暑い夏の中でも全く苦にならない、心から温かくなる物だった。
この幸せな時間が永遠に続けば良いのに。
しかし、何事にも終わりは来る。花火大会も終わりに向け、徐々に花火の数やバリエーションが多くなってくる。
終わりが近づいていると察していた。しかし、誰も何も言わなかった。この時間を終わらせたくなかった。
夜空が光で埋め尽くされた。大量の花火が花開いたのだ。
それは花火大会のクライマックスだった。
大量の光と音が私たちに降り注ぐ。
「来年もこの場所で先輩たちと花火が見たいな」
「もちろん」
「当たり前よ」
たくさんの花火が鳴り響く中、先輩たちの声は、はっきりと私の耳に届いた。
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