第11話 プール
夏休みに入ってもゆるふわ部のみんなはいつも通りに学校に来ていた。まぁ、部室でゴロゴロするだけなんだけど。
「あっついわー……溶けるーマジで溶けるー」
ホタル部長はそう言いながらうちわをパタパタさせていた。
確かに最近になってどんどん暑くなってきた。いつの間にかセミも鳴いている。日差しも強くなってきた。天気予報では「真夏日」とか「記録的な暑さ」とか、とりあえず暑いという事を手を変え品を変えて説明してくる。
しかし、このゆるふわ部の部室にはこの暑さを乗り切るには致命的な欠陥を持っていた。
「いっつも思うんですけど、なんで部室なのにエアコンが無いんですか」
「仕方ないよマイちゃん、アタシも部長としてお願いはしてるんだけどね……」
そう、この部屋にはエアコンがないのだ。
今、この部屋にあるのは(顧問の大森先生が自腹で買った)最新の羽根が無いタイプの扇風機とせいぜいうちわ程度だ。扇風機だって首を回してるので、自分のところばかり涼しくなる訳では無い。とても満足できる環境では無い。
「先輩方は去年の夏休みとかはどうしてたんですか?こんな暑い中、扇風機も無いんじゃ死んじゃいますよ」
「そもそも去年はわたし達二人しか居なかったから夏休みは家に居たよ」
「そうそう、アタシ達はマイちゃんに会うために夏休みも学校に来てるようなものだから」
あ、そうだったのか。なるほど。それなら確かにそこまでの設備は要らないのかもしれない。
それにしても『マイちゃんに会うため』とか言われると私も少し照れてしまうなー。
「何か涼めるものが有れば良いんですけどねー……」
私が呟いたその時。扉が開いた。
ガラガラ……
「君達!夏の暑さにバテてないかい!?」
扉にいたのは顧問の大森先生だった。
「確かにバテてるけど、喋り方が暑苦しいし、もうなんか見てるだけで暑苦しい。なに、松岡○造みたいな存在なの?なんか先生がここにきただけでこの部屋の室温が五度くらい上がった気がするんだけど……」
ホタル部長はとても嫌そうな顔をしている。
「ははは!それは気のせいだよ!そんな事より、君達、暑くないかい?」
「ええ、暑いですね」
そう言うココ先輩の目が、「お前がエアコンを付けないからな」と言ってるような気がした。
「だろう?そこでだ。お前達に良いニュースだ!聞いて驚くなよ?なんと、お前たちだけの貸切でプールが使えるように頼んでおいたぞ!」
「なんだって?!ホントに?!」
一番食いついたのはホタル部長だった。
「もちろんだとも!この俺が嘘をついているように見えるかい?」
いちいち鬱陶しいな。
「という訳で来週月曜日はプールだから水着を忘れんなよー。学校の水着でも自分で買った水着でもどっちでも良いからな。ではっ!」
そう言って、森本先生どこかへ走り去っていった。
やった!先輩達とプール!
水着、買わないとな……。
***
雲一つない青空、容赦無く照りつける太陽。いつもなら恨むこの天気も、今日という日においては絶好のプール日和になる。
「おぉー!ホントに誰も居ない!貸切プールだー!」
ホタル部長がプールに入るなり、突然走り出した。
「ちょっと、ホタル部長!プールサイドで走ったら危ないですよ!」
「ホタル、よっぽど楽しみにしてたっぽいよ?『今日はプール!』ってご機嫌だったから」
プールサイドでくるくる回るホタル部長を見ながらココ先輩が言った。そりゃ楽しみだよね。私も明日先輩達とプールだと思うと楽しみでなかなか寝付けなかったし。
ホタル部長はオレンジ色のワンピースのような水着を着ている。裾のところにフリル付いていて可愛い。ホタル部長が動くたびにひらひらと揺れている。
ココ先輩は黒いビキニだ。とても大人っぽい。あの水着が似合うの羨ましいなー……。いつも制服で隠れてるから全然分からなかったけど、すらっとしててすごくスタイルが良い。
「マイちゃん、水着姿も可愛いね!」
ホタル部長が私の水着姿を褒めてくれた。
「ホントですか?ちょっと背伸びしちゃった気もするんですけど……」
「そんな事ないよ!とっても似合ってるよ!」
白いオフショルダーの水着で、可愛いなとは思いつつも、私なんかがこんな水着に合うのかなとも思っていたので、こうやって褒めてくれるととても嬉しい。
「さぁ、せっかくだから早速入ろう?」
「うぉー!泳ぐぞー!」
ココ先輩が入ろうとすると、隣で助走をつけたホタル部長が飛び上がった。
「ちょっと!飛び込んだ危ないですよ部長!ってあぁ……!」
注意も虚しくホタル部長はプールへ飛び込んで行く。
ザブーン!
ブクブク……
「ぷはぁ!おーい、二人とも飛び込んでおいでよ!とっても気持ちいいよ!」
「飛び込んだら危なくないですか?」
「深いから大丈夫!」
それはホタル部長の身長が……いやこれ以上は言わないでおこう。
「じゃあ私も行きますよー!」
助走をつけて飛び上がった体は、ゆっくりと落ちていく……。
ザブーン!
ひんやりと冷たい水が火照った体を一瞬にして冷やしていく。
「ぷはぁ!」
「どう?気持ちいいでしょ?」
「気持ちいいです!」
すると間もなく、ココ先輩も水面に上がってきた。
「これは気持ちいいね。水がとっても冷たいよ」
それにしてもこんな暑い日にプールに入れるんなんて、顧問の大森先生にも意外に良いところあるんだな。
「さて、プールに入ったは良いですけど何します?私何も持ってきてないんですけど……ひゃぁ!」
「何言ってるのマイちゃん!こういうのは楽しんだもの勝ちだよ!」
いつのまにかホタル部長に水をかけられたらしい。
「やりましたねホタル部長?私だって!えい!」
私も負けじと返す。両手で水をすくって飛ばす感じだ。
「お?マイちゃんも乗ってきたね!でもアタシについてこれるかな……ってわぁ!」
ホタル部長は真横から水をかけられて、びっくりして姿勢を崩した。
「二人とも楽しそうだね。でも、わたしも混ぜてもらわないと困るなー」
ココ先輩が少し寂しそうに言った。
「やったなココー?えい!」
「あはは、冷たいなー」
「ちょっと!私にもかかってますよー!」
そこから三人はしばらく水遊びを楽しんだ。
***
「ちょっとはしゃぎ過ぎましたね……」
「疲れたねー」
私とココ先輩は屋根の下でゆっくり休憩していた。
「ホタル部長元気ですねー……」
「あの子はいつも元気だから。その分元気がなくなるとすぐに寝ちゃうけど」
「おーい!」
プールの中からホタル部長が呼ぶ声がする。浮き輪をビート板のように使い、ゆっくりと泳ぎながら片手を私たちに向かって振っていた。
「疲れたら戻ってきてくださいねー!」
私はホタル部長に手を振り返した。
「はーい!」
ホタル部長はそう言うと、手を振るのをやめて、バタ足で泳ぎ始めた。
まだそんな元気があるのかぁ……。
「そういえば浮き輪なんて持ってきてたんですね」
「え?浮き輪ならあそこにあるよ?」
「え?」
ココ先輩が指差した先には色々なものが詰め込まれた段ボール箱が無造作に置かれていた。
「あんなのあったっけ?」
近づいて見てみると、空気の入っていない浮き輪やビーチボール、水鉄砲などが入っていた。
こんなのあったんだ……。あれ、箱の横になんか書いてる。
『こいつらは自由に使ってくれ!!!!!大森』
あるなら先に言ってよ……。
私がココ先輩の元に戻ると、いつのまにかホタル部長が帰ってきていた。
「あ、戻ってきてたんですね」
「むぅー」
「え」
なんか怒ってる?
私はココ先輩に「助けて!」と視線を送ってみたものの、ココ先輩は困り顔を見せるばかりだ。
「どうしたんですか?」
「マイちゃんもそっち側だったんだね……」
「えぇ?」
「その胸だよ胸!」
「ひぃ……!」
ホタル部長に指を差されて、少し怖くなり咄嗟に胸を両手で隠した。
「制服で隠れて気づかなかったけど、アタシと違ってマイちゃんはココと同じで胸あるんだね……」
「ちょっと、そんな悲しい顔しないでくださいよ!多分ホタル部長もこれから成長するんですって!」
「もうその言葉十回くらい聞いたよ……」
「うぅ……」
返す言葉に困る。
「ねぇー、ちょーだいよー」
「ちょうだい?!」
あげられるものじゃないよ……?
「ねーあたしにも、ふぁあ?!」
ホタル部長が可愛い声を上げた。
「こら、マイちゃんを困らせちゃダメでしょ?」
「ちょっとココ、何して……ってなんで水鉄砲持ってるの?!」
ココ先輩は水鉄砲をホタル部長に撃ったのだ。今も銃口がホタル部長の方を向いている。
「あの箱に入ってたよ」
「え?!アタシも使う!」
ホタル部長は水鉄砲を取りに機嫌良く走っていった。
ホタル部長疲れてないのかな……?胸の話から逃れられたのはラッキーだけど。
そんな事を考えていたら、ホタル部長が水鉄砲を二丁持って帰ってきた。……え?二丁?
「ほらマイちゃん!遊ぶよ!」
ホタル部長に水鉄砲を一丁握らされた。
「え、まだ遊ぶんですかってうわ!」
「ほう、これを避けるなんて流石だなマイちゃん」
ほうじゃないですよホタル部長。
どうやら今日の部活動はまだまだ終わらないようだ。
「もうこうなったら楽しまなきゃ損ですよね!二人ともびしょびしょにしてあげます!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます