第10話ㅤ宿題

 夏休みまであとほんの数日と迫ったある日の放課後、三人はいつものゆるふわ部の部室にいた。部屋にはいつの間にか(顧問の大森先生が自腹で買った)最新の羽根が無いタイプの扇風機が首を回していた。


「新しいのを買ってくれるのは良いけど、これじゃあ宇宙人ごっこ出来ないじゃん!」


 ホタル部長はそう愚痴をこぼすと、扇風機の目の前に立ち、「あー」とか、「ワレワレハウチュウジンダー」とか言っていた。そういうのは家でやってください……。


「せっかく買ってくれたんだから文句言わないの。あるだけありがたいんだから」


 ココ先輩はそう言いながら、ホタル部長の頭を子供をあやすようにヨシヨシと撫でた。


「むぅー、そう言うなら仕方ないな」


 ホタル部長はそう言いながら渋々いつもの自分の椅子に座った。


 さて……、私は今から何をしようかな。また絵でも描こうかな。

 そう思って自分のカバンを覗いた時、あるものを見つけてしまった。


「あ」

「どうしたのマイちゃん?」


 ホタル部長がロリポップを舐めながら聞いた。


「そう言えば夏休みの宿題があったなって……」


 マイはそう言いながらカバンから分厚めの数学の冊子を机に出した。


「あのー、ここの学校ってこんなに宿題が多いんですか……?」


 私は気になった。数学だけでもこれだけあるのに、他の教科も容赦なく宿題を出してくる。正直これじゃあ遊ぶ時間なんてないじゃん。


「ここの学校じゃなくて、高校はどこもこんなものよ」


 ココ先輩はいたって平然としている。えぇ……これが普通なの?


「大丈夫だってマイちゃん、そんなもの楽勝だよ!パパッとやればすぐ終わるから!」

「そんな事言って夏休みラスト三日でわたしに『宿題手伝ってくれー』って泣きついてきたのは誰だっけー?」

「その話はやめてよココ……」


 ホタル部長は最後まで宿題を溜める人なのかな?


「こんな事にならないようにマイちゃんはホタルを反面教師にして宿題はコツコツ進めるのよ?」

「え?あ、はい」

「頑張ってねマイちゃん!」

「なに他人事みたいに言ってるの、ホタルも頑張るのよ。今年はホタルの宿題手伝わないからね」

「えー!待ってよ!それじゃあ一生終わらないよ!ほら、飴ならあげるから!」

「お菓子で釣らないでよ……。そんなことしなくても今から頑張れば余裕よ」

「ええー?!ちょっとは手伝ってよ!」


 ホタル部長の顔に焦りが見えた。

 なんだかこんなやりとりも仲良く見える。多分ココ先輩は最終的にはホタル部長の宿題を手伝ってあげるような気がするな。多分だけど。


 私は夏休みの宿題が載っているプリントを見た。数学に国語、英語に歴史。とにかくやる事が多い。

 そして下の方には自由研究と家庭科の料理……


「高校生にもなって自由研究やらされるんですね」

「あー先生によってはやらせる人もいるねー。まぁそんな面倒くさい事しなくても、便利なインターネットを使えば楽勝だよ」


 ホタル部長はそう言いながら新しいロリポップの包みを開けた。


「え?そんな手抜きでいいんですか?」

「成績が取れれば関係ないよ」


 うわぁ生々しい高校生の声……


「なるほど……ちなみに家庭科で料理って作りました?」


 こっちも気になる。


「あー、あったね。アタシはレタスのサンドウィッチにしたよ。レタスとハムとチーズをパンで挟むだけで、特に火とか使わなかったから簡単に出来たよ。いやーほんとサンドウィッチ伯爵に感謝だね!」

「それで大丈夫なんですか?」

「特に怒られてないし、家庭科の成績は5だったから大丈夫なんじゃない?」


 あー、じゃあサンドウィッチにしようかな。


「なに言ってるの。ホタルは裁縫が良かったから5って言われてたじゃん。後輩に危ない橋渡らせる気?」

「あれ?そうだっけ?ここはよくそんなの覚えてるなー」


 じゃあサンドウィッチダメじゃん。


「ココ先輩はなにを作ったんですか?」

「わたしはオムライスだったかな」

「えーすごい!難しくないんですか?」

「お母さんに教えてもらったの」


 ココ先輩のお母さん強いな……。


「ココ先輩のオムライス食べてみたいです!」

「アタシもー!」


 ホタル部長も目をキラキラさせている。


「わかったよ。二人でわたしの家に来たら作ってあげるね」

「「やったー!」」


 ココ先輩のオムライスが食べられる日が楽しみだ。


「でも夏休みの宿題はどうしよう。わざわざオムライスのためにココ先輩呼ぶのは流石に迷惑ですよね?」

「別にわたしは迷惑じゃないけど……そう思うんだったらハンバーグとかどう?」


「ハンバァァァグ!!!」


 いきなり叫ばないでくださいホタル部長。心臓止まるかと思ったんですけど。


「ど、どうしたんですか……?」

「え?マイちゃん知らないの?ハンバーグ仙人」

「誰ですかそれ」

「最近売れてきてる芸人だよ?」

「知らないですねー……」


 すぐに落ちこぼれていきそうな名前の芸人だなぁ。


「え?トライアングルを鳴らして『ハンバァァァグ!!!』って叫ぶあの人だよ?」


 絵面がシュールすぎる。それは本当に面白いの……?


「いや、知らないですね」

「そうか……」


 そんな悲しそうな顔しないでくださいよ。なんかこっちが申し訳なくなっちゃうじゃないですか。

 あれ、なんの話だったっけ。あぁハンバーグを作るのはどうかって話だ。


「でも確かにハンバーグは宿題には良さそうですね」


 ホタル部長をチラッと見ると、「ハンバーグ」という単語に反応して今にも叫びたそうにウズウズしている。よっぽど好きなんだな……。

 とりあえず私はロリポップの包みを解いて、ホタル部長の口に入れてあげた。とりあえずこれで叫べないでしょう。


「うん、ハンバーグは失敗しにくいからおすすめだよ。作ったら写真送ってよ。わたしマイちゃんがどんな風にハンバーグを作ったか見たいな」

「わかりました!作ったら写真送りますね!」


いい事を聞いた。これで家庭科の宿題には困らないね!


 後日、自分でハンバーグを作ったので写真を、いつの間にか出来ていたゆるふわ部のグループチャットに送ってみた。

 ココ先輩は『おー!よく出来てるね!これなら家庭科の成績も大丈夫だよ!またわたしにも作って欲しいな!』と、めっちゃ褒めてくれた。

 ホタル部長からは『おいしそう!ココだけじゃなくてアタシにも作って!』という暖かいメッセージとともにハンバーグ仙人のネタ動画が送られてきた。

 面白かったかどうかはノーコメントで……。

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