第4話 顧問、襲来。

 今日も学校が終わった!よし!今日も部活の時間だ!

 私はワクワクしながら部室のある5階まで階段を駆け上がる。

 最近は先輩に会うために学校に来ている気がするなー……。まぁいいか。

 今日は先輩たちは何かしてるかな?もしかしたらホタル部長は寝てるかもなー。考えれば考えるほど会いたくなってきた。

 私は早歩きで廊下を歩き、やがて5階の1番奥の部屋、ゆるふわ部の部室に着いた。

 この扉を開ければ今日も楽しい時間が始まる……!

 私は部室の引き戸に手をかけた……


 ガチャ!


 ……が、開かなかった。


 鍵がかかっていた。どうして?いつもなら開いてるのに。

 半透明のガラスからは部屋の中は確認できないが、よく見るといつもより部屋の中が暗い。もしかしてまだ誰も来てないのかな?じゃあ私が1番乗りか、こんな事初めてだな。


 ……どうしよう。初めての状況で何をすれば良いのかよくわからない。いや、鍵を取りに行くしかないんだけど。でも先輩たちと入れ違いになったら嫌だしなー。


 行こうか、行くまいかで5分程悩んだ。しかし先輩達は来ない。

 これはもう行くしかない。待っていてもこなさそうだ。

 私はカバンを床に置き、鍵を取りに職員室まで歩こうとした。

 その時、向こうのほう、つまり私が向かおうとしていた方から、何か音がしていることに気づいた。

 普段静かで、人がほとんどこないこの5階の部屋では、物音がする事ですら珍しい。

 一体何の音だろう。もしかして先輩達が来たのかな?

 しかし、その物音が大きくなるにつれ、なんだか先輩達ではない気がしてきた。なんだろう、何かがゴロゴロ転がるような音が聞こえてくる。そして、その音はどんどん大きくなっている。


 そして、音はさらに大きくなっていき、ついにその音の主が私の目の前に現れた。


 ……この人、もしかして?


 その人は、首からネームプレートをさげているため、この学校の先生だという事がわかる。私が見上げないといけないほど背が高い男の人だ。白い長袖のジャージを着ているが、その上からでもガタイが良いのがわかる。体育会系にしか見えない。

 でも、この人の持っている物が少し気になった。

 この人は台車を持っていたのだ。それも、台車の上にテレビをしっかり固定している。エレベーターもエスカレーターもないこの学校の5階に台車を持って上がるためには、自力で階段を使って持って上がる必要がある。普通そんな事はしない。100歩譲ったとしても、一人で持ち上げるのはおかしい。普通そんな事できない。

 しかし、私は「そんな事」を出来る人を知っている。ここ5階のゆるふわ部の部室に、女子一人がゆったり寝れるほどのスペースを持つ大きなソファーを台車を使って1人で持ってきた人を。


 ゆるふわ部顧問だ。


 そんな人に目をつけられたら何されるかわからない。これは逃げたほうがいいかな?

 しかし、私が逃げようとしている間に声をかけられた。やばい、死んだかもしれない。


「あれ?こんな所に人がいるなんて珍しいね。こんな所で何してるの?」


 とりあえず何か答えないと。ここは穏便に……。


「え??いや、先輩を待っていただけですよ??」


 何故かめっちゃ声が上擦った。


「え?この5階で人を待ってるの?人なんて来ないでしょ?」


 この先生、なんか私を疑ってる?過去にここでなんかあったの……?


「そ、そうかもしれないですねー、はは……」


 早くどっか行ってくれないかな。こんな見るからに体育会系の先生なんてそもそも関わりたくないのに……。それにこの人多分ものすごい力持ちでしょ?私が悪いやつと決め付けられれば何されるか分からないじゃん。


「んー、なんだか怪しいな。本当は何をしてたの?」

「いやだから先輩を待っているんですよ!」


 諦め悪いなぁこの人。


 私がうんざりしていると、廊下の奥、階段側から足音と声がした。


「なに私達の可愛い子に手出してんの?」


 そこで姿を現したのはホタル部長とココ先輩だった。やっと来てくれた……!


「手を出しているなんてそんな語弊のある言い方やめてよ。僕はただこんな所にいるこの子に何してるのか聞いていただけだよ」


「何言ってるの先生。ここで待っている時点で私達を待ってるに決まってるじゃん。大体この子はゆるふわ部の部員だよ?把握しといてよ。あと、こんな所って言わないで。ここはれっきとした部室だから」


 ホタル部長のたくさんのダメ出しが飛び出た。


「部長は怖いなー。そんなに言わなくたっていいじゃん」

「うちの可愛い新入りを守るためだよ」


 ホタル部長はそういうと、先生の側を通り過ぎ、わたしのほうへ来たかと思うと、優しくハグしてくれた。


「大丈夫マイちゃん?何もされてない?アタシが来たからもう安心だよ」

「なんかいきなり体育会系の体の大きい人に話しかけられて怖かったです……」

「そうだよね、怖かったよね。よしよし……」


 ###


 残されたココ先輩と先生の2人は話していた。

「これはマイちゃんに嫌われましたね、先生」

「僕そんなに悪いことしたかなぁ」

「信頼回復、頑張ってください。」

「これは先が長いなぁ」


 ###


 ホタル部長に長い間抱きしめられ、よしよしされていた気がする。何回されても幸せな気分になれる。


「よし、元気になった?マイちゃん」

「はい、ありがとうございます。ところで、あの先生は一体誰なんですか?」


 私はさっき散々質問責めしてきた体育会系の先生を見て言った。


「あの先生?あの人はゆるふわ部の顧問の大森篤志おおもりあつし先生だよ。」


 やっぱり顧問だったか,


 すると先生は名前を呼ばれたことに反応したのか、突然自己紹介してきた。


「筋肉モリモリ!大森篤志だよ!よろしく!」


 ……何こいつ。暑苦しいし、鬱陶しいよ……。


 ココ先輩は、私の反応を見て大森先生の肩をポンポンと叩き耳打ちした。


「あの反応を見た感じ、逆効果っぽいですね。信頼回復まではまだまだですね」

「まじかよ、どうすればいいんだよこれ……」


 大森先生は小さな声でそう呟き、うなだれていた。


「ねぇねぇ先生」


 ホタル部長が先生に話しかけた。


「なんだよ立花。僕のメンタルはもうズタボロだよ」


 大森先生の声は自分に自信をなくしたかのようにとても弱々しかった。


「いや、なんの話かわからないけど……」


 ホタル部長は、大森先生が女子1人に嫌われただけで落ち込んでいる事を気づいていない事にして、質問した。


「あの台車に乗っているものはなんなの?」

「見たらわかるでしょ?テレビだよ」


 なんでそんな投げやりなんですか先生。私に拒否られて拗ねてるんですかね。


「いや、それは見たらわかるよ。でも昔のテレビって感じじゃないじゃん。薄いし。鏡餅を上に置けないタイプのやつだし。でもどうしたのこんなもの?」


 ホタル部長が聞いた。


 ほんの少し前の鏡餅の置き場所はテレビの上だったけど、薄型になって置けなくなったとか通じるのかな?とかどうでもいいことを考えてしまった。


「職員室でいらないらしいから引き取ってきた」


 大森先生はそう答える。


 本当かな?ソファーもそうだけど職員室に要らないもの多くない?ものが飽和してるのかな?逆に今職員室に行ったら何もないかもしれないなー。


「別に引き取るのはいいけど、ゆるふわ部の部室は決して要らないものだけを詰め込む物置じゃないからね、先生?」

「おっと?蛍はこのテレビが要らないものに見えるのかな?今ならこのテレビを有効活用できる私物の据え置き型のゲーム機もあげるのになー」


 そんなテレビショッピングみたいな誘い文句に乗るわけ……。


「ゲーム!?」


 乗るんかい。

 え?ホタル部長めっちゃ食いついてるやん。


「先生!今すぐテレビとゲームを部室に置いていくんだな!」


 ホタル部長、それは悪役が言う台詞です。


「毎度ありー」


 ……毎度あり??置いてから金払わせるタイプの悪徳業者かな?


 なんかツッコミどころが多かった気がする。元大阪人の血が反応してしまう……。


 大森先生は、私が困惑している間に手際良くテレビを部室に運び入れ、ソファーと向かい合うように置いた。1人で。

 なんで1人で持てるんだろう。ていうかホタル部長もココ先輩も当たり前の事のように見てるな。これがゆるふわ部の普通なのか。やっぱり大森先生怖い。


 大森先生はものの数分でテレビを運び入れてしまった。


「はい、お疲れ様!やっぱり持つべきものは使える顧問だよねー!」


 ホタル部長それ本人の前でも言うんですね……。なんか道具扱いされてる気がするけど。


 そういえばこのテレビどうやって運んだのか聞きたいな。話したくないけど。

 話したくないけど、聞くかー。


「あの……。大森先生?」


 私が話しかけると大森先生の表情がパッと明るくなったように見えた。

 そんなに心にダメージ負うことないでしょ……。


「あの台車に載せたテレビ、どうやって上まで運んできたんですか?この学校、5階に上がれるエレベーターは無い気がするんですけど。」


 大森先生は少し溜めてからこう答えた。


「気合いだよ!」

「えっ?あっ、はい?!」


 ろくな物じゃなかった。テレビ持ったまま気合いで階段登れるのかな。

 まずそもそも、私は気合いで物事解決する人が苦手なんだよなー……。


「ホタル部長ー、やっぱりこの先生苦手です……」


 そう言いながら私はホタル部長の後ろに隠れた。


「そうかー、仕方ないね。よしよし」


 ホタル部長は私のことを、優しく撫でてくれた。


 その一方、大森先生は「仕方なく無いよ……」と、小声で呟きながら落ち込んでいた。

 そんなに心にダメージ負うことないでしょ……。


「ほら、先生。マイちゃんはあと3年居るんだからそれまでに好感度回復できるよ」


 ホタル部長はそう言って大森先生を励ました。

 私は攻略対象なのかな?少なくとも大森先生に攻略されることは無いな。まず、あと3年も一緒とか先行き不安なんだけど。


「お、おう。そうだな」


 納得しないでよ。現実見てよ大森先生。


「じ、じゃあ俺は戻るわ」


 大森先生はそう言うと、とぼとぼと帰っていった。


 ふぅ……。


「やっと帰っていきましたね、大森先生。とても気疲れしましたよ」

「普段からあんな感じのよく分からない先生だからね。わたしも最初は苦手だったよ。でもいつか慣れるから」


 ココ先輩も苦手らしい。良かった。私だけじゃなかった。


「今日はなんか嫌われて落ち込んでたけど、普段はあれの1億倍くらい暑苦しいから。覚悟した方がいいよ?マイちゃん」

「あれの1億倍?絶対しんどいじゃないですか」


 ホタル部長が教えてくれた事に半分絶望した。本当にそうだったら二度と会いたくないな。


「まぁ、過ぎ去ったことは水に流して!今日も部活始めよっか!」


 今日の部活はホタル部長の掛け声で始まった。


「あ、ホタル部長。そういえば鍵って持ってます?」

「あれ?マイちゃんまだ自分の鍵持ってないんだ。」

「自分の鍵なんてもらえるんですね」

「うん。ゆるふわ部はそういう制度らしいよ。鍵は顧問の大森先生から貰えると思うよ?」


 ……少なくともあの人にはもう一度会わないといけないらしい。

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