第2話 ソファー

 今日も人気ひとけの無い5階の1番奥の部屋、人間観察部……もといゆるふわ部の部室に向かう。


 先輩達は今何してるかな。早く会いたいな。

 私は期待に胸をふくらませながら部室のドアを開けた。


 ガラガラー……


「こんにちはー……?」


 ドアを開けた瞬間、ホタル部長と目が合った。ホタル部長は私を見るとぱぁ!と顔を輝かせ、タッタッタッと小走りに私の方に走ってきて、私を両手でぎゅー!っと抱きしめた。


「マイちゃーん!待ってたよ!」


 私は突然の事に少しビックリして、どうすればいいのかわからなかったので、とりあえずホタル部長を抱きしめ返した。

 ホタル部長から甘い良い匂いがする……あったかいなー……やばい、ずっとこのままでいたい。離れたくない。


「おーい、なに廊下で2人抱きしめ合ってるのー?はやく入ってきなよー!」


 ハッ!時間を忘れてぎゅーってしてしまってた!

 部屋の中に居たココ先輩にからかうように呼ばれて、もしかしてさっきのハグを見られていたかもと思うと、少し恥ずかしくなった。


「ほら、ココが呼んでるよ!」


 ホタル部長はそう言うと、私の手を引っ張った。もう、そんなに引っ張らなくてもついていくのに……。

 ホタル部長の子どもっぽいところが見れた気がした。

 ホタル部長に引っ張られながら部室に入ると、私は今までの部室と明らかに違うところに気づいた。


「あれ?ソファーが増えてる……?」

「お?気づいちゃった?」


 ココ先輩がよくぞ気づいてくれたと言わんばかりの声色で言った。

 いや、さすがに気付きますよ。めっちゃあからさまですやん。

 部屋の端に大きく、真っ白なソファーが出てきたとなったらさすがに気付くでしょ。


「まぁ、気づいちゃいましたね……え?そのソファーどうしたんですか?まさか持ってきたなんて事ないですよね?」

「さすがに持ってくるのは無理だね。こんな重たいもの持てる気がしないなー」


 確かにそうだ……。


「じゃあこれは一体……?」

「顧問の先生が持ってきてくれたんだよ」


 ホタル部長はそう言いながらソファーに座った。「持つべきものは使える顧問だよなー!」とか言いながら、完全にくつろぎモードに入っている。


「マイちゃんが来るちょっと前に、顧問の先生が大きな荷車に載せて運んできたんだよ。『職員室で使ってたけど、いらなくなったからあげるよ!』とか言って、ささっと置いて帰っていっちゃったんだけどね」


 ココ先輩が詳しく教えてくれた。なるほど、そんなことがあったのか。……ん?なんかめっちゃきになることが出てきたんだけど。『荷車に載せて持ってきた』?


「ここってエレベーターありましたっけ……?無かったら荷車なんて運べます?」

「おっと、『ゆるふわ部の七不思議』に気づくとは。ココちゃんは察しがいいね。」


 ココ先輩は関心するような口調だった。


「え?なんですかそれ?ちょっと気になります」


 私が食いつきを見せると、ソファーに座ってくつろいでる部長が教えてくれた。


「1つ目、重くて到底ひとりじゃ運べない荷物を荷台に載せて運んでくる顧問」

「ここの机と椅子も持ってきてくれたんだよね、荷台に載せて」


 ココ先輩が補足してくれたが、私には理解出来なかった。


「その顧問は人間なんですか?」

「もしかしたら違うかもしれないね。外見は人間だよ。」


 ココ先輩の答えを聞くとなんだか顧問の先生に会いたくなくなった。怪物じゃん。できるだけ関わりを持ちたくないな……。


「2つ目はなんなのですか?」


 とりあえず聞くだけで怖い顧問の先生の話はもうしたくないので2つ目を聞くことにした。


 が……。


「無い!」


 何言ってるんですかホタル部長?


「え?『ゆるふわ部の不思議』なんでしょ?じゃあ七つあるはずじゃないですか。一つしか無かったらただの『ゆるふわ部の不思議』ですよ。というか『ゆるふわ部顧問の不思議』ですねこれ」


「ほんとだね。うーん……強いて言うならこの5階は何故か人が全く来ないかな」


「ココ先輩、それでも二つです……。『ゆるふわ部の二不思議』じゃないですか。」


 語呂が悪い……

 大体まず5階に人が来ないのはまともな教室がないからじゃ……いや、せっかく七つに近づいたのに数が減るからやめとこ。


「まぁまぁ、これから増やせばいいじゃん!そういうのも楽しいと思うよ?」

「あー……なるほど。ありですね」


 たまたま私の居た代には不思議が七つ無かっただけなんだ。うん。



「話変わるけどさ」

「なんですか?」

「なんで2人ともソファーあるのに座らないの?座り心地いいよ?」


 ホタル部長はそういうと体をソファーの端に寄せ、「ほら、座りなよ。」と、ポンポンとソファーを叩いて座るように促した。


 私はホタル部長の言葉に甘えるようにソファーまで小走りで行き、ホタル部長の隣に座った。


 あ!このソファーめっちゃ沈む!すごいふかふかだ!

 なんだろう……自然とぐでーっとしてしまう……。


「このソファーは危険ですね……人をダメにしてしまいますよ……。あー……二度と立ち上がりたくないよー……。ココ先輩もどうですかー?このソファーとっても良いですよ……」

「え?3人で座るの?確かに座れるほどの大きさは十分にあるけど……大丈夫?というか、なんか2人ともくっついて座ってるけどわたしも?」

「出来ればそうして欲しいです!さ、ココ先輩、はやく!」


 私に呼ばれて、遠慮していたココ先輩も私の隣に座った。


「おお、確かにこれは座り心地が良いね。職員室で使っていたという事は、このソファーは先生達だけのためにあったにかな。だとしたらちょっと羨ましいね」

「あ、そうか。これは先生達使っていたものなのか。良いなー教える側は。こっちはすごい硬くて冷たい椅子に何時間も座ってるのに!」

「あはは……」


 不満を露わにしているホタル部長に、私は苦笑いしか出来なかった。


 ここで私はある重要な事に気づいてしまった。


「私、今先輩2人に挟まれてる……」

「それがどうかしたのか?」


 私が突然こんな事を言い出すので、ホタル部長が少し心配そうに聞いてきた。


「いや、幸せだなーって思って」

「えー?そんな事言ってくれるのー?すっごく嬉しいよ!


 ホタル部長はそう言うと、座った状態で私をぎゅーっと抱きしめてくれた。


「わたしも嬉しいよ」


 ココ先輩も反対側から私をぎゅーっと抱きしめてくれた。


 あーやばい。幸せすぎる。幸せすぎて息ができない。死んじゃいそう。あ、でもこのまま死んでもいい。


 でも、そんな長いようで短い幸せな時間は終わり、2人の腕が私からほどけていった。


「今日はずっとこのままボーッとするのがいい気がするな」


 ホタル部長はそう言いながら「ふぁー」とあくびをした。

 私もボーッとしたいな。そう思っていると、ホタル部長のあくびがうつったのか、私まであくびが漏れた。


「どうしたの?眠いの?」


 ホタル部長は私に優しく問いかけてくる。


「そうですね……なんか今日の疲れがどっと出てきた気がします……」

「そう……眠たかったら、寝ていいよ。アタシにでももたれて、ゆっくり寝たらいいよ。下校時間になったら起こしてあげるから」

「あ、ありがとうございます……」


 私は素直にホタル部長に甘える事にした。


 体をゆっくりと傾け、ホタル部長にそっともたれた。ホタル部長はやっぱり暖かかった。


「おやすみ」


 ホタル部長はそう言ってくれた事までは覚えていた。



 #####



 ある高校生活が始まって間もない日の放課後、私とホタル部長は何をする訳でもなく、ただ座っていた。


「ホタル部長、私友達できるか心配です」


 私は少し話したい気分になった。別に拾ってくれなくていい。ただ、胸のうちにつっかえるこのモヤモヤをどうにかしたかった。


「ん?いきなりどうしたのさマイちゃん?中学の頃いじめにでも遭ってたの?」

「いや、全然そんな事はないんですけど……。みんなもう友達グループみたいなのを作っていて……。なんだかみんなに馴染めるか不安になってきました。やっぱり中学の頃の友達と一緒の高校受験した方が良かったかな……」


 私がそういうと、いつものお誕生日席に座っていたホタル部長は立ち上がり、私の向かいの席に座った。


「えー?そんな悲しいこと言わないでよ。マイちゃんがこの学校来てくれなかったら、アタシ達会えなかったんだよ?アタシはそんなの嫌だなー。それにさ、まだ入って1週間も経ってないんだよ?さすがに心配し過ぎだって。人間関係なんてこれから作っても全然間に合うよ!」


 ホタル部長の声はとても優しかった。


「でも私、人見知りで……自分から話しかけられるかわかりません……」


 ホタル部長の優しさはとても身に染みる。でも、それでも、私はこの不安を、抱えたモヤモヤを吐き出さずにはいられなかった。


 ホタル部長は私の顔をじっと見つめている。怒っているわけでは無さそうだが、何を考えているのか分からず、私は少し怖くなった。


「……どうしたんですかホタル部長?」


 すると、突然ホタル部長が口を開いた。


「マイちゃん、そんな暗い顔してたら幸せが逃げちゃうよ?」

「……え?」


 私はどういうことかわからなかった。すると、ホタル部長は小さな手鏡で私を映した。


 そこには酷く暗い私が居た。


「マイちゃん、無理に明るく元気に振る舞う必要は無いけどさ、そんなに暗いと人も寄ってこないよ。」


 ホタル部長はそう言いながら立ち上がり、私の後ろまで来たと思うと、私を後ろから優しく抱きしめ、ゆっくり話してくれた。


「アタシはさ、これからの高校生活にワクワクしている、期待に胸を膨らませる明るくて可愛いマイちゃんを見て、『あ、この子良いな。』って思ったんだよ。」

「そうなんですか……?」

「うん。今のマイちゃんが暗いのは多分今しか見てないからだと思うな。そうじゃなくて、マイちゃんはこれからの事を考えた方がいいと思うな。友達ができるかどうかじゃなくて、友達と何をしたいかを考える。マイちゃんは将来の事を考えた方が絶対明るくなれるんだから」


「それに……」部長は不意に抱きしめるのをやめ、腕をほどいた。突然の事に私は振り返ると、そこに居た部長は優しい笑顔をしていた。


「それに、友達ができるできない関係なしに、マイちゃんにはゆるふわ部があるじゃん!アタシ達が居るじゃん!他の人がどうであれ、少なくともココとアタシはマイちゃんの味方だから。大丈夫。安心して!」


 私はその言葉がとても嬉しかった。暖かくて、優しい言葉だった。心の内からポカポカする気分だった。これからの高校生活が少し楽しみになった。


「お!それ!」

「うわぁ!なんですか突然大声出して!ビックリするじゃないですか!」

「あー……ごめん……。でもさ!さっきの表情良かったよ!それだったら友達も絶対できる!」

「え……?」


 どうやら私は無意識のうちに明るい表情になっていたらしい。心の持ちようが大切なのは少し分かった。私も頑張れば友達作れそうだ。


「私、人見知りなりに友達作り頑張ります!」

「うん、今のマイちゃんならできるよ!頑張って!」



 #####


 部活に入ってすぐの頃の夢を見ていたらしい。

 あの時優しくしてくれてから、私はホタル部長を慕うようになったんだっけ。

 あれ、私は今どういう状況になってるんだ?


「お?起きた?」


 ホタル部長の顔がが真上にある。いつの間にか仰向けになっていた?

 んー……寝ぼけた頭じゃ今の状態がよくわからないな。


 だんだん思考がクリアになってきて私は気づいた。まず、ソファーに横になっている事。いや、これはあまり重要ではない。それより大事なのは『部長に膝枕されている』事……!


「起きたの?」


 ホタル部長がもう一度聞いてきた。


「現在進行形で寝てまーす!」

「いや、絶対起きてるじゃん。もう下校時刻だから。さ、はやく起きて」

「うー……」


 もう少しこのままでいたかった……。でもあんまりホタル部長に迷惑かけすぎるのもよくない……。


 私はソファーからゆっくり立ち上がろうとすると、お腹にブランケットがかけられている事に気づいた。


「あ、それココのだから。ココは家の用事か何かで先に帰っちゃったけど、それは置いていってくれたよ」


 ココ先輩、ありがとうございます……!


「良い夢見れた?」


 ホタル部長が聞いてきた。


「はい。おかげでとっても良い夢が見れました!」

「おーそれは良かった。ちなみにどんな夢?」

「はずかしいので秘密です」


 ホタル部長は「えー……」と、悲しそうだった。


「ま、アタシはマイちゃんの可愛い寝顔が見れただけでも良かったかな!」

「え、ちょ、恥ずかしいからそんな事口に出さないでくださいよ!」

「スースーと寝息たてて、時々可愛い声で『ホタル部長ー』って寝言が……」

「キャー!やめてください!恥ずかしいです!」

「さすがに冗談だよー」

「冗談ですか……」


 本当かな……?


 ホタル部長は窓の外を見た。夕焼けを通り越して暗くなっていた。


「はやく帰ろうか。もうだいぶ暗くなってきたからね」

「あ、まってください部長!せめて学校の外までは一緒に帰りましょう!」

「はいはい、待ってあげるからはやくー!」

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