ゆるふわ部で放課後スローライフ!

時雨澪

第一章 一学期

第1話 ゆるふわ部

 どうしてこうなったんだろう。この言葉が私の頭の中でぐるぐるとまわっている。私って何か悪い事したっけ。

お世辞にも広いとは言えない教室には机と椅子がたくさん置かれていて、その教室の真ん中に四つの机が二つずつ向かい合わせに置かれている。そして、私が座っている席の向かいにに恐らく私より年上のお姉さんが座っている。

 私は今年からこの高校に入学してきた新入生で、ただ帰る前にどんな学校か気になったから少し校舎を見て回ろうと歩き回っていただけなのに。気づけばここの学校の先輩に連れ去られていた。

目の前のお姉さんが話し始めた。


「君みたいな可愛い女の子がうちの部活に入ってくれたらすごい嬉しいんだけどなー?」


初手告白スタートマジか。


「そんな事言われても。そもそもここは一体……?」


私はとりあえず目の前に人に聞いた。


正直私には物置にしか見えない……。なにかあるのかな。


「人間観察部だよ」


……ん?

なにそれ。明らかにやばい部活じゃん。名前からもう危ないし。えー、もう帰りたいんだけど。もしかして私って知らない間に被検体か何かになった?


 先輩は私と向かい合って、組んだ両腕を机に乗せて座っている。少し茶色がかった長い髪を上の方でくくってポニーテールにしていた。その姿はなんとなく頼れる先輩のような感じがした。なんでも聞いてくれそうな感じだ。姿だけのイメージだけど。あくまで姿「だけ」のイメージだけど!

 背は私より少し低く見える。見えるだけだけど。実際、腕を掴まれた時にはそれほど低い印象は受けなかったので、実は身長は同じくらいなのかもしれない。


「え、帰って良いですか。部活の名前が既に危ないんですけど。それって何をするんですか」


 人間観察はやばいでしょ。バラエティ番組でもあるまいし。

 部長は、私の問いに対して少し考えた後、私の目をみて自信たっぷりにこたえた。


「人間観察だよ!」


 ……でしょうね。


「いや、それは名前を見たら分かりますよ。そうじゃなくて、具体的にどんな事をするんですか」


先輩はしどろもどろにこう答えた。


「えー? ほら、人間の動きとか会話とか……とにかく人間観察なんだよ!」


 なんだそれ……。もっと怪しい部活に見えてきた。元から怪しい部活にしか見えないけど。というかなんでこんな危ない香りがする部活が存在しているんだろう。


「なんか目が泳いでません?なんでそんな狼狽うろたえているんですか。あれですか。普段から活動していないんですか」


部長の様子がおかしい。これ本当に部活? 実は新興宗教だったりしない? 大丈夫?


「いや?活動してるよ?」


 一応部活なんだ。じゃあなんで活動内容について答えられないんでしょう。


「じゃあちょっと質問を変えますけど、この部はいつできたんですか?」

「私たちの代から。というかアタシがつくった。なんならアタシが部長」


やばそうな部活の創設者、目の前に居た。


「なんで自分で作った部活の活動内容答えられないんです……?」


私の言葉に部長は、机の上に伏せて、両手で顔を隠した。いやそれで隠れられると思わないでくださいよ。


「いやー……ほらさ?」


部長の言葉が詰まる。


 この部活絶対大丈夫じゃないよ……。今からでも逃げられる。早く帰ろう。


 私が半ば呆れて帰ろうとすると、部屋の入り口の引き戸がガラガラと開いた。


「ごめんホタル、ちょっと遅くなっちゃった……」


 現われた人物は黒く長い髪をして、背は高く、すらっとしていてキレイな人だというイメージをと持たせた。


「あ!ココ!待ってたよ!」


 部長はバッと立ち上がり黒髪の子にトテトテと走り寄ると、その体をギュッと抱きしめた。


「どうしたの?そんな泣きそうな顔をして。私が居なくて寂しかったの?」


 黒髪ロングの人が部長の頭をよしよしと撫でながら優しく話しかけた。


「それもあるけどそうじゃなくて……えーと」


 部長が言葉に詰まっていると、黒髪ロングのココと呼ばれていた人が私に気づいた。


「あら、あの子は誰?」


 部長はそう聞かれると、今度は私の方に走ってきて私の背中にまわった。そして、後ろから腕を回すと自慢げに答えた。


「新入生のなかで一番可愛い子を捕まえてきた!」

「……え?」


 「捕まえた」ってそんな物騒な。人をコレクション対象として見てるのかな。まぁ「ゆるい部活だから!」とか言って手をつかんで強引に引っ張られてきたから「捕まえた」っていう表現は合っているかもしれないけどさ。


 そんな事を考えていると、ココと呼ばれていた人がさっき部長が座っていた椅子に腰掛けた。


「うちの部長が迷惑かけちゃったね。ごめんね?それで君はうちの部活に入ってくれるのかな?」


 気が早いな。すごい話が進んでる。まだ入るって決めたわけじゃないし。なんなら帰ろうとしてたし。


「いや……まだそのつもりじゃ無いですけど……。部長に部活で何をしているか聞いてもきちんと教えてくれなかったし……」


 ココさんは私の言葉を聞いてびっくりした顔をして部長の方をみた。


「え?なんで教えなかったの?」


「いや、この子真面目そうだし……説明で変な部活だって思われたら嫌じゃん。アタシ説明下手だし」


 部長は消え入りそうな声で言った。

 部長、ごめんなさい。私には部活の内容を説明してくれないのでもう変な部活に見えてます……。


「もうしょうがないなー。わたしが新入りちゃんに説明してあげるよ」


 ココさんはそう言うと、胸ポケットからメモ帳を取り出した。


「この部の目的は……ちょっと待って、メモに書いてたはずだから……あ、あった。『部活動を通して他人の行動を観察し、そこから人間の心理を探究する』なんだよね」


 なにそれ難しそう。やっぱり新興宗教じゃない……? ちゃんと説明されたら、それはそれで変な部活に見えてしまうな。


「まぁ、これは書類上でのお話なんだけど」


 そう言うとメモ帳をポケットにしまった。え、いらないの? さっきのは何? 実際にはさっきココさんが言った難しそうな活動はしてないって事になるのかな?


「あーごめん、よくわかんないよね。実際には人間観察とか心理がどうとかそんな面倒なことはしないの。ただ部活を作る上でまっとうな理由が必要だから、仕方なくでっち上げただけなの」


 マジか。でっち上げって言っちゃった。


「じゃあ実際はなにするんですか?」

「そうだよね、活動内容気になるよね。わからないと気になるよねー。でもわたしたちもよくわからないの」


 なんだって。


「そんな怪訝そうな顔をしないでよ。うーんそうだなー……。強いて言えば『特にやる事はない』かな。やる事ないからある日はおしゃべりしてるし、またある日はお菓子持ち寄って食べてるね。ゲームしてたり、寝てたりもあったなー」

「という事は目標は無く、ただ放課後にゴロゴロする部活という事ですか?」

「うん、そうだね」


 なんと無責任な部活……!


「なんか急に興味が湧いてきました」

「本当か?!」


部長は目をキラキラ輝かせている。


「はい、なんかとってもゆるくてふわふわした部活ですね。ゆるふわ部じゃないですか。」

「おお!ゆるふわ部!人間観察部の百倍はいい響きだね!それ採用!」


 口から出まかせ言ったら突然出てきた部長に採用されてしまった。あれ、それ採用されたら引くに引けない空気になるじゃん。これいつの間にか退路が無くなってるよね?


「ねぇ、アタシ達のゆるふわ部に入ってくれる?」


 ゆるふわ部早速使われてるし、何より部長の圧がすごい。すごく目がキラキラしている。いつの間にか両手も握られてるし。なんというか……これは断れない空気……。でも、ちょっと気になるし入ってみても良いのかも?


「わかりました。ゆるふわ部に入ります」


「「やった!」」


 2人は手を取り合って喜んでいた。ぴょんぴょん飛び跳ねながら。少し子供みたいだった。


「あ、そういえば自己紹介してなかったね。アタシが部長の立花蛍たちばなほたる!部長って呼んでくれてもいいけど、ちゃんと名前覚えてね!」

「そしてわたしが副部長の朝日心あさひこころ。ココって呼ばれてるけど、どう呼んでもらっても大丈夫だからね。」


 私は2人の名前を反芻する様に何度も心の中で確認した。ホタル部長とココ先輩……これからお世話になる2人の先輩。いい思い出が作れたらいいな。


「ねぇ、それであなたの名前は?」


 部長が私の手を取る。


「私、田村舞たむらまいって言います!これからよろしくお願いします」

「うん!よろしく!」

「よろしくね」


 ホタル部長とココ先輩、なんか歓迎してくれてるみたいで嬉しいな。


 これからの日々。何が始まるんだろう。

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