終焉の魔王(18)

  激突音がコクピットを揺さぶる。相手は重量ならルージベルニの倍くらいあるデュープラン。衝撃も半端ではなかった。

 それでも父が与えてくれた愛機は推力任せに耐えてくれる。踏みこめば押し返せるかもしれないとニーチェは感じた。


 密接状態で間合いがないので左肘を肩口に打ちつける。プリシラが肘を折りたたんで無理に向けようとするビームカノンの筒先を右肘で押しやり、頭部へと砲口を押しつけて発射するが首を曲げて躱された。

 デュープランの横からの膝蹴りでシートが大きく振られる。内臓まで響く衝撃に耐えてグリップエンドで頭を殴る。部品を撒き散らしながら上体を反らすところへ、前蹴りを放り込んで分かれる。同時に放ったビームは中間で衝突し、干渉し合って紫の光球を生み出した。


「うっげ……」

「かふっ」

 嘔吐感を噛み殺していると、彼女も衝撃で呼吸が苦しいような吐息を漏らした。


 定まらない視界の中でプリシラの灯りに向けてブレードを回転させたボールフランカーを送り込む。火花が散ったところを見ればジェットシールドで防がれたのだろう。


(どこ? 必ずあるはず)


 斬りつけにいったのは陽動。二基のレギュームがフランカーを狙撃してくる。躱させながら、もう一基のボールフランカーを勘で飛び回らせている。


(切った!)

 一基が狙撃をやめて浮遊状態になる。即座に連射で撃破した。


 ニーチェが狙っていたのはケーブル。細くて黒塗りで判別しづらくされていようと、ボールフランカーと違って必ず存在する。狙撃するのは至難の技でも、ブレードモードのフランカーを飛ばしていればいつか当たると思っていた。


(もう一つ!)


 ニーチェの意図を察したプリシラがレギュームを機体の後ろで下げる。ここぞとばかりに二基とも鋏状機構クラブを立てて連射モードでデュープランを照準。

 堪らずレギュームが出てきて閉塞磁場を形成したら、すかさずブレードモードに切り替えた一基をすぐ後ろに滑り込ませてケーブルを切る。停止した最後の一基を撃ち抜いた。


「あなたはいつも簡単に私を超えていく。ホアジェンの時だってそう。私だって観客の耳じゃなくて心を魅了する歌がうたいたかった。あなたが簡単にやってのけることを」

「どうして同じところで競わなくちゃいけないし。プリシラは違うじゃない。あたしは自分の声を楽器の領域まで磨き上げられなかった。別の武器でなら負けてたのに」

 二人ではできることが全然違ったのだ。


 向けられた右のビームカノンをフランカーが両断する。ビームチャンバーの誘爆で手まで溶解した。

 砲撃をすり抜けて頭部を狙ったフランカーは少し深めに斬り裂いただけで通過。モニターに乱れが生じたのに動揺したのか、棒立ちのデュープランの背後から左のショルダーユニットを破壊した。


「今だって同じだったし。そっちは四基も有るんだから接近して取り囲むようにすれば良かった」

 背後に回られたら厳しくなる。

「なのに離れて撃ち合い防ぎ合いに持っていったでしょ。同じ条件なら自分のほうが上だって思ってる証拠!」

「それは……」

「同じ武器なら絶対に負けないって思ってる。それがライナックの驕り。文句を言いつつ、プリシラだってどっぷりとライナックなんだって思い知った? そんな人に何かを変えられるわけなんかない。同じ轍を踏むだけ!」

 沈黙で肯定する。自覚したのだ。

「それならどうすればよかったの! 私も悪を演じれば良かった? 悪法で市民をがんじがらめにして叛乱させればライナックの歴史も終わったとでも?」

「難しくないし。公明正大に反論して剣王の側に付けば意味が変わるでしょ。先輩が言うように現状を憂うライナックが参集すれば宗主だって無視できない。落としどころを探せたかもしれないのに」

「そうね。危険でも、どうせ働きかけるなら剣王を選ぶべき。私に勇気がなかっただけなのね」


 最後まで枠の中で足掻き続けようとしたのが悪かったと思う。そんなに都合よくいったとは限らないが、違う結果だってあったのではないかと思えるのだ。


「じゃあ」

 プリシラの声に自嘲の響きを感じる。

「最期まで壁を演じるしかないわよね」

「まだ間に合うかもしれないのに!」

「いいえ、もう終わったみたい」


 彼女が何を言っているのか分からない。しかし、何一つ武器も残っていないのに手もない右腕で殴りかかってきているのは事実。


「バカー!」

「ほんとに馬鹿よね」


 ボールフランカーの一撃がラウンダーテールを破壊する。慣性のまま接近するデュープランをルージベルニは狙撃。プリシラは生きているパルスジェットを使って回避もしなかった。

 エンジンを貫いたビームが破壊を撒き散らす。鮮やかな黄色い機体は光の中へと沈んでいった。


「姉上、一緒に逝きます」

 そのひと言だけが遺された。


 彼方でも爆炎の花が一つ咲く。因縁の相手の送り火であるかのように。


(剣王、そっちも終わった?)

 彼女の言葉はそれを意味してるのだろう。

(いけない! ゆっくりしてる暇なんてなかったし!)


 ルージベルニを加速させつつ、父の灯りの色を求めて視線をさまよわせた。


   ◇      ◇      ◇


「やっぱり無理ー!」

 ヴァイオラはクラウゼンを転進させる。

「こら!」

「魔王様を一人でなんて行かせられない!」

「まてよ、ヴァイオラ!」

 マシューまでついてこようとする。

「来なくていい、ゴミクズ!」

「冷たいこと言うなよー」

「仕方ない子たち。じゃあ、ケイオスランデルを連れて帰ってきなさい」

 マーニは呆れ声で告げる。


 ヴァイオラは元気よく返事すると夜の側の本星へと降下していった。

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