終焉の魔王(17)

「なんてことを……」

 爆沈を重ねるゼムナ軍戦闘艦にプリシラが絶句するのをニーチェは耳にする。

「あそこで何万人の命が喪われているか知ってる? あなたの父はそれを平気でやっているのよ?」

「平気? ふざけるんじゃないし! パパがどれほどの覚悟で魔王をやっていると思うの? 何もかも自分で背負って時代を変えようとしてるし」

「それは革命家の理屈。彼らは理念を追い求めるがゆえに、どうしても人命を軽視する傾向が強くなるの。そして、口を揃えて言うのよ。社会を善くするためには痛みを伴うものだって」

 彼女の言うことにも道理がある。が、認められない。

「痛みはずーっと感じてたし。感じてなかったのは正義って書かれた旗を振りながら目を逸らしてた権力者たちライナック。同じ痛みなら変わったほうがいい。そう思えないのはプリシラもそっち側の人間だったって分かんないの?」

「変えようと努力をしていた人もいるから。でも、急激な変革は反動も大きい。多くの血を流すより時間を費やすほうが正解だって思っているのよ」

「その間は目を瞑れっていうわけ? 苦しんでいる人にも同じこと言える? 犠牲者を棚に上げるっていうのならパパを批判する権利なんてない!」


 弾幕の突破を図ろうとするボールフランカーは牽制砲撃で阻まれる。その隙に射出していない右肩のフランカーの高速回転ブレードを盾にしてルージベルニを突入させた。

 危機を察したデュープランはチャージ中だった二機の機動砲架レギュームを放出して狙ってくる。厚くなった弾幕に回り込もうとしたニーチェは断念した。


「権利はないかもしれないわ。でも、悪を標榜するから何をしてもいいなんて理屈はない」

 プリシラは言い募ってくる。

「歴史ある正義に対して同じ正義をぶつけるのは難しいって考えは解らなくもない。エイグニルの人々の怨念は一筋縄でないものだとも理解してる。悪を名乗って対立構図を生み出せば単なる内紛に見せかけて他国の干渉も防げるでしょう。その結果として生まれるのは新たな禍根だけではないの?」

「馬鹿にしてるし。あたしたちが自分たちの思う理想の社会を目指してるとでも思ってる? パパがずっと言ってるでしょ? 何もかも滅ぼすって」

「は? まさか……」

 彼女は勝利条件を勘違いしているようだ。

「命を奪う代償も払わずにあたしたちに都合のいい未来を創ろうだなんてしてないし。そんな気があるならエイグニルだなんて名乗らない」

「共倒れでもいいと?」

「善と悪は反存在。衝突して対消滅すればその先にあるのはだし」


 左のボールフランカーも戻してチャージする。ブレードモードの盾で直撃を防ぎつつ距離を詰めようとするが容赦ない弾幕に阻止された。

 が、それはニーチェの意図するところ。こちらのチャージする時間が相手のチャージを許す時間になってはいけない。レギュームを格納させないように立ち回っていた。


(パパの教えてくれた機動砲架の弱点。レギュームは本体が大きい分、ビームやジェットのエネルギーも多めに積める。けど、そこが過信の元になるし)


 おそらく本体を大型化したのはエンジン出力を高めてチャージ時間を短縮するため。チャージ時間を確保する施策として複座化もしている。両方を奪ってしまえばデュープランは時間を追うごとに機能が低下していくのだ。一対一での長期戦を想定していない機体なのである。


「フランカー!」

「レギューム!」

 動作信号を送る意識スイッチを高める呼び掛けが交錯する。


 四基のレギュームが舞う空間にボールフランカーを飛ばす。一基が口を開けて閉塞磁場を防御に転用。そこへ三連射を送り込むと一射ごとに深くまでビームが食い込むのが見えた。


(弱ってきてる! そこ!)

 ボールフランカーに弾幕を回避させつつ連射を集中させた。

(もうひと押し!)


 回り込んでビームカノンで狙撃。出力の高い手持ち武器は磁場を貫いてレギューム本体に穴を穿つ。内臓機構のかなりを占めているビームチャンバーが誘爆した。


「しまっ……!」

「まだぁ!」


 もう一基の動きが鈍っているのを見越してブレードモードのフランカーを滑り込ませた。両側から三つに分断して爆発させる。


「厳しい……かも?」

「逃がさないしー!」


 機動砲架レギュームの残りが二基になって退き気味になるデュープランを追う。ここで勝負を決めねばならない。撤退を許せば最初からやり直しになる。分析されて同じ戦法は通用しないだろう。


「艦隊の損害で浮足立ってる? ブラッドバウに押されている。援護しないと」

 プリシラは一瞬の隙に背後を確認したらしい。

「そんな余裕あげないし!」

「くれないなら奪うだけ」


 デュープランがヒップラッチから両腕にビームカノンを抜き取る。レギュームの制御が軽くなった分を本体の操作に振り向けたらしい。


「させるもんかー! あたしだって早くパパの所に行かないと間に合わないしー!」

「結局、私たちは戦うさだめなのね! 負けられないのは同じこと!」


 二基ずつのボールフランカーとレギュームが互いに撃ちあい躱しあう。繊細な制御に意識を奪われそうになるのを我慢して集中。高出力のビームをジェットシールドで弾いて赤いアームドスキンを相手の懐へと加速させた。


「プリシラぁー!」

「ニーチェぇー!」


 歌を愛したはずの二人が、声を限りにぶつかり合ったのは戦場だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る