終焉の魔王(19)

「ぐぅ、敗色濃厚か……」

 ブエルド・ライナックは堪えきれずに鼻頭に皺を寄せた。


 戦闘艦は半数以上が爆沈。アームドスキン隊も四割近い損耗。対して敵方の損害は小さく留められている。

 更にジュスティーヌの戦死とプリシラの戦死の報まで相次いで伝えられると完全に手詰まりを感じる。起死回生の一手など無い。ここはとりあえず延命策を採るしかない。


(こうなってしまっては最も危険な状況だ。本流家の人間が一堂に会してしまっている。地上軍本部は露骨にターゲットにされるだろう)

 逃げ込んだ者たちを非難できない。普通に考えれば一番安全に思える場所なのだ。

(もうリスクコントロールをするしかないな。剣王や魔王の目を引きそうな人間を脱出させるか。その間に宗主リロイ様と逃げ出す算段を付けよう)

 再起を目指す逃走先を計算する。


 彼とて危急の時を踏まえ取引材料は準備してある。技術や権益を餌に引っ張り出せる他国の戦力はある。一応の打診も行ってきた。

 紛争解決後の処理が難しくなるので最後の手段にしたかったが仕方がない。どうせ餌に使う技術は要の部分を外してあるのだ。


「ブエルドよ、地上の全戦力に出撃命令を」

 リロイが重々しく宣言する。

「御自ら出撃なさるので?」

「無論だ」

「しかし、現状剣王に抗する戦力などどこにもありませぬ」

 下手に責は問われたくないが現実だ。

「それくらい、わしにも分かっておる。攻めるのはポレオンぞ」

「何と?」

「首都を奪還する。あそこであれば市民も多い。甘さの抜けぬリューンでは攻めこめん。魔王ならやろうが、あ奴が止めるだろう」


 理屈としては成り立っている。だが、見過ごしているものもある。


血の誓いブラッドバウ艦二十隻分の戦力が防衛に当たっております。決して容易ではありません」

 数的には優位でも熾烈な戦闘になるのは間違いない。

「できぬことはない」

「しかし、市民にあまり被害が出れば後々問題になるかと?」

「半分くらいなら死なせてもいい。大義の為に死ねるならゼムナ国民としては本望であろう?」


(無茶だ。そんなことをすれば本当に終わってしまう)

 半数といえば二千万人近い市民。只事では済まされない。

(まずは宗主様を制止しなければならんとはな)

 頭が幾つあっても足りないとブエルドは苦悩する。


「敵機確認! 降下してきます!」

 控えの兵が報告してくる。

「規模は?」

「一機だけ! ケイオスランデルです!」

「魔王か!」


(このタイミングはおかしい)

 夜も更けたところ。戦闘宙域は惑星ゼムナの軌道外側とはいえ、決着が見えたのが先ほど。それから降下してきたには早すぎる。

(この機を狙っていたな。元より本部に立てこもらねばならなかったのも奴の手妻。ここで一気に殲滅を目論んでいたのか)

 魔王の目算が読めた。

(だが、たった一機で何ができる。本部の防御磁場強度はポレオンより上。自慢の大口径砲も役に立たんぞ)

 接近を阻止できるだけの戦力は十分にある。


 ブエルドは相手が詰めを急ぎすぎたと感じた。


   ◇      ◇      ◇


 未だ眠らない首都の灯りを横目にジェイルはケイオスランデルを降下させる。航空灯に彩られた地上軍本部も確認できた。イオンジェットが瞬いているのは上がってくる迎撃機だと思われる。


(ターナミストの濃度を上げてきましたね? 砲撃戦をやらせたくないと)

 夜間戦闘時の目を奪うつもりだ。

(接近戦に持ち込めば有利だと思いましたか。そんなものは無駄なんですけどね)

 迷う必要さえない。


 彼は航空灯だけを頼りにブレイザーカノンを使う。当然本部にはダメージを与えられない。が、そこから上昇してくるアームドスキンは何機か巻き込まれた。

 それで十分。こちらの位置が知られて集中攻撃を受けても、大振りなフォトンシールドで全て弾くだけ。


(甘いですよ)

 ブエルドも一機だけなら逃げずに戦力を向けてくると思った。


 有視界内に入ってきたオルドバンがブレードを振りかざす。シールドで押しのけ、腕をこすり付けるようにして固定砲門で撃ち抜いた。

 突き込まれる集束刃を光爪で掴み取り、逆の爪をひと振りするだけで細断する。足留めは十分と取り囲んできた敵機をウエストカノンで迎撃しつつ一回転。口径の大きいビームは前列だけでなく後方の機体までも薙いで誘爆させた。


「さすがにやる。が、いつまでもつのか?」

 数十機が一度に撃墜されると敵も遠巻き。その間に共有回線に声が忍び入ってくる。

「時間は不要だ、ブエルド・ライナック。接近できればよいのだからな」

「接近したとて何ができる。我らはビームシェルターの下なのだぞ?」

「ブレイザーカノンなら撃ち抜けるだろう」

 計算済みだ。

「防御磁場内に入ってか? 我らがどこに居るかも知らんくせに大口を叩く」

「知る必要はない。撃ち抜くのは地下の大型対消滅炉だ」


 地上軍本部にはゼムナ屈指の大出力対消滅炉を有している。工廠を含めた全体のエネルギーを担うために。


「馬鹿を言う。防御磁場内に入って炉を破壊すれば爆発に巻き込まれ……。まさか貴様、諸とも死ぬとでも!?」

「ここの対消滅炉なら一族郎党全て巻き添えにできるのは計算のうち。対価として私の命ならば安いほうであろう?」

 集合している艦艇やアームドスキンも全て焼き尽くせる。

「おのれ! そこまで愚かかぁー!」

「痴れ者め! 貴様と心中など御免だ!」

「遅いのだよ。誰もが死を厭うと思っている時点でお前たちの負けだ。滅びよ、ライナック」

 同室していたらしいリロイの吠え声を嘲笑った。


 迎撃機を排除して防御磁場内に侵入し、躊躇いもなくブレイザーカノンのトリガーを引く。直径7mの光の奔流が本部基地の中央に突き刺さった。


「魔王ぉー!」

「そう。私は黒き爪持つ滅びの魔王ケイオスランデルなのだよ」


 地下から膨れ上がった爆炎はブエルドとリロイを飲み込む。そして漆黒の機体をも……。

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