第十七話
終焉の魔王(1)
『我々ゼムナ国民の怠慢がライナック集権体制の強化を促し社会にひずみを生み出してしまいました。それが政情不安と国際社会での孤立を助長しているのです。わたくしは自ら猛省するとともに国民の皆様に問いたい。ゼムナはこのままでいいのですか、と?』
名目上の大統領、エデルトルート・ヘルツフェルトが長い髪が乱れるのも構わず熱心に訴えかけているのをジェイルはヘルメットギアの奥から眺めている。
彼女を大統領にしているのはポレオン市民の簡易な投票でしかない。惑星ゼムナ全土へは未だ権力が及んでいない。
こうしてグローバルネットまで介して国際社会へもアピールしつつ、全土へと支持を求めるところから始めねばならないのだ。本格的な革命政権の樹立は緊張状態の終結後となるのは確実でも、不毛なデマの拡散を戒める意味を含め、首都の現状を正確に知らしめる必要がある。
「で? なんでわたしの演説をわたしに見せなきゃいけないのよー!」
流れていたのは録画パネルで、本人は
「面白えからに決まってんじゃねえか。何が悪ぃんだよ」
「恥ずかしいでしょー! 壇上では夢中だけども、素の時に見たいものじゃないのー!」
「訳わかんねえな」
リューンはニヤニヤと相手の顔を眺めている。口ではどう言おうと、分かってやっているのは間違いない。相手を興奮させて本音を引き出すのは彼のやり口なのだ。
「んで、手応えは?」
笑いの余韻を残したまま尋ねている。
「悪くないわ。地方に行けば一定確率で都落ちの経験者が含まれてる。彼らにしてみればライナックとの繋がりがなかっただけでチャンスを得られなかったって思いも強いんでしょうね。ソーシャルネットだと好評みたい」
「盛っとけ盛っとけ。そっちの発信力も馬鹿にできねえからな。動画関係のスタッフのギャラにも糸目をつけずに別嬪に仕上げてもらうんだぞ」
「なんか腹立つ。容姿だけで人気を獲得してるみたいに聞こえる」
エデルトルートは頬を膨らませる。意外と子供っぽいところがあるみたいだ。
「
「ん、そうだけど……」
(なるほど。こうやって
黙って成り行きを聞いているジェイルは納得した。
「とりあえずは順調って事だな?」
リューンは親指を立てて見せている。
「だと思うわ。近隣を始めとした諸国からも内々に応援する旨の通信も入っているの。今のところ公式には認めてもらえないみたいだけど」
「内々か。公にしてくれりゃ奴らに精神的ダメージを食らわしてやれるんだがよ」
「それは時期尚早だろう」
ジェイルの意見に相手の背筋がピンと伸びる。
「そうなのか?」
「ちょっと、リューン! 今の誰? 胡乱な響きがあったんだけど? どこに居るの?」
エデルトルートは完全に顔色を変え、挙動不審になっている。今の今まで個人的な通信だと思っていたのだろう。
「どこって
青年はパネルを操作してカメラを引きにする。
「ひぃ! 魔王!」
「初めてお目にかかる。 私がケイオスランデルだ」
「ぎゃっ!」
カメラ前から消え失せた。
(ずいぶんと怖れられたものですね)
少し面白くなってきている。
「ふざけてんの、この女。パパを見て逃げ出すとか信じらんないし」
「許してあげなさい。それに相応しい事をしてきたのだ」
「ぶー」
膨れるニーチェに「みー」とルーゴが続いた。
「猫の声?」
「あ、戻ってきたし」
「魔王の手下?」
娘は頬を引きつらせている。
「やっぱりポレオンごと滅ぼしてやったほうがよさそう」
「やめとけ、エデル。娘の
「紅の堕天使? この娘が?」
一応は戦局のほうにも注意を払っているらしい。
ルーゴが彼の膝に移ってきて頭をこすり付けてくる。慰めているつもりだろうか。頭を包み込むように撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしはじめる。
「あれ?」
おどおどと様子を窺っているが、多少は印象が変わった様子。
「大丈夫な人?」
「ああん? 大丈夫に決まってんじゃん。俺様が手を組んだ相手だぜ?」
「うう……、じゃあ、よろしくお願いします」
未だ腰は引けている。
「私はライナックに対する滅びの使者。与せぬ者にまで手を下すつもりはない。ましてや貴女には首都を纏めるという務めを全うしてもらわなければならん」
「わたし?」
「そうだっつってんだろ? 魔王に言われてお前みたいな役に立ちそうなのを探してたんだ。もうちっと、どっしりと構えてくれ。推挙した俺の顔を潰すなよ」
キョトンとした顔付きに変わった。
彼はリューンと図って、革命政権を意図した方向に先導する人物を探していたのだと説明する。その意図はエデルトルートの真意と乖離していないことを問い質す。落ち着いてきた彼女はしっかりと頷いた。
「今のところは齟齬はない。そのまま続けてもらおうか」
「ふふっ」
ルーゴがジェイルの指にじゃれ付いているのを見て表情がほころんでいる。
「えーと、諸国に公認を求めたりしない方針で良いんですか?」
「なんで魔王には敬語なんだよ! まあいい。そんな話だっけか?」
窺ってくるリューンに彼は頷き返した。
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