裏切りの報酬(12)

 街頭の広告パネルには号外として首都近郊の戦闘の様子が流れ、各メディアの記者が戦況をがなり立てている。そこに時折りいつもの広告を織り交ぜる事で人々の注目を集めようとしているのだ。

 市民はその内容に不安を煽りたてられる。頭を抱えて避難しなかった事を嘆く者も続出。彼らは押し潰される寸前である。


 そんな中で政庁前大広場に演壇が設えられつつある。後ろの大型車の中で身なりを整えた革命政府議員エデルトルート・ヘルツフェルトは不安にさいなまれた市民が救いを求めて集まるのを静かに待っていた。


(なんなのよ、あの男!)

 しかして、その胸中は複雑である。

(何が「俺の女になれ」よ。これってつまり「俺の・・思惑に沿って動く女になれ・・・・」じゃない!)

 エデルトルートはリューンの示唆通りの行動を取ろうとしているのだ。

(もう嫌! なにが嫌って、ちょっと期待してドキドキしちゃった自分が一番嫌! 協定者でワイルドで結構男前だからって、誰もが自分の思い通りになるとか思っている男なんて大嫌い!)

 内心が否定している。リューンのちょっと強引なところが彼女の好みなのだった。


 無理強いされた訳ではない。剣王はハシュムタット革命戦線結成の内幕に関して全て打ち明けてくれている。憤ったエデルトルートはすぐさまマスタフォフ首相に直談判を目論むが、それは彼に止められた。


(これからわたしが上手に立ち回る事でローベルトの野望を打ち砕けるのよね? リューンの望む状態のほうがゼムナの将来になると思ってしまったんだから頑張る。それが支持してくれた市民に働きで返すということ)

 頃合いを見計らった彼女は演壇へと登る。


「皆さん! わたくしはエデルトルート・ヘルツフェルト。元ゼムナ政府議会議員で、今は革命政府に属しています。どうか少々お時間をください」

 インカムのマイクを通して訴え掛けを始める。

「不安を抱いておられる事でしょう。このままではポレオンが戦場になってしまうのではないか? 命を落としてしまうのではないか? 大切な人が傷付いてしまうのではないか? 不安の種は尽きないかと思われます」

 悲痛な表情で語り掛ける。彼女の本心ゆえに伝わると信じて。

「どうしてこんな事になってしまったのでしょう。わたくしたちは国を憂い、名ばかりのライナックの専横を許さず、彼らを排除する目的で革命に身を投じました」

 一貫性は主張しておく。

「いみじくも革命への志は叶い、首都からライナックを遠ざける事に成功しました。本家の方々までもが首都を去る結果になったのは想定外です。しかし、わたくしは熟考する機会を得たのだと知りました」

 目を瞑って胸に手を当てる。


 集まった市民がそわそわとし始め、周りの者と小声で言い交わす様が見て取れる。自己の正当性を主張するに終始するであろうと思っていたエデルトルートが論調を変えたのに気付いたのだ。


「本当に傍流ライナック家だけが悪だったのでしょうか? それならば英雄の血筋を持つ方は逃げる必要など欠片も無かったのではありませんか? なぜ彼らは逃げ出したのでしょう」

 情報戦が講じられた内実には触れないで逆手に取る。

「やましい事実があったからなのではないかと考えました。蛮行を見過ごす見返りにライナックの支配体制を強化していたという事実を。本家の方も市民が苦しんでいると知っていながら黙認していたのです。これは罪ではありませんか? 彼らを支持していた我らへの裏切りではありませんか?」

 言葉に熱を込める。

「それが許せないと思いました。戦後は彼らに手を引いて導いてもらわなくてはいけなかったかもしれません。でも、今のゼムナ国民は自分の足で未来へと歩んでいけると信じています。そうではありませんか?」

 両手を差し出して回答を待つ。ぽつりぽつりと頷く顔が見えた。

「もうライナック体制は必要ないのです。旧体制に否と声を大にして訴え掛けましょう。惑星ゼムナは民主国家、市民誰もが幸せに暮らしていける場所にしようではありませんか。豊かなだけではいけないのです。わたくしは諸外国の嘲笑を浴びる現状を覆したいと考えました」

 柔らかく右手を差し出した。

「皆さんはどうお考えですか?」


 市民の顔付きが変わる。彼女を肯定する意見が大声で寄せられ、それに合わせて腕を振り上げる者が散見されるようになった。それは大きな波となって拍手へと変化していく。しばらくすると喝采がエデルトルートを押し包んでいた。


「ありがとうございます!」

 深々と腰を折る。

「ご支持をいただいた以上、わたくしはゼムナの未来の為に身を粉にして働く所存にございます。協定者、剣王リューン・バレルもゼムナ市民の自由を守るべく奮戦しているところです。彼の助力を得る約束もあります。どうかご協力をお願いいたします」

 協定者の協力も匂わせて正当性も訴えた。


 演壇を後にすると、支持者の熱から彼女を守るように屈強な男に取り囲まれる。それで大きな混乱は避けられ、再び車中の人となった。


「ありがとう、デイビットさん」

 同乗してきた警護責任者の男に礼を伝えておく。

「構わない。リューンに頼まれたからな」

 彼はデイビット・グランベスタというらしい。血の誓いブラッドバウの陸戦隊総監を務めている。そう紹介された。

「でも助かりました。後ろからも応援をもらえたから」


 やり切ったという思いが彼女を最高の笑顔にする。ふいにデイビットは視線を逸らして耳まで真っ赤にしていた。


(あら、可愛い)


 エデルトルートはそんな感想を抱いてしまった。

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