裏切りの報酬(11)

 時は少し遡る。


 宇宙で第二打撃艦隊と地獄エイグニル血の誓いブラッドバウ連合艦隊が衝突していた頃、地上でもポレオンから30kmの地点でリューンは接敵していた。本来はもう少し距離を取るつもりだったが、目的の為には市民やメディアの目が届く地点を選ばねばならない。


「あら、剣王。わたくしが魅力的だからって、ストーカーみたいに追いかけ回すのはやめてくださらない?」

 共有回線に流れてきたのは蠱惑的なジュスティーヌの声。

「まあ、そう言うなよ。俺が用があるのはお前の尻じゃなくって首なんだからよぉ」

「仕方のない男ねぇ。特別にキスマークをつけるのを許して差し上げるわ」

「おう、ありがとな。ゼビアルのブレードがお前の首にキスしたがってうるせえからな」


 遠目に報道のエアクラフターが静かに飛び回っているのが見える。軍用回線のこの会話は伝わっていない。しかし、次第に切迫していく空気は伝わっているだろう。


(やれやれだ。俺様の領分せんとうまで小芝居を持ち込まなきゃなんねえのは面白かぁねえ)

 ここから更に戦場を首都近くへと移していく段取り。

(勝つ気満々でも統治する気なんてさらさらねえんだから、魔王の言い分には納得できる。思惑通りに進めなきゃいけねえところだもんな)

 渋々ではあれど劣勢を演じるつもりだ。


 普通なら演じるまでもなく劣勢は否めない。地上は敵の領分。動員できる戦力は比べるべくもない。

 第三打撃艦隊への兵力投入が不可欠な状態でそちらに人間を取られた様子。それでもブラッドバウ・革命政府軍連合より勝る戦力が居並んでいた。


「ずいぶん控え目じゃないの」

 衝突後の剣王軍の動きを揶揄するジュスティーヌ。

「ばーか、こちとら一応は都市防衛戦をやってんだ。暴れまわりゃいいなんて思うほど俺が間抜けに見えるのかよ?」

「ええ、間抜けじゃない。でも、賢くもないかしら? そんなお荷物背負って戦おうなんて思うんだもの。さっさと見捨てて、いつも通りのあなたと戦いたいものね」

「うるせ。こんなんでも友軍だ、友軍」


 意気だけは盛んだが装備に劣る革命政府軍。明らかにそこが付け入る隙になっている。押し込まれそうになるところをブラッドバウの部隊がフォローに走り回っているのが現実である。

 結果として徐々に後退している形。それが意図せぬものならリューンにも焦りが生じよう。しかし、戦列の管理はされているのだった。


(もう少し下げか)

 ゼビアルにもドゥカルから戦況マップが提供されている。ベネルドメランの艦橋ブリッジと共有しているマップだ。

(じっくり眺めてる暇はねえがよう。読んでるのはエルシだから任せときゃいい)

 基本的にはいつも通りフィーナからのナビに従えばいい。近接戦闘がメインの彼には不相応な機能。

(たまに目ぇ走らせて崩れそうなとこに入る気だったが、綺麗に揃ってんじゃねえか。地道に育ててきた甲斐があるってもんじゃん)

 エルシの管理に従って戦列を下げていく。多少の時差が生じるのは意図を読ませないようにしているのだろう。


「楽しくないわね!」

 ビームが突き刺さった足元の地面が爆散する。ゼビアルを飛び退かせた。

「つれねえ事言うなよ。お前との逢瀬を楽しみにしてたのにな」

「言葉巧みに取り成そうとしているのが見えみえ。こんなのあなたじゃない。もっと闘志をみなぎらせて激しくして」

「我儘な女だぜ、まったく。俺様に負けて涙声で言い訳していた頃のほうが可愛げがあったぞ。そんなんだから行き遅れる」

 砲撃が激化してリューンは咄嗟に回避する。

「聞き捨てなりませんよ、剣王! 女性への暴言としては最低レベルです!」

「うわ、腰ぎんちゃくのほうが釣れたのかよ。てめぇも女帝エンプレスなんぞに付き合ってたら行き遅れんぞ?」


 ジュスティーヌのデュープランにケーブルで繋がっている機動砲架『レギューム』が舞い踊ってビームを浴びせかけてきた。操作しているのは複座に収まっているプリシラ・ライナック。調べると簡単に名前が出てきたので彼も記憶していた。


(さーて、ぼちぼちかな?)


 デュープランから目を逸らさず、もう一つの動きに思いを馳せる。


   ◇      ◇      ◇


「戦況、思わしくございません。どうなさいますか?」

 ジャネスの問い掛けに、口を一文字に引き結んだローベルトは一拍置いて答える。

「剣王軍も慣れない地上戦だ。いずれ本領を発揮してくれる事だろう。今は見守ろうではないか」

「はい、わたくしもそう思いますが、いかんせんメディアが口さがなく騒ぎ立て始めています。首相にはそちらの対応をお願いしたく存じます」

「なるほど、首都近郊での戦闘は刺激的だったようだな。機を見て動こう。そちらは任せたまえ」

 女性士官は頷いて引き下がる。


(ただの暴れ馬と思っていたが、なかなか器用に立ち回るではないか、剣王は。これなら目算通り事が進むだろう)

 内心には喜色が広がっている。

(程よいところで撤退してくれればいい。あとはブエルド閣下と申し合わせて、宗主リロイ様との会談の後にポレオン返還へと踏み切れる)

 もちろん打ち合わせの時に自分の功績を十分に説くつもりだ。


「こちらは首相のお計らいですか?」

 何かに気付いたらしいジャネスが、指を添えたパネルを彼の前に滑らせてくる。

「ん? これはヘルツフェルトではないか。彼女は何をしようとしているのだ?」

「街頭に演壇を設えておいでです。メディア対応をなされるおつもりなのでしょう。首相の意を酌んでくださったのでは?」

「ふむ……」


 ローベルトはそんな指示をしてはいない。彼女は独自に動いているらしかった。

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