裏切りの報酬(10)

 半包囲の穴を抜けて血の誓いブラッドバウのアームドスキン隊が逃げていこうとする。正確にいうと、回り込んでアキモフ隊をエイグニルと内外から挟撃殲滅しようとしているのだろう。


「だっ! 追撃!」

 アリョーナは反射的に吠える。

「やっ! 違う! 追撃するな!」


 真っ当にいけば背中を見せている敵を追撃するとかなりの損害を与えられる。しかし、今相手取っているのは魔王だ。彼がそんな命令をするだろうか? 

 単にブラッドバウが独断専行したのかもしれない。それでも彼女は躊躇うくらいの嫌な予感が背筋を這い上ってきていたのだ。


(くる! どこ? 上!)


 釣られているのはブノワ隊。タドリーが強引に命じたであろう部隊はブラッドバウの背中に追い縋ろうとしていた。

 天頂方向から大口径ビームが突き刺さる。大量の爆炎の花が咲き、ブノワ隊は行くか戻るか迷う気配を見せる。そんな完璧な隙を逃してはくれない。漆黒の大型アームドスキンはもう一射で完全に崩したのちに襲いかかった。


「ああっ!」

 つい悲鳴が漏れてしまう。


 ケイオスランデルが通過しただけで光輝の尾を引くように閃光が次々と膨らむ。三本の爪に光を纏わせた機体は縦横無尽に蹂躙を繰り返した。


「集中乱すな! 警戒!」


 ブノワ隊を半壊させた大型機が次なる目標を彼女のスピサレタ隊に定める。再び咆哮した直径7mもの大口径砲がアームドスキンの列を薙ぎ払った。

 それでもアリョーナの薫陶を受けたアームドスキン隊は善戦する。機敏に躱し、数機の被害だけに免れると転進するケイオスランデルを追おうとした。


「待ちなさい! それも罠!」


 既にアキモフ隊も半壊状態。連合部隊は次なる獲物を求めてケイオスランデルと合流しようとしていた。


(完全に崩された。機能するのはマフダレーナんとこのシャウテン隊とうちだけ。数的にも決して優位とは言えない状態じゃない)

 数ではまだ勝っていようとも、戦意を挫かれてしまった部隊は立て直しに時間が掛かってしまう。


「ブノワ副司令に繋いで。一時撤退を打診するわ」

「司令官閣下より通信! シャウテン隊を先頭に前進せよ、です!」

「はぁ?」


 アリョーナは我が耳を疑った。


   ◇      ◇      ◇


「く……ぬうぅ」

 司令官タドリー・ライナックは烈火のごとく怒って顔を真っ赤にしている。


(仕掛けたつもりが逆手に取られた。半数近い敵に翻弄されたとあっては矜持はずたずただろうな)

 僅か四分の一の敵に敗戦の苦汁を舐めさせられた経験を持つイポリートにしてみれば「またか」という思いばかりが先行している。

(これが用兵家として実力差というものか。私が魔王に勝てる事は永遠にないかもしれない。が、この方には耐えられまい)

 だが、言わねばならない。


「閣下、撤退のご判断を」

「ならん! ならんぞぉ! 栄えあるゼムナ軍に撤退の二文字など不要! 前進せよ!」

 タドリーは何度も腕を振り下ろす。

「無理にございます」

「そうだ! マフダレーナめは守りに強いんだったな! 奴らを前面に押し立て、アリョーナの部隊に後ろに付かせろ! ブノワ隊とアキモフ隊は再編しつつ続け!」

「はっ!」

 上位者の命令に通信士はその通りを伝え始める。


(このままでは全滅する。私が決断せねばならんのだな)

 一つの決意を胸にイポリートは口を開いた。


「命令を変更する。撤退せよ」

 彼は厳かに告げた。

「イポリート! 貴様、逆らうか!」

「これ以上、配下を見殺しにはできません」

「なにをー!」

 足音高くやってきたタドリーが彼の胸倉を掴む。

「軍規違反で独房に叩き込んで……!」

「繰り返す。撤退せよ」


 司令官の胸にはハンドレーザーが突き付けられている。それを握っているのは当然イポリートだ。


「裏切るのか!」

「私は閣下の御命を黙認し、配下を裏切って見殺しにしました。これ以上裏切りを繰り返すのであれば、こちらのほうが幾分かマシだと思っております」

「イポリートぉ!」


 トリガーを引いて銃口の先の相手を黙らせる。急所を一撃で焼かれたタドリーは白目を剥くと仰向けに倒れ伏した。


「し、司令官閣下! アームドスキン全隊に撤退を指示しました! 次のご指示を!」

「お前たち……」

 艦橋ブリッジクルーが決然とした瞳で彼を見つめてくる。


 撤退援護の為にスピサレタ以下の艦隊は移動している。ブノワ艦隊だけが全体を見通せる位置に留まっていた。

 追撃するかと見えた敵アームドスキン隊は前進をやめて退く構えだ。ただ、一部の機体が分かれてブノワ艦隊の前にやってくる。


「抵抗せんのか?」

 変調された声が漆黒のアームドスキンから聞こえてくる。

「抵抗する権利など無い。私は裏切りの代償を払わねばならん」

「ふむ」

 相手の位置からは血だまりに沈むタドリーの姿が見えるだろう。

「覚悟のうえならば死を賜ろう」


 ケイオスランデルが腕を掲げる。終わりの時がやってきた。


「すまぬ。私が愚かなゆえに諸君の命まで奪ってしまう。許せ」

「言わないでください!」

 立ち上がった操舵士が振り返って告げる。

「名誉を捨ててまで配下の命をお守りくださった閣下の死出の旅路のお供を命じられる栄誉をいただきたく存じます!」

「そうか……」

「総員、閣下に敬礼!」


(これが裏切りの報酬なのか。私は部下に恵まれた。なんの悔いもない)

 万感の思いを込めてイポリートは返礼をする。


 ブノワ艦隊旗艦の艦橋は閃光の中に消えていった。

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