裏切りの報酬(9)
頑強な抵抗を見せるシャウテン隊を横目に、ニーチェはルージベルニを右へと転進させる。球面モニターの左下に透過状態で表示されているマップの攻撃目標に従っていた。
「アキモフ隊を狙えってー!」
「ほら、わたしの予想通りでしょ?」
「そんなん、誰だって分かってたんじゃないか?」
余計なひと言を発したのはマシュー。
「うっさい、ゴミクズ! 魔王様と心を通わせているから分かったの!」
「そうかぁ? このマップで十分意思は通うと思うけどな」
「おしゃべりしてたら、あたしが全部いただいちゃうし」
更にこじれそうな台詞を放つ彼を黙らせるように言う。
ケイオスランデルは下がったままだ。今は直掩部隊と後方にいる。
遮蔽物の無い宙戦では細かな作戦策定はできない。なので、今回の作戦用にインストールされたマップで攻撃目標を随時命じられる事になっている。全体を俯瞰で把握する為にジェイルは後方で待機。必要に応じて進撃してくると言っていた。
(ターゲット指示がイエローって事は通常交戦。深入りせず、目標変更に対応できる状態を維持しろって命令。パパはまだ様子見だから突っ込んじゃダメ)
ニーチェは可能なかぎり自制する。父の作戦の足手纏いには絶対になりたくない。
機体を横向きに寝かせるように飛行させると、ビームカノンを向けてくるゼムナ軍機の群れに連射を浴びせかける。ジェットシールドが消耗していた敵機は直撃を受けて漂ったり、四肢を失ったりして戦闘能力を奪われる。そこへヴァイオラたちが襲いかかった。
「分かってる? 無駄に突っ込んでいったりしたら今日ばかりは置いていくからね!」
そうは言っても彼女はマシューをフォローするだろう。
「しないしない。ニーチェがいい感じに崩してくれるんなら、美味しいところだけもらっちゃえばいいんじゃん」
「そんな事言いつつ、興奮したら周りが見えなくなるのがゴミの行動なんだから」
「大丈夫だって。ルージベルニの赤を視界に入れて追っかけていくのにも慣れてきたから」
気楽に構えている。
「あー、もう最低。女のお尻を追いかけるのばかり上手になるとか」
「ばかやろー! 言い方を選べよー!」
半泣きの
(何か違和感。敵の層は厚いのに圧が弱い。流してる感じ)
そんな風に感じてしまう。
(それに相対速度がおかしい? こいつらも横に流れてる?)
広がるように展開しているように思えてくる。
それなのに敵が薄くならないのがニーチェは不思議でならなかった。
◇ ◇ ◇
(予想通りに進んでる。気付いた頃には終わっているからみてなさい)
アリョーナは逸る心を押さえて戦況パネルを見つめる。
ニーチェの感じる違和感は勘違いではない。
そのままなら中央のシャウテン隊とに間隙ができてしまうのだが、彼らも合わせて左舷にスライドしているしアリョーナのスピサレタ隊も追随している。友軍の描く半円が左舷に向けて回転しているのだ。
その場に留まっているのは副司令イポリートのブノワ隊だけ。彼らがスピサレタ隊の更に右に付けば、ブラッドバウ・エイグニル連合軍の半包囲が完成して圧迫が始まる。
(付け入る隙はそこだけじゃないわよ?)
アリョーナには隙が見えている。
想定外だったが、この二つの組織の連合部隊を相手する事になった。つまりは相手にとっても
現実に、後ろを固めるように進撃してきたブラッドバウ隊はエイグニルのアームドスキンの動きについていけていない。不慣れが生み出した遅れが二つの部隊を分割しようとしていた。
「そこよ! ブラッドバウを分断なさい!」
アリョーナは鋭く指示。
「うちとブノワ隊で押し潰すのよ」
足留めされた部隊は後背に敵を抱えないよう右翼の包囲陣と対峙するしかない。結果的に背中合わせになった形のブラッドバウとエイグニルのアームドスキン隊が圧迫されていくと混在するようになる。連携に不慣れな両隊は
(あとは完全包囲に持ち込んで殲滅戦に移行するだけ)
彼女の中で計算が成り立った。
(簡単なおしご……と?)
突如として逆進を始めたブラッドバウ隊にアリョーナは呆然とした。
◇ ◇ ◇
「いいか。熱くなるなよ。いつもとは勝手が違うからな」
自分にも言い聞かせるよう、口を酸っぱくして指示を重ねるオリバー。
いつもならリューンに合わせていればいずれ突破口が見えてくる。その隙を見落とさずに一気に畳み掛けるのが彼らの戦法。
だが、今回ばかりは司令官が用兵家だ。普段通りのつもりでいると機を逃して乱れの原因になりかねない。珍しく戦闘以外に神経を張り詰めているのだった。
「こらえろ。そのまま」
分断されつつある。
「来たぞ! え、逆進? ぜ、全機逆進しろ!」
オンラインでインストールされた指揮マップが彼のパシュランのモニター内にも配されている。そこには逆進を示すナビカーソルの他に次を示すターゲットが点滅していた。
「目標! アキモフ隊!」
オリバーへの指示は半包囲の輪の外へと大回りせよというものだった。
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