裏切りの報酬(13)

 リューンの目からも首都ポレオンの全体が見渡せる距離になっている。既に10kmを割っている事だろう。稀に流れたビームが防御磁場と干渉して発光している。


(限界が近ぇな。まだかよ、エデル)

 焦りはないが段取りの狂いが今後に影響するのは面白くない。


「もう後がないんじゃない、剣王。そろそろ軍を退けば? それとも降伏する?」

 ジュスティーヌの口撃も鋭さを増してきている。

「なんだよ、もう飽きたのか? もうちょっと可愛がってやるぜ」

「いつまでそんな減らず口が叩けるかしら? 捕縛できたとしたら、可愛がる立場になるのはわたくしのほうよ」

「そいつは遠慮してえもんだ。お前って加減を知らなさそうじゃん」


 数分の攻防の後にナビカーソルが前進に切り替わって点滅を始める。反転攻勢の合図だ。彼はそれを待っていた。


(首尾は上々ってか!)

 失敗していれば合図が違うものになっているだろう。


「ゆっくりと憶えていくわ。剣王って丈夫そうだもの」

「残念ながらそんな心配は要らなくなっちまったぜ」

 リューンはペダルを踏み込む。

「なに? 急に元気を取り戻して!」

「準備ができあがったのさ。ここからが本番だぜ」

「姉上、何か不測の事態が起こったようです。軍本部から攻勢を強めるような合図が来ております」

 状況は敵軍にも伝わったようだ。

「いったい何なの!?」

「そこまではわたしにも」

「簡単なこったろ? ブエルドの目算が狂ったのさ!」


 死角に滑り込もうとする機動砲架レギュームに肘のバルカンを浴びせる。閉塞磁場で防いだ砲架が狙いを定めようとするが、その頃にはゼビアルはデュープランの懐に入り込んでいた。その位置から発射すればブラインドショットになってしまうので砲撃はこない。

 叩きつけてくるビームブレードを力場刃で弾き返す。その隙に左の小剣を脇から突き入れようとするが既に回避姿勢に入っていた。戦気眼せんきがん持ち同士の戦闘はどうしても決め手に欠けて長引きがち。


「おじ様の? どういう意味」

 女帝エンプレスには迷いが生じている。

「普通に勝っても後始末が面倒な状態になった。いっその事、首都の一部を焼いてでも恐怖を植え付けるしかねえと思ったんだろうな」

「そんな無茶を!」

「おっと、そんな大胆な決断を下すとしたらリロイの爺のほうか。陰謀好きのブエルドならもっと回りくどいを使うだろうな」


 瞬時に機体を回転させて大剣で薙ぐ。大きく跳ねさがったデュープランがビームカノンで牽制を入れる。フォトンブレードで斬断するも、追い縋る機を潰されたリューンをレギュームのビームが追い立てる。一度間合いを外さざるを得ない。


「あなたがブエルドおじ様の秘策を看破できる訳ない。誰かが漏らしでもした?」

「俺には無理さ。でもな、簡単に看破する強い味方がいるんだよ」

 ジュスティーヌは「誰よ!」と訊いてくるが、息を飲む音も聞き取れた。

「まさか、魔王……」

「そっちの娘のほうが頭が切れるようだな。あいつほどじゃねえがよ」

「ケイオスランデル! また、あいつなの!」

 煮え湯を飲まされたばかりの相手だ。女帝は憤激している。

「あっちでもこっちでもわたくしの楽しみを邪魔するなんて! 何か恨みでもあるわけ?」

「ねえって、そんなもんは。もっと計算高い奴だ。お前なんて丸裸にされてんぞ」

「うくっ、下劣な」


 ビームを斬り裂きながら周囲に目を走らせる。僚機の進撃が確認できるところを見ればリューンだけが突出している危険は無さそうだ。フィーナからの合図もない。


(んじゃ、勝負つけっか)

 彼は不敵に笑う。


 カノンインターバルの隙間にゼビアルを滑り込ませる。縫うように踏み込んで再びデュープランをブレードの間合いに捉えた。

 突き出された砲口を小剣の目にも留まらぬ斬撃で刎ね飛ばす。続く大剣の突きは頭部を浅く削るだけに終わる。が、その一撃はジュスティーヌを怯ませるには十分だった。


「んうっ!」

 意外に可愛らしい悲鳴が聞こえる。

「どうしてこんなに簡単に踏み込まれてしまうの。わたくしが鈍っているとでも?」

「いいや、そんな事ぁねえだろうな。もっと簡単な話さ」

「なんなのよ!」

 本人は気付かないらしい。

「わかんねえのか? 大きな間違いを犯してんじゃん。そんな機体に乘ってるお前なんか一つも怖くねえっての」

「デュープランに欠点が?」

「アームドスキンの欠点じゃねえよ」


 迷いと怖れが回避を遅らせている。リューンは思うがままに斬線を刻み付けた。


「避けれねえだろ。だってその機体、機動砲架レギュームとケーブルで繋がってんだもんな。ケーブルの長さにゃ相応に余裕があるだろうさ。だがよ、余裕があると思ってても四基の真ん中辺りに機体を置かなきゃって意識が働く」

 核心を突く。

「レギュームの動きを邪魔したくねえんだろうが、俺から見りゃ、そこにケーブルではりつけにされたお前がいるようなもんだ。動きの鈍い的なんて狙い放題だろ?」

「……私が姉上の足を引っ張ってしまっているのですね?」

「違うわ、プリシー! わたくしがデュープランを上手に扱えていないだけ。それが剣王の狙い目になっていたんだわ」

 彼の指摘に反論の余地を見出せなかったらしい。


 レギュームを制御するうえで複座はパイロットの負担を減らす為に効率が良いかもしれない。しかし、トップエース級同士のぎりぎりの戦いでは二つの意思が存在するのは最大の欠点たりえてしまうのだ。


「今日は負け。退くわ」

「姉上」

「巻き込んであなたと心中なんてわたくしには耐えられないの。分かって……。じゃあね、剣王」

 女帝は潔く反転する。

「また遊びに来い。いつでも相手してやる」

「ええ、必ず」


 要を失ったゼムナ軍の崩壊は早かった。ブラッドバウ部隊の攻勢に堪えきれずに撃破される機体が増え始めると戦列が緩んでいく。少しの間をおいて撤退信号が出たようだ。


 こうして首都攻防戦は革命政府側の勝利に終わった。

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