ポレオンの悲憤(3)

 衛星都市ハシュムタット近郊は一種異様な雰囲気に包まれつつあった。平野の広がる周囲には続々と中小反政府組織の機材が待ち込まれ並んでいる。その一部は街区にも入り込んでいた。


 大都市に分類されるハシュムタットであれど街区の外縁は戸建て住宅が主流。ところどころに設けられた公園や緑地帯に20m超えの金属の巨人が屹立していれば物騒な空気に染まる。

 現状を知らされている市民も戦々恐々といった目で遠巻きに眺めるしかできない。常に中途半端な緊張感に包まれた状態だった。


 高層建築が建ち並ぶ中央部の政庁街。市民に対する広報はそこから発されているが、この日は異なる相手に対して広報が行われていた。


「集いし同志たちよ!」

 ローベルト・マスタフォフは拳を固めた右腕を振り上げて訴える。

「ついにこの時がやってきた!」

「おおー!」

 演壇を囲む反政府組織メンバーが唱和する。

「驕慢なる者どもに正義の鉄槌を下す時である! 畏れ多くも英雄の御名を騙り、私欲の限りを尽くす者を許してはならない!」

「そうだそうだー!」

「我らは悪しき現状を正す戦士! 未来の為にその身を顧みず戦う者だ! 例え命失われようと後世にその名を讃えられるであろう!」

 過激な内容なのに、熱狂が人々を捕らえて異常さに気付かせない。


 演出からして誘導を意図している。

 ローベルトはゼムナ政府議会議員。これまでは基本的にスーツで人前に出てきていたが、今日は小奇麗な物ながらも戦闘服で身を固めている。ともに戦うという意思を示しているかのようだ。


 実際に彼が前線に出向く事はない。後方から大まかな指示を出すだけである。それでもこうして皆を先導するポーズを取って見せれば弁論だけで人を酔わせるのは難しくない。彼は政治家という弁舌の専門家なのだ。


「ゼムナは解放されし人類の希望の地である!」

「そうだー!」

「諸国にうとまれるような国であってはならない!」

「そうだー!」

「我らこそが真に国を憂う者なのだ!」

「そうだ―!」

「ゼムナが人類圏の正義と秩序の中心たる姿を取り戻す為に命を賭して戦え!」

「おおー!」


 薄汚れた戦闘服を纏ったメンバーたちが互いに手にした武器を打ち鳴らす。中にはレーザーライフルを上空へ向けて撃ち放つ者も出ていた。


(これで彼らは士気も高く、その身を戦いに投じられるだろう)

 ローベルトは自分の役割が全うできたのを確認している。ここからは現実的な作戦説明になるので、軍人である彼女、ジャネス・コパル三杖宙士に演壇を譲った。


「事前の通達通り、本作戦の目標はライナック傍流家の確保、もしくは殺害である」

 彼女は淡々と説明を始める。

「各組織の長、或いは指揮官の携帯端末にターゲットの位置情報が通知される。それに従い速やかに作戦を実行に移すように」

 ジャネスは見回して確認していた。

「内容が示すように本作戦は傍流家の排除が目標。市民への兵器の使用は禁じるものとする。ただし、抵抗は十分に予想される。抵抗戦力の排除は禁止事項から除外されると思ってくれていい」

 要は各個の判断に任される。

「以上だ。何か質問や意見があれば各々の指揮官を通じて意見書として提出するように」

 そう告げてから一拍置く。

「では、出撃準備!」


 軍のように整然と解散はしない。それぞれが頭を寄せて相談を始めたり、シュプレヒコールを上げたり、ただ談笑を始めているように見えたりと様々。それはローベルトの不安を誘う。


「大丈夫かね、ジャネス君」

「所詮は烏合の衆。この辺りが限界とお考えください」

 諦めているらしい。

「わたくしとしては十分な訓練を施してから行動に移したいことろなのですが、おそらくは反発を招くだけと考えております。なので、個々への目標設定という単純な作戦しか命じる事ができません。どうかご容赦を」

「専門家としての君の意見を信じている。この後の差配は任せよう」

「はっ!」


 女性士官の綺麗な敬礼にローベルトは鷹揚に頷いた。


   ◇      ◇      ◇


 さらされた素肌は少し汗ばんでいる。その背中をジェイルの指が這うと快感の波が襲ってきた。ニーチェは思わず吐息を漏らしてしまう。


「もっと強くしても大丈夫だし」

「こうかい?」

「ん、気持ちいい」

 熱い息がこぼれていく。

「僕で良かったのかな?」

「パパの他には考えられなかったんだもん」

「こんな状況でなければ良かったんだろうけどね」


(こんな状況だから利用したんだし)

 欲求もあるが、女の計算も働いている。

(背中を拭いてもらう機会なんて他にないから!)

 ニーチェはスキンスーツをはだけて、ジェイルに背中を拭いてもらっていたのだ。


 降下後に僅かに散布したターナミストでレーダーを攪乱したケイオスランデルとルージベルニは、ポレオンから120km離れたデオラ渓谷に潜んでいる。

 シャワーも浴びれず潜伏が三日目ともなると限界がきて清拭ナプキンで身体を拭う。が、背中は無理なので誘惑がてらジェイルに頼むと快く承諾されてがっかりした。少しくらい意識してほしかったのだ。


「もうじき動きそうだね」

「あっ、じゃあ急がないと」

 衛星画像を監視しながらの指の動きにニーチェはぴくりと反応する。

「いや、急がなくていいよ。多少は混乱してからでないとレーダー狙撃を受けてしまう。ターナ霧は使用されないはず」

「都市戦だもんね。本当に自由にしていいの?」

「構わないよ。君が問題あると思った時は動けばいい。僕もそうするから」

 彼女は肩越しに頷く。


 スキンスーツを羽織り直してスライダーを上げたニーチェはルージベルニへと移動した。

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