ポレオンの悲憤(4)

(間に合わなかったか)

 その一語に尽きる。


 ポレオンでの事業を一旦打ち切り、最低限の資材を従業員と搬出する算段をつけたアドラー・マストラタは自宅への道を急いでいる。長男ベイリーに監督させて従業員は一緒に脱出させたので、今頃は避難先のバーシーへ向かうハイウェイの上。残った家族とともにクラフターのあるポートへと移動する手筈が、車内で襲撃警報を耳にする羽目に陥ってしまった。


(しまったな。せめてミネアとイヴォンはポートへ行かせておくべきだったか)

 そうは思うが、ハシュムタット革命戦線の行動開始タイミングまで彼には把握できない。

(クラフターでなら生活できない事もなかった。見込みが甘かった)

 後悔しても遅い。とにかく怯えているだろう二人の元へと急ぐのが先決だ。


 アドラーが自宅に辿り着いた頃には遠く爆発音が鳴り響いていた。しかし、政庁街に近い中心街の自宅にはまだ被害は及んでいない。

 彼が門扉に近付くとすぐに認証されてロックの外れる音がする。周囲に目を走らせつつ入ると施錠し直した。アームドスキンなどの兵器に対しては気休め程度にしかならないが。


「良かった、父さま」

 ドアが内から開かれて招き入れられる。娘が出迎えてくれた。

「無事か?」

「うん、大丈夫。それよりお願いがあるの」

「なんだい?」

 イヴォンが思ったより落ち着いていて驚かされる。

「イザドラのところは自家用のクラフターがあるから脱出できるって言ってるけど、ヘレナのところは無いから困ってる。一緒に乗せてもらってもいい?」

「構わない。急いでもらいたまえ」

「ううん、もう向かってもらってるから大丈夫。私たちも父さまを待っていただけ」

 事後承諾だった。


 見れば妻のミネアのほうが気丈に振る舞う娘の肩に縋っている。素早く判断して行動するイヴォンを無意識に頼っているようだった。


「怖くはないかね?」

 無理をしているのではないかと思う。

「怖い……、怖いよ。でも、ニーチェの友情は無駄にしたくない。絶対に逃げ出してみせるから」

「そうだな。もう心配ない」

 アドラーの言葉で娘の瞳が揺れる。

「でも、ちょっと心細かった」

「待たせた。さあ、急ごう」


 イヴォンの肩を抱いて促す。ボーイッシュな面の目立つ娘も緊張からか少し体温が低く、微かに震えが伝わってきた。アドラーは守らねばならない者の存在にモチベーションが上がっていくのを感じる。


「ポレオンが……、燃えてる……」

 ドアをくぐった娘もさすがに絶句する。

「一昔前ならゼムナの首都が襲われる状況など想像だにできなかった。繁栄に目がくらんでいたんだろうな。その奥に潜む危険に気付けなかったのは大人の責任だ。すまない」

「父さまが謝るような事じゃない。みんなの責任。たぶん、これが代償なんだね」

「誠実に生きてきた人間が払うべきではない。お前は気にしなくていいんだよ」


(それでも災禍は平等に降りかかってくるのが現実だと知っているだろうがな)

 娘の成長が嬉しいような悲しいような。


 曇り空の下、外縁部で炎が上がっているのか赤く照り返しているのが感じられる。彼方に空を舞うアームドスキンの姿も見られる。そうしているとまた爆発音が響いた。

 車に妻と娘が乗り込んだのを確認すると、ナビゲート画面に行き先のポートを入力する。緊急事態信号を受信しているナビシステムは、規定速度のリミッターを外す操作を容易に受け入れてくれた。


「とばすぞ。どこかに掴まっていなさい」

「うん」


 マストラタの家族は危険の渦巻くポートへの道を急いだ。


   ◇      ◇      ◇


 ティボー・カネハの率いるコリージョ決死隊は八機のアームドスキンを保有している。全てが戦闘用なのは自慢だが、地方の中堅メーカー製に過ぎない。本来は予算に乏しい地方自治体が警察などの治安維持部隊や、民間軍事組織、警備会社などが導入するような類の機体である。


「やめたまえ! どうしてもやめないというのなら撃つ!」

 ティボーはアームドスキンの腕を向ける。手首には対人レーザーを装備している。

「何抜かしてやがんだ! 見て分からないのかよ、味方だ味方!」

「僕は君たちを味方だなんて思わない! 我々はライナック排除の為に首都に侵入した! 決して女性をさらって乱暴する為などではない! それでは愚連隊ではないか!」

「綺麗事言ってんじゃねぇ! ここの奴らは俺らが汗水たらして苦労して稼いだ金を搾取して贅沢してたんだろうが! ツケを払ってもらってんだよ、ツケを! 身体でな!」


 ハシュムタットに集合した時点で不安を感じさせる組織も多々あった。見るからに暴力組織やドロップアウト組の集団じみた、ごろつきと大差ない輩が多数含まれていたのである。彼の不安はいざと言う時になって現実となって降りかかってきた。


「そんな理屈はない! 我々は革命の士なのだぞ!」

 女性の悲鳴が響くのを耳にしながら最後の勧告をする。

「本当に撃つからな!」

「そんな事したら、あんたの大事な革命とやらに傷が付くぞ。ただの暴発だってな」

「ぐ……」


 汚点となるのは事実だろう。だからと言って見過ごす道理はティボーの中には無かった。

 僅かな逡巡の後に彼はトリガーボタンを押し込む。一瞬の間が開いて赤い水溜りが広がっていく。女性の悲鳴が意味の異なるものに変わった。恐怖の対象が自分になったのだ。歯をくいしばって耐える。


「そこの一団! 武装を放棄して指示に従え! こちらはポレオン第三市警機動三課だ!」

「今度は警察か。やはり簡単じゃない」


 集まった反政府組織の戦力の多さに、楽観論が噴出した過去など吹き飛ぶ現実がティボーを襲った。

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