ポレオンの悲憤(2)

「堅ってえな、くそ!」

 リューン・バレルは愚痴る。

「これでも崩れねえのかよ」

「正面はシャウテン艦隊だもん。守りには定評あるでしょ?」

「こんだけ攻めてんだぜ?」


 応じたのはネイツェ・カストレ。走り屋崩れの彼女も今や血の誓いブラッドバウの一線級パイロットである。持ち前の慎重さで敵の分析にも力を入れているので、彼女の言う事は間違いないだろう。


「第二は集団戦闘特化の打撃艦隊。戦闘巧者が揃ってるんだから」

 そう簡単に崩れる筈がないという。

「でもよ、魔王の野郎はこいつらをカモにしたじゃねえか」

「あれは戦場を選んだってのもあるし、相性ってのもあるじゃん。リューンは戦術とかひねくり回すの苦手だから、裏を搔いたりできないんだもん」

「へいへい、馬鹿にゃ荷が重いっつんだろ」

 臍を曲げる。

「いじけないでよ、総帥閣下。それに魔王だってあの時、新型の大型アームドスキンっていう切り札を最終的に使う算段があったから勝てたんじゃない」


 ネイツェはこまめに戦闘記録を漁っているらしい。それが厳しい戦場に身を置き続ける彼女の生存戦略のようだ。


「同じ手は二度と通用しないと思う。彼くらい次々と違う戦術を繰り出す頭脳が無いと戦い続けられない」

 ネイツェにも荷が重いという。

ブラッドバウうちは頭の切れる参謀役が育たねえからよ」

「きっと今後も無理」

「そのうち拾いもんをするかもしれねえじゃん」

 彼女は「無い無い」と否定する。

「いくら頑張って作戦ひねり出したって、それを蹴散らすくらいの暴れん坊が頭に座ってるんだもん。馬鹿らしくって辞めちゃうって」

「結局俺の所為かよ!」

「きゃははは」

 会話中も攻め続けているが崩れる気配もない。


 彼ら血の誓いブラッドバウが第二打撃艦隊に陽動戦を仕掛けている間に地獄エイグニルは体よく宙軍基地を機能停止に追い込んだ。駐留していた第三打撃艦隊は基地の兵員を救出した後、本星の静止軌道まで降下して移送すると同時に修理と立て直しに忙しい。

 大ダメージを受けて公転軌道を離れた宙軍基地は事実上放棄されて彼方へと飛び去りつつある。回収に向かわない限り、恒星フェシュの重力に捕まって落下してしまうだろう。


(前回は陽動だと思ってちょっと引き気味に攻めちまったからな。こいつら、嘗めやがったか?)

 消耗を抑えたいと考えたのが間違いだったようで、リューンは渋い顔をする。


 第三の戦線復帰には時間を要するとの計算からか、第二はかなり前掛かりにブラッドバウの鼻先を脅かしてきた。今、第三の背後へと進出されたくなかったと考えての任務だと思われる。

 そんな真似をされれば黙っていられないのがリューンの性分。戦力を繰り出したはいいものの、攻め口を欠いて苦戦している最中だ。


(こういう連中は冷静にさせちまうと面倒で仕方ねえ。そろそろ頼むぜ、魔王)

 ケイオスランデルは帰還からの補給で出遅れている。


「ああ? 左翼だぁ?」

 色違いのナビカーソルで注意喚起される。フィーナの仕事だ。

「アキモフ艦隊ね。勢い任せに押してくるから対処に困ったのかも? オリバーったら変に生真面目なとこあるから」

「おい、元リーダーなんだし敬ってやれよ」

「いくら責任ある立場になったからって、まだ新婚のパートナーを放っぽっておく男なんて知ーらないっと」

 オリバーの妻はネイツェの親友。相談でもされたか。

「馬鹿な奴だぜ。女を敵に回したら勝てねえっての」

「はぁ? リューンだってフィーナのフォローなかったら今頃……」

「マジか!?」


 思ったよりかなり際どい状態だったらしい。知らぬは本人ばかりなりという有様。背筋が凍る思いだった。


「しゃーねえ。ちっと左翼の立て直しに行ってくんぞ」

 口撃に対する戦術的撤退を決定する。

「どうぞご自由に。こっちは大丈夫そうだもん」

「なんでだ? ん? あれか」


 右翼方面の彼方にイオンジェットの光が瞬いて見える。そうかと思えば薄紫のビーム光が宇宙を貫いて走った。この距離で明確に見えるという事は、かなりの大口径砲。おそらくケイオスランデルだろう。


「やっと来やがったか。遅えぞ、魔王」

 リューンは苦笑い。

「あー、もう崩れちゃうね」

「どれだけ第二の連中に恐怖を刷り込んでやがんだよ」


 オリバーのいる左翼までもが押し戻しに掛かっている。第二艦隊全体が下がり気味に動く。イポリート・ブノワが繰り上がりで艦隊司令を兼任しているらしいが、彼も魔王に苦汁を飲まされたくち。数的優位性が失われた以上の過剰反応をしていると感じる。


(あいつに限っちゃ、そこまで計算してやってる可能性があるから怖ろしいぜ)

 心底味方で良かったと思う。


「これは退いちゃう。第二にしても牽制に過ぎないもんね」

 ネイツェの言う通り、撤退する構えだ。

「今回も小競り合い程度で終わっちまうか。ここんとこ上手く削れてねえなぁ」

「慎重にもなるって。宙軍基地が無くなったから補給も補充も手間が掛かるでしょ」

「まあな。っと来たか」


 漆黒の巨体が見た目より遥かに俊敏に接近してくる。目を刺すような鮮やかな赤いルージベルニも随伴していた。銀色のボディにオレンジラインが入っているネイツェのパシュランが手を振ればニーチェも振り返している。


「悪ぃな。来ただけで終わっちまった」

「構わん。想定内だ」

 変調されて妙な響きを含む音声は平坦なまま。

「艦隊は戻すが、私と娘はこのまま降りる」

「なんでだ?」

「地上がそろそろ動くようだ。監視せねばならん」

 彼は「おお!」手を打つ。

「例の件か」

「策は講じたが、余波の大きさが危ぶまれるのだ」

「頼むわ。艦隊のほうは任せとけ」

 無用な混乱回避は剣王の意が酌まれている。


 ポレオンに出向く魔王とその娘をリューンは見送った。

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