邂逅の戦場(2)
「どこ行くの? あたしも行くし」
器を空にしたニーチェが父親の姿を見て立ち上がる。
「っと、その前におかわりもらってくるから待ってて」
「あ、私も……」
駆け出すニーチェとナジーに、美女までもが吸い寄せられるようについていった。
微妙な空気が流れる。稀有な事にケイオスランデルまでもが呆気に取られている様子だった。ミグフィにも掛ける言葉がない。
「彼女は?」
「エルシの奴な、フルーツに目がねえんだよ」
「そういうこと。わたしも買ってくるからそのままね」
剣王のパートナーらしき女性まで行ってしまった。
「ゼムナの遺志でも食べ物に嗜好があるとはな」
「食べる機能には付きもんだって言い訳してたぜ」
「は? あの方が?」
驚きに声が漏れてしまう。
「実はな。悪ぃな、騒がせて」
「とんでもないです」
協定者の青年はあっけらかんと笑う。
(こんなに気さくな方だったんだ)
ミグフィは彼の中に大器を感じていた。
握手を求めるマシューに快く応じ、無遠慮に眺めまわすヴァイオラをからかっている。普段は優しくて、怒らせると怖いタイプなのかと思えた。
「時間はある。英気を養っておきたまえ」
纏わりつくヴァイオラをあしらいながら魔王が彼女を見る。
「はい、ありがとうございます」
「両親も待っているだろう」
身近になればなるほどに柔らかさを覚える。
(わたしって未熟だ。いつも噂に振り回されてる)
戻ってきたナジーがフォークに刺した果実を剣王に差し出している。物怖じしない彼女を青年は撫でている。心なしか口元がほころんでいる美女も合流して、ニーチェが魔王の腕を取って号令をかけていた。
ホームドラマのような光景に、つい笑みを浮かべるミグフィだった。
◇ ◇ ◇
父は剣王たちを総帥私室まで案内した。表立ってできないような話をする為だろう。
「お……?」
驚いた事にジェイルはドアのロックを確認するとヘルメットギアを外してしまう。
「パパ?」
「どうしたんだい?」
「顔を見せるし」
彼は問題無いと首を振る。
「彼と初めて会ったのはジェイル・ユングとしてだった。隠したところで意味はないだろう?」
「そうだけど。むー……」
(あたしだけの特権を奪われたみたいで嫌)
我儘と分かっていながらニーチェはそんな思いに駆られてしまう。
「隠すような
「それと同時に僕の両親や知人が白眼視されるでしょう。凶悪なテロリストの関係者だってね」
「だろうな。下手すりゃ裏で人質扱いされる」
剣王の軽口が真実みを帯びてくる。
「もう死んだ人間です。死んだままで居るのが差し障りがないのですよ」
「もっともだ」
「でも、ちょっともったいないかもね」
フィーナの空気を軽くする発言。
リューン・バレルは「おー、浮気されちまった」と目を丸くする。妻はけらけらと笑いながら頬をつねっているのだから仲睦まじい様が分かった。
「君も自分の容姿がそれほど好きではないんじゃないですか?」
彼らの前に飲み物を置きながらジェイルが言う。
「ライナックの系譜を感じさせます」
「気にならねえっつったら嘘になるが言うほどじゃねえ。俺様は俺様だからよ」
「君らしいですね」
(言葉遣いや仕草で荒っぽい印象あるけど確かに整ってる)
ニーチェもそう感じる。
英雄の名は魅力的だ。そこへ美男美女が容姿を武器に寄ってくる。自然と血統には端正な顔立ちの遺伝子が含まれていく。彼女が訊くと父はそう説明してくれた。
「系譜か。そういや、クリスティンの野郎が出てきたらしいな。大人しくしてるんだと思ってたが引きずり出されちまったか」
リューンはやれやれといった感じで肩を竦める。
「あの方は僕のようなタイプを毛嫌いしているでしょう。意に反してではなかったと思いますよ」
「ところが蓋を開けてみりゃとんでもねえ貧乏くじだったわけだ。お前みてえな一番厄介な相手を押し付けられたんだからな」
「どうやら本当のようですね。機体性能差では説明できないくらい苦戦していましたから」
剣王は苦い表情になる。
「信じろよ。俺ら
「それは、戦気眼持ちに限らないんじゃないかしら」
「流れも何もねえ、感じるままに突っ走るそこの小娘とかじゃねえ限りな」
フルーツを貪っていたニーチェは、思いがけず話題に上り父親の顔を見る。目を細めた彼は「君はそのままでいいんだよ」と言ってくれた。
「異能が有るっていってもライナックにだって色んなのがいるし。お構いなしに突っ込んでくる粘着質の馬鹿とか」
何とか撃破したが、あの男にはニーチェも辟易していた。
「情報部のエルネド君だったかな? 彼は名の重荷に耐えかねていたようだったね」
「それはともかく、あたしの所為にされても困るし。同情の余地なんてないもん」
「あの家の連中は、先祖が自分で選んだ道だってのにしがらみに押し潰されちまうのさ。そんくらい歪みまくってる。自我が肥大してっから、どこかで暴発するような奴も出てくる。俺から見りゃ度し難いぜ」
ニーチェにしてみれば「どの口が言う」という思いがある。それが表情に表れていたのかリューンの片眉が跳ね上がった。彼女は舌を出して応じる。
「俺様は分を弁えてっからよ」
彼はニヤニヤとうそぶく。
「で、あいつは?」
「出国を確認しました。戻る事はないでしょう」
「うちの親父と同じ道を辿るか。馬鹿どもに謀殺されなきゃいいがよ」
後頭部を掻きながら言う。
「おそらく心配ないと思いますよ」
ジェイルは見透かしたようにそんな台詞を挟んだ。
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