第十三話

邂逅の戦場(1)

 旗艦ロドシークの艦橋ブリッジで操舵士ミグフィ・プレネリムは目を丸くしていた。副操舵士として補助卓に置いているナジー・マリンカなど開いた口が塞がらない。


「すごい……」

「ほんとに壮観。ここまで来ると笑いが出てきそう」

 見た事もないとは言わないが、あまりにアンバランス。

「こんな光景が見られるなんて夢みたい」

「わたしも。敵ならともかく、これが全部味方だなんてね」

「ケイオスランデルは父さんや母さんが望んでいたライナックのいない世界にしてくれるのかも」


 停泊している総数九十近くの及ぶ戦闘艦はほとんどが血の誓いブラッドバウ艦隊である。ただ、その中心に座っているのは彼らの本拠地である魔啼城バモスフラ

 円柱の本体近くでは多数の艦艇が遊弋し、突き出した整備桟橋に交代で接弦しているのが分かる。総帥に聞いた通り、この大艦隊の補給・整備基地として提供されているようだ。


「当り前よ。だって魔王様が約束したんだもん」

 後ろから近付いたヴァイオラがナジーの両肩に手を置いて笑い掛ける。

「うん」

「これだけ居れば余裕でしょ」

「そりゃ言い過ぎだって。ゼムナ軍には地上部隊を除いてもまだ打撃艦隊が二つも残ってるんだぜ」

 マシューが彼女の楽観論を否定する。

「うるさい、ゴミ。あんたがしくじったりしなきゃ余裕なの」

「ひでえ、オレだって頑張ってるのに」


(好き放題言われたって平気で会話に入ってくるんだもの。マシューもほんとに肝が据わってるわよね)

 それに女性陣に囲まれても全く臆したところがない。その辺は才能なのだとミグフィは思う。


「んー、でも数がいれば強いって訳でもないし。例えばゼムナ軍って装備も充実してるし兵士も揃ってるけど練度って低くない?」

 あまり怖いと感じないとニーチェは言う。

「ニーチェ、それ言っちゃダメ」

「どして?」

血の誓いブラッドバウは人類圏でも有数の練度を誇る軍隊。聞かれたら喧嘩になっちゃう」

 ナジーが慌てて窘めている。

「ゼムナ軍は実力主義とは程遠い。でも、ここの人たちはバリバリの実力主義」

「そっかー。親分からしてアレだし」

「そういえば、あなたは剣王に会ったんだものね」


 ニーチェが会談時の剣王の態度に何だかんだと文句を言い募る。それでも当たり障りのない内容しか話していないだろう。彼女も迂闊ではない。

 そうしていると通信士が受信を告げた。相手が噂の本人かもしれないのでミグフィは黙るようジェスチャーする。


「ケイオスランデル殿、申し訳ない」

 ところがパネルに現れたのは初老の戦士。ガラント・ジームという人物らしい。

「うちの大将が上陸したっきり帰ってこないのだ。よほど居心地がよいのだろう」

「構わん。中に居るのなら私のほうで対応しよう」

「助かる。あまりに聞き分けが悪いのであれば宇宙そとに放り出してくれていい」

 総帥相手にぞんざいな扱いである。

「分かった。やんちゃにしてたら蹴り出してやるし」

「ああ、頼むよ、ニーチェちゃん」

 一転して穏やかな面持ちになった戦士が言う。彼女を気に入っているらしい。


 司令官席まで行っていたニーチェがルーゴを引き取って帰ってきた。下艦してからの予定の話に花が咲く。ミグフィももう少し魔啼城バモスフラに接近したら自動誘導圏内に入るので手が空く。


「整備が必要な艦は管制に従って接弦せよ。それ以外は輸送艇での補給に留める。本艦は主桟橋に向かえ」


 魔王の指示でロドシークは本拠地に接弦した。


   ◇      ◇      ◇


 休暇に入った若者組五人はすぐにフードコートに向かった。ところがいつになく人で溢れかえっているのに驚く。血の誓いブラッドバウの上陸組かと思ったら、意外と魔啼城バモスフラ常駐者の姿も多い。


「なんでこんなに賑わってるのかな?」

 ミグフィにも理由が判然としない。

「あそこ、特にすごいし」

「行こ行こ。突撃あるのみ」

「マジかよ。わざわざ混んでるとこ狙うとか」


 パイロットたちに引っ張られるようにして列に並ぶ。意外と回転はよく、簡単に商品を手にする事ができた。


「おおう」

 娘たちはごくりと喉を鳴らす。

「この彩り。この香り」

「堪らないし」

「立ったまま食べてもいい?」

 ナジーの無作法を叱るが、ミグフィも溢れる唾液を抑え切れない。


 それは血の誓いブラッドバウの補給艦が運び込んだゼフォーン産の果実だという。かなり高級な部類の果物がガラスの器の中に所狭しと並んでいる。食欲を誘う色味に甘い香り。彼女たちは我慢が堪らず、空いたテーブルに駆け込んでフォークを伸ばした。


「ああ、溶けちゃう」

 ヴァイオラの顔が蕩けている。

「甘みが強いのに酸味もしっかりしていて歯触りもいい。どれだけの高級品なんだろう? これほどの物がこんなにふんだんに入ってくるなんて」

「御託はいいからお姉もどんどん食べるの。そしてもう一回並ぶの」

「賛成だし」

 ナジーとニーチェの頬は果物で膨れている。

「今日だけは剣王を褒めてあげてもいい」

「今日だけにしないで。お客様なんだから」

「確かあの人だろ? そのお客様って」


 振り向けば、目立つオレンジ色の髪の人物が歩いてくる。続く金髪の可愛い女性とダークブロンドの美女をヘルメットギアの総帥が先導していた。


「おー、剣王! 褒めてつかわす」

 ニーチェの傍若無人は変わらない。

「何だと、小娘? でけえ口叩きやがって。もっと詰め込んでやろうか?」

「苦しゅうないぞ」

「ははは、最高に美味えだろ。しっかり味わっとけよ」

 破顔する青年は、噂と違って気安い人物のようであった。


(あれが剣王)


 ミグフィは噂とは当てにならないものだと思った。

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