残照の戦士たち(15)
「ライナックそのものを否定しているのではないと?」
共有回線の向こうの相手の意外なひと言にクリスティンは返す。
「私はライナックを排除して代わりに支配の座に就こうなどという野望はない」
「では、何の為に?」
「英雄たちは偉大な功績を残した。それは尊敬に値する。ただ、彼らは一つだけ過ちを犯した」
振り向きざまにイムニに二連射をくわえて牽制した魔王は、彼のエクセリオンにもウエストにある大口径砲を放って出足を止める。躱した先で真正面から
「名と財を残した事だ」
魔王は断言する。
「語り継がれるからの英雄ではないか。名を残すなというのは無理な相談だ」
「意味が違う。政治に関与すべきではなかった。それが人に幻想を抱かせた」
「人々の期待に応えたんだ。先祖たちに野心はなかったはず。それに……」
クリスティンは続ける。
「財産は仕方ないだろう。生きるのにも、様々な干渉から身を守るのにも資金は必要だ。慧眼だと思っている」
「技術を独占する必要まであったか? 私はそこに野心を感じる」
「ほとんどが軍事技術だ。無制限に開示すればいい訳じゃない」
そこに潜む野心は彼にも否めない。
光爪の刻む斬線から機体を下げつつ二門のブレストカノンを放つ。ケイオスランデルは広範囲に展開させたシールドで弾き、横合いから接近するイムニ機に腕の三門を同時発射してたたらを踏ませた。
向き直った巨大アームドスキンは、鉤爪を持つ下脚部を展開させてメクメランを蹴り飛ばす。続けてウエストカノンを放つとイムニはジェットシールドで受けるしかなかった。
「管理されるべきは時期だけだ。技術を背景に権威を拡大してはならなかった」
魔王は強弁する。
「だからラノスはライナックを見限った」
(な……に?)
最近になって公になった事実だ。剣王リューンに従うゼムナの遺志・エルシが暴露してしまった。
しかし、ラノスが去った時期に関してライナック本家は虚言を弄していた。戦乱が遠のき、必要性を感じなくなった彼が徐々に疎遠になっていったと説明したのだ。
(魔王はディオンが死没する前にラノスが去ったのを知っているのか? そんな事はあり得ない。当事者の我々が固く口を閉ざして隠蔽してきた事実なのだから)
あて推量にしては確信しているふうに感じられる。
「最初は推測だったが事実だと
彼は魔王の言に衝撃を受ける。
「聞いた? 誰から……? まさか、君は……?」
「何とでも捉えるがいい。ただ、英雄の血の正統性など最初から幻想だった。それで人々をたばかったのは少なくとも貴公らの罪であろう」
「く……」
(魔王ケイオスランデル。彼は協定者なのか?)
そうであれば
(もし、本当ならもう終わっているじゃないか。リューンにケイオスランデル、二人もの協定者がライナックを排除しようとしている。時流は我らを必要としていない。退場せよだと言われているようなものだ)
彼は気力が根こそぎ奪われていったように感じる。
「クリスティン様!」
イムニの警告で我に返る。時すでに遅く、死を招く光は目前。反射的に踏んだペダルが機体を上昇させて片脚を失うだけに済ませた。
迫る漆黒のアームドスキンに回避機動を取ろうとするが、片脚のパルスジェット分のバランス補正が間に合っていない。閃いた光爪は強引に割り込んだメクメランがブレードで受け止める。
「イムニ!」
黄緑の頭部が宙を舞う。
「まだです! 諦めてはなりません! ライナックがどうあれ、クリスティン様は正義の心をお捨てになってはいないはず!」
「それはお前の支えあってこそだ! 無茶をするな!」
エクセリオンを立て直した彼はイムニ機をブラインドにしてビームカノンを撃つ。瞬時に退避したメクメランの向こうではケイオスランデルが光爪を構えていた。ビームは細断されて拡散する。
(ここしかない!)
散乱するエネルギー奔流に霞む先へブレードを突き出すクリスティン。が、その攻撃さえも黒い装甲には届かない。彼の機体は黒い爪に掴み取られていた。
「読んでいたのか?」
「そこに来ると分かっている攻撃など怖るるに足りん」
全て魔王の手の内。
「最後に教えてくれ。君が望む滅びはゼムナ全土に及ぶのか?」
「私の紡ぐ滅びの爪の先にあるのはライナックのみ」
「そうか」
戦気眼に映る輝線が彼を貫いている。逃れられない死を予感した。
その時、魔王の斜め後ろからイムニが迫る。しかし、漆黒の頭部が僅かに振り向き、それも予測されていると知る。
(来るな、イムニ! お前まで死ぬ事はない)
なのに魔王は何もしなかった。体当たりを受けたケイオスランデルは揺らぎ、射線がずれてエクセリオンは腰から下を破壊されるに留まる。排出操作をした
「去れ、残照の戦士よ」
そう言い残して魔王は飛び去る。
エクセリオンの撃墜を知ったゼムナ軍は瓦解、敗走したのだった。
◇ ◇ ◇
十日後。
「行きましょうか、クリスティン様」
「ああ」
首都ポレオンから三千km離れた街の宇宙ポートでクリスティンとイムニは出発の準備をしていた。これから星系外へと旅立つ。
「見つからなくて幸いでした」
「大伯父上なら気付いているさ」
彼はそう思っていた。
(
それでは意味はない。
(結局、アーネスト伯父上が正しかったんだろうな。私はあの方の影を追っている)
「魔王に掴まれた時はさすがに駄目かと思いましたね?」
「彼は見逃してくれたんだ。この十年間、私が何をしていたのか、きっと知っていたんだと思う。『残照の戦士』と呼ばれたからね」
空の向こう、宇宙に目を向けながらクリスティンは述懐した。
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