残照の戦士たち(14)

 加速した鮮やかな赤のアームドスキンの両肩で、唸りを上げて固定武装が高速回転を始める。鋏状の構造が電光を放ち、青白いリングを浮かび上がらせた。


「おーまえー!」

 吠えた娘が突進してくるのをエルネドは見つめる。

「ようやくやる気になったというのか?」

「黙れ! 一番やっちゃいけない事をお前はしたし!」

「何だと言う!」

 すさまじい戦気に一瞬だけ身体が固まる。

「謝っても遅いし! あんなに親身に思ってくれてた人をお前はぁー!」

「ぐっ!」


 殴られた頭部の軋む音がコクピットまで響いてくる。部品を撒き散らしながら彼の乗機は仰け反った。


「どんな馬鹿やってても!」

 左のフックで頭部がひしゃげる。

「どんだけ間違ってても!」

 斜め下から突き上げられた拳が脇腹を揺るがす。

「見捨てたりしないで!」

 両脇を掴まれて右膝が跳ね上がってくる。

「きちんと見守ってくれる人はいるし!」

 組んだ両手が落ちてきて頭部を完全に粉砕した。


 モニターが暗転するが、僅かなタイムラグで復活する。機体各部のカメラが統合映像を合成して映し出している。


「そんな人を!」

 突き出された肘がコクピットハッチに突き刺さる。

「大切にしないで!」

 回し蹴りで機体がくの字に折れる。

「どうやって生きてくつもり?」

 首元を掴まれて再び膝が飛んでくる。

「そんな奴には永遠に!」

 左のフックが胸部を横から襲う。

「居場所なんてできる訳ないし!」

 返す右のフックでコクピット内はシェイクされる。


 縦横無尽に襲ってくるGで嘔吐感が込み上げてくる。頭の芯は痺れ、エルネドは戦気眼せんきがんに映る輝線に反応さえできない状態だ。


「お前みたいな奴に!」

 肩のリングから放たれたビームで両肩が基部から切り離された。

「生きる資格なんか無いし!」

 ブレードグリップから薄黄色の剣身が現れ振り上げられた。

「あたしが終わらせてあげる!」


 その瞬間、ルージベルニからとてつもない戦気が放散された。エルネドの戦気眼には金色の波紋が広がって見える。黄金色の波頭に彼は包まれた。


(ああ、これが天使なのか……)

 光の霞の向こうから赤い衣を纏った天使が舞い降りてくる。

(ぼくは召されるんだな)

 不思議と心穏やかでいられる。

(名前にばかり振り回された、どうしようもない人生だったな。そんなぼくでも受け入れようとしてくれた人がいたんだ。申し訳ない事をした。地獄で詫びても届くものだろうか?)

 天使の掲げる剣がゆっくりと落ちてくる。


 エルネドの意識は大気に溶けて消えた。


   ◇      ◇      ◇


(身を賭してでもこの男を止めないと何もかも壊してしまう)

 クリスティンは巨大な漆黒のアームドスキンへと向かう。


 傍流家の悪事を糾弾する振りをして、恨みを煽り立てて大きな波を作った。その実、自らの破壊衝動を満たしているのではないかとまで感じる。


「よせ、魔王。貴様の悪意に皆を巻き込むんじゃない」

 正しかろうが誤っていようが、魔王の行動には欠片の義も見出せない。

「確かに怨嗟を募らせている者も大勢いよう。既に苦しんでいるのに、これ以上の罪を背負わせてどうする?」

「背負わせるつもりなど無い。私が殺せと命じているのだ。罪を着ているのが誰かは自明の理であろう」

「一人の人間に負える罪か? そんなのは誤魔化しだ」

 口先では何とでも言える。


 牽制の一射とはいえ狙いを甘くしている訳ではない。なのに魔王は容易に躱してしまう。まるで話の流れからどこで牽制を入れてくるか読んでいるかの如く。

 癖が無いとは言わない。事実、彼の腹心のイムニはそのタイミングに合わせて機動している。しかし、ケイオスランデルはそれさえも読んでいたのか、背後からの斬撃を光爪で弾いて見せた。


「それを罪と覚えるならば人の器を超えよう。しかし、魔王たる私に罪を覚える道理など無い」

 うそぶいてくる。

「戯言を」

「それは早計に過ぎる。戯言で済ませる気ならば自ら魔王を名乗ったりはせん。その意味を考えるがいい」

「覚悟のほどだとでもいう気か?」

 イムニの疑問は的を得ているのかもしれない。


(それならば組織の人間が皆、覚悟のうえでの行動だという意味になるぞ)

 地獄エイグニルを冠しているのが証拠になる。

(魔王は武力と同時に理由まで与えているとでも言うのか? それならば理解できてしまう)


 人はそう簡単に思い切れないものだ。誰かを害するのが平気である訳がない。そこには禁忌が存在する。

 それを克服するのが軍の訓練であったり、信仰や思想だったりする。神話になぞらえてあっても信仰とは違うだろう。魔王の場合は思想的中心に自分を据える方法だと思われる。


「どうしてそこまで踏み越えられたという? 貴様の怨嗟はそこまで深いのか?」

 トリガーを落とすと同時に問い掛ける。

「怨嗟か。とうに捨てた。今はライナックを不要だと考える理念しか残っていない」

「そこが間違っている。一部の者が悪行に走ったとしても、ライナック全てをそうと断じてはいけない」

「そう感じているのは当のライナックである貴公だからだ。外側から見れば見過ごす者も同罪である」


(やはりな。彼が思想的に皆の意識を操作しているのだろう)

 それならば魔王の言論を看破するだけで状況を変えられる。


「ライナックを正すとでも言うか? 人類解放の歴史こそが元凶だとでも?」

「そうではない。私とてロイド・ライナックやその息子たるディオンの事は尊敬している」


 魔王は思いがけない台詞を口にした。

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