邂逅の戦場(3)

 合成肉のジャーキーに嚙り付くルーゴの横でニーチェは残り二口となった果実の一つを父に手ずから食べさせる。フィーナも似たような感じで味わっているし、エルシもあくまで上品な仕草ながら手は止めない。


「ふぅ、美味しかったし」

 珍しい生のフルーツを堪能した。

「だろ? 今じゃゼフォーンの名産みてえになっちまった。統制時代は作らされてたってのにな」

「作らされてた?」

「ああ、アルミナで消費される分を作ってただけさ。生産者の口には入らねえ。解放後はその生産技術を利用して財源にしてる。この九年で生産量も数十倍に跳ね上がってる。大統領がやり手だかんな」


 アルミナ紛争後のゼフォーンの復興はめざましいという。食料自給に努めると同時に、財源確保に交易を活性化させた。一助となったのが高級フルーツの生産。気候風土も手伝って、今では量産化に品種改良と近隣国家の追随を許さない生産国となっている。


「エルシさんに斟酌したんじゃないの? ゼフォーンも軍事強国の一角に上がってきたし」

「そんな事はなくてよ。あの国が穏和な政策に転換しているから軍事転用可能な技術も渡せるだけ」

 涼しい顔でそれっぽい理屈を並べるが視線はそらされている。

『意地悪してやらんでくれんかの、嬢ちゃん。儂ら個にも癖があるもんでの』

「そんなん、お爺ちゃん見てたら分かるし」

『それにの、時代の波のうねりは強くなってきておる。これからを見据えれば技術文化の醸成も必要と思っておるのじゃ。色々と都合が有るのじゃよ』

 白髭のアバター、ドゥカルは弁明に忙しい。


 機敏に反応して飛びつくも、お腹が膨れていつものジャンプ力に欠ける子猫を空中でキャッチする。ジェイルが興味深げにゼムナの遺志の言葉に耳を傾けているのにニーチェは気付かなかった。


「んで、魔王、心配ねえってのはどういう意味だ?」

 エルシを擁護するようにリューンが口を挟む。

「謀殺というのは、傍流家の人間が本家のライナックの口減らしを画策しての事でしょう?」

「そこまで読めてんのかよ。クリスティンみてえなお坊ちゃんには予想もつかなかったらしいがな」

「悪だくみには長けている人たちですからね。そうでなければ英雄の名を悪用しようなどと考えない。それも過ぎれば鼻につくという事です」


 ジェイルは、本流家の人間がおそらくライナックの名だけを持つ傍流の排除を決断したのではないかと告げる。それには剣王たちも目を丸くして驚いていた。


「なんでそう思った?」

 リューンが目を細めて尋ねる。

「地上本部の部隊がエイグニルうちを目標としたからです」

「体よく手近に降りてきた奴らを厄介払いしたかったんじゃねえのか?」

「打撃艦隊二個分が残っているのに、わざわざ危険な地上戦闘に持ち込む必要がありません。それでしたら目前の危険であるハシュムタットを攻略するほうが市民の目から見ても優先事項でしょう?」


 地獄エイグニルの勢力拡大は知る人ぞ知る程度の情報だろう。しかも主たる活動場所は宇宙。脅威度は低い。

 一般市民からすれば不意に現れたクーデター勢力のほうが至近の脅威であるはず。それくらいは誰でも分かるのに放置したのには意図が潜んでいると父は言う。


「あれは地上の反抗勢力を糾合する為の組織だと思われます」

「おい、まさか……?」

 リューンは何か気付いたようだ。

「そのまさか・・・でしょう。対処に多数の人員を必要とする中小規模組織を纏めて管理する。そんな意図が含まれているものと思っていい」

「受け皿だってのか?」

「そのうえで、中心のローベルト・マスタフォフなる人物は傍流家だけの罪を説き聞かせていました。それでどういう意味かは察しがつくというものです」

 ジェイルの瞳が冷たい色を帯びる。


 彼らの目標はライナック傍流家。ハシュムタット革命戦線を裏で制御下に置いていると思われるのは本家。この図式が意味するところを彼は指摘する。


「リロイの爺ぃは奴らに傍流家を食わせる気かもしれねえんだな」

「ハシュムタットという地理的条件が物語っているように思えます。あくまで僕の予想に過ぎませんけど」

 予想で片付けるには符号が揃っている。

「ライナック同士が共食いするなら放っとけばいいし」

「だがな、小娘。それをやるとなると電撃的な作戦行動になるかもしれねえ。要はポレオン襲撃だ」

「それはダメだし!」


(ポレオンには大事な人がまだ居るし。騒動になったら何が起こるか分からない)

 ニーチェの胸が痛む。


 首都襲撃も予想の範疇なのかジェイルの顔色は変わらない。黙って見過ごしてしまう可能性がある。彼女が不安げに覗き込むと、安心させるように肩に手が置かれた。


「ふぅ」

 リューンは大きく息を吐く。

「その様子だと何か企んでやがんな?」

「難しくはありません。制御されているなら利用できるという事です。問題は制御していると思っている側の人間が本当に御せるかという部分にあります。おそらくに多少の余波には目を瞑る気かもしれないのが不安材料ですね」

「介入してえところだがよ、うちには工作系の部門がねえときてる。お前に任せるしかねえんだが頼めるか?」

 剣王はジェイルの様子を窺う。

「分かりました。君の懸念を取り払えるよう善処しましょう」


(これ、悪くない。剣王が絡むとパパが無理して非道に走るのを少なくできるし)

 彼がニーチェの心的負担に配慮しているのには気付けていない。


「ポレオンで大勢死人が出たところで意味はねえってか? ったく、徹底してんな」

 リューンはジェイルの譲歩をそう理解したらしい。

「相手の手の内を読んでとことん利用する。しかも全く揺るぎねえんだもんな。あの大型アームドスキンじゃねえが、精神的にもお前はまさしく『鋼の魔王』だよ」

「そう決めたのですから最後まで演じ切りますよ」


 嬉しくなったニーチェは父の肩に頭をもたれさせた。

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