残照の戦士たち(10)

 スキンスーツが身体に馴染む。長年着続けているから道理だろう。それ以上にパイロットシートが馴染んでしまうのは物悲しくもある。クリスティンのさだめを暗示しているかのように感じてしまう。


(私はここに生きて、ここで死ぬのが当たり前なのだろうか? そうは思いたくないものだ)

 久しぶりにエクセリオンのコクピット内に入り、戦闘を前にしているのに緊張しない。身体は受け入れてしまっている。

(だとすれば一歩目から間違っている。家族や周囲に言われ、能力を受け継いだ者としてパイロットを志すと自然に思えたあの日から)

 憧れの人は最初から拒んだ。自らの血を呪うかの如く。

(アーネスト伯父は自分の決断が何を引き起こすかなんて分かっていらっしゃらなかっただろう。遠き地でリューンという一人の子供を残し、そこで果ててしまうなど)

 巡り巡ってゼムナを窮地に陥れるなど誰が予想できようか。


「それでも正義と秩序を重んじる心が少しでも残っているなら振り返りはしない。それが私の生き様なのだよ、リューン」

 本当なら近縁の青年に宣う。

「単なる思い込みって言うかもしれない。それでも君は秩序は顧みなくとも、一線を引いた戦士の正義があった」

 だから、まだ少年だった男の声にも耳を傾けた。

「だが、貴様には正義など欠片もない。ただの破壊者だ、魔王!」


 意識せずとも発進操作ができている。クリスティンが考えに没頭している間に、リニアラッチに足を掛けた水色のアームドスキンは発着甲板デッキを滑っていた。


 地上部隊は地獄エイグニル艦隊の大気圏離脱を阻止するべく上空を押さえようと前進する。それに対し敵アームドスキンは艦隊を守るように迎撃の構え。後退しつつ上昇する母艦を撃沈すれば崩壊するだろうと思われる。


(それとも情報部が掴んだ通り、血の誓いブラッドバウに庇護を求めるか? リューンが彼らと連合したというのが未だに信じられないが)

 性格的には敬遠するタイプの組織だと感じる。

(潰走させてみれば分かる事だ。おもねってきたから仕方なく共闘しただけかもしれないしな)

 彼も他の反政府組織の手前、受け入れざるを得なかったのかもしれない。


 基本戦術は変わらない。クリスティンのエクセリオンの後ろには、イムニの駆る黄緑色のメクメラン。周囲を固めるのは近衛部隊でなく、今回は情報部の精鋭部隊だ。


(そういえばブエルド伯父の子息も情報部に居るんだったな。エルネドとも長く顔を合わせていないが、出撃前に声でも掛けるべきだっただろうか?)

 久々の出撃に気を取られて失念していた。

(まあ、構わないか。私が軍務から離れたのが気に入らなかったみたいだったからな、彼は)

 軽く嫌味を言われた覚えがある。


 そうしているうちに射程に入って砲戦が始まる。互いのジェットシールドをビームが焼き、ただでさえ通信状態の悪い空域に電磁波を撒き散らす。

 ビーム砲撃を連ねながら接近する地上部隊は鏃の陣形へと変じていた。総数千百を数えるアームドスキンが一点突破を目指す。受ける地獄エイグニルは九百が散開している。防御陣形を粉砕して一気に母艦を狙う作戦。


「総員、突撃!」

 イムニが号令を掛けるとクリスティンを先頭に更に鋭く展開する。

「突破後、後方部隊は散開! 退路を確保しつつ、敵の殲滅に当たれ!」

 分厚い敵部隊の層を抜けたら彼らと情報部の部隊が艦隊へと突入する手筈になっている。


 エイグニル部隊は突進力に負けるように中央を穿孔される。ただ一機だけ見られた赤いアームドスキンも勢いに押されるように上空へと押し上げられる。


「乱戦に持ち込ませるな! 相手の得意とするところだぞ!」

 いくら独自開発機体を揃えていようが、組織的な用兵では軍に及ばないであろうと考えられた作戦である。


(脆い。いや、脆すぎるか?)

 彼は違和感を感じて周囲を見回す。敵部隊はドーナツ状に膨らんでいっている。

(さっきの特殊なアームドスキンはどこに行った? あれだけ目立てば敵の動きの指標になるはず)

 違和感の正体が分からず迷う。すれ違う敵機の層が濃いうえに相対速度が早過ぎて視界が悪い。

(上? これはどういうことだ?)

 ちらりと見えた赤が遠く並走していたかと思うと落ちて来つつある。その意味を掴みかねた。


 よく見れば敵部隊はあまりダメージを受けずすれ違っているだけ。ドーナツ状の敵は内から外へと高速で回転しているかのように見えた。


「違う! まさか、これは!」

「は? どうしましたか、クリスティン様?」

「警戒しろ! 上から……、いや、全方位から来るぞ!」


 エクセリオンと情報部隊が突き抜けているのは予定通り。ただし、それだけで口は閉じられる。

 敵の前面に位置していた敵アームドスキンが宙返りして前後左右、全方位から後続を断ち切りに攻撃を開始。一点を狙って集中した砲撃が幾つもの火球を生み、後方のアームドスキンが堪らず逆噴射で制動している。


「抜けたけど退路が無くなるぞ」


 誰が言ったか分からないが皆がそう感じる。抜けたのではなく抜けさせられたのだ。特殊な分断方法で孤立した形になる。


「止まるな! これは動揺を誘う作戦だ! 後ろを気にせず敵艦隊を狙え! それで敵は崩れるぞ!」


 機転を利かせてイムニが吠える。ここで慌てて反転するようでは敵の思い通りになる。一気に叩きにいくべきだと考えたのだろう。それは間違っていないとクリスティンも思う。


(が、そうはさせてくれんという事か)


 彼らの前方には30mを超える巨大な漆黒のアームドスキンが待ち構えていた。

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