残照の戦士たち(9)

 千載一遇のチャンスがやってきた。この地獄エイグニル討伐作戦でくれないの堕天使を撃破すれば汚名返上は確実だ。


(しかも今回の司令官はクリスティン閣下。いつものようにぼくだけが本家を背負って戦わなくて済む。あの女に集中できる)

 これ以上の好条件はない。

(逆に失敗すればお終いだ。父に最後通牒を突き付けられてしまったも同然。結果を出さねば幻滅されるだけじゃなくて家督の権利も兄に持っていかれるかもしれない)

 戦気眼せんきがんあらばこそエルネドが家を継ぐと見做されてきたのだ。


 そんな事になれば、既にズタボロのプライドは崩れ去る。これからも白眼視に耐えながら本家の廊下を歩くのは無理だ。自殺したほうがマシかもしれない。


(あんな高飛車な女に好き放題言われて何も言い返せないなんて)

 彼女が茶髪の巻き毛を揺らしてやってきた時は嫌な予感しかしなかった。


「能を授かったのに役立たずとか信じられないんだけど」

 ジュスティーヌにそうまで言われてしまった。


(ちょっと戦気眼が強いから鼻高々で見下されて、こんな屈辱的な事はない)

 それでは終わらなかった。


「人生には色々あるのだからあまり思い詰めてはいけないと思いますよ?」

 プリシラにも憐れまれた。


(分家筋の女にまで馬鹿にされた。どうせ腹の中じゃ嘲笑してたんだろうさ)

 薄茶色の瞳が冷たく蔑んでいるように見えた。

(どこもかしこも生意気な女ばかり。今に見ていろ)


 何としてでも勝たねばならない。できなければ、もう浮かぶ瀬はない。破滅がやってくる。本家のパイロットとして専用機に手が届かないところで終われば面汚しもいいところ。あの怖ろしい父に切り捨てられる。


(ポレオンに残りたければ赤いアームドスキンを墜とすしかない)


 エルネドは完全に追い込まれていた。


   ◇      ◇      ◇


 動き始めればゼムナ軍側の情報は筒抜けと言っていい。地上軍本部から出動する様子をメディアがつぶさに伝えてくれる。それをマイナスと捉えないのも驕りだといえよう。


「パパー、そろそろー?」

 ニーチェはヴァイオラとマシューを伴って艦橋ブリッジを覗く。

「もう重力場レーダーの圏内だ。夜が明けたら仕掛けてくるだろう。眠れたか?」

「うん、ちゃんと寝たし」

「任せて、魔王様。ばっちり働いちゃうから」


 大戦力同士の衝突だ。恒星フェシュが昇ってからの戦闘が予想されるのでパイロットには休養が命じられていた。アラームを掛けて早暁に目覚めた彼女は友人たちを誘って艦橋に情報収集にやってきたのだ。


「パパは休んだの?」

「仮眠は取った。心配いらない」

 捜査官時代から精神的にも肉体的にもタフな人だった。

「閣下、血の誓いブラッドバウから通信です。メインパネル出します」


 妙にすっきりした表情の剣王が映し出される。栄養補給用のパックを咥えているところを見ると戦闘明けなのかもしれない。


「終わったぜ、魔王。第一打撃艦隊はほぼ壊滅だ。これで上空からの攻撃は気にしなくていいってなもんだ」

 やってやったとばかりに親指を突き上げている。

「案じてはいない」

「まあな。あんたが言った通りにしたら完璧だったぜ」


(そう言えば、パパ、何か言ってたし)

 リューンに策を授けていた。


「右翼側に回り込もうとしたら受けに入らなかったからな」

 戦列を厚くして防御しようとしなかったらしい。

「待ち構えてたら、のこのこと左翼が動いて半包囲しようとしてきたぜ」

「狙い目だったろう?」

「ああ、分断して粉砕してやった」


 北天を上にして展開した血の誓いブラッドバウ部隊は、惑星軌道上に位置するゼムナ軍部隊に対して真正面から挑まず右翼側に回り込むようにして仕掛けたようだ。応じるゼムナ軍は左翼を突出させて巻き込むように迎撃する。待機していた剣王は引き延ばされた敵部隊の中央で分断し、まず左翼側を撃破したと言っている。


「右翼側も妙に動きが鈍かったから楽勝だ」

 リューンはニヤリとして鼻を弾く。

「何しやがったんだ?」

地獄エイグニル艦隊がそちら側に離脱すると伝えてあった。右翼は後方が気になって思うようには動けなかったのだろう」

「それで初っ端からあんなに用兵が遅かったのか」

 彼は何か気付いたみたいだ。

「そっちが右翼側から攻撃するなら俺たちは左翼側に回り込むと思い込んでやがったんだな?」

「挟撃作戦だ。普通はそう考える。我らも匂わせるような位置取りをしていた」

「そういう事か。奴ら、最初からあんたの魔法に掛かってたのかよ」


 剣王は膝を叩いてゲラゲラと笑う。粗野な態度が様になっているのは風貌がそう感じさせるからだろうか。ニーチェの知っている本家のライナックとは一線を画す。


(育ちが悪いってエピソードは本当みたいだし。プリシラ先輩と違って下品)

 ニーチェの直接知っている本流家の人間は彼女だけだ。


「そっちはどんな具合だ?」

 笑いを収めて訊いてくる。

「明るくなったら戦闘になるだろう」

「救援に向かいてえとこだが、ゼムナの自転に追い付いて降下するのは厳しいな。それに物資が心許ねえ。悪いが補給に下がらないと無理みてえだ」

「構わん」

 それも父の計算の内だろう。

魔啼城バモスフラを動かしている。補給拠点に使ってくれ」

「おー、そいつはありがてえ。ついでに防衛もしてくれってか?」

「どう受け取ろうが貴殿の自由だ」

 暗に持ち掛けている。

「ちゃっかりしてやがる。まあ乗っとくぜ」

「話は通しておこう」

「頼む。じゃあ、頑張れよ」

 それでメインパネルは閉じた。


(軌道を蓋されてないんなら離脱は簡単。あとは地上の軍を片付けて魔啼城バモスフラに帰るだけだし)


 ニーチェも地上での速度感覚がじれったくなるくらいには宇宙生活に慣れてきていた。

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