魔王と剣王(10)

 流線型の機動砲架が宇宙を泳ぐが如くゼビアルに追い縋る。一秒のカノンインターバルを塗り潰すように時間差をつけてビームを吐き出し、リューンの逃げ場を無くしていく。

 ジュスティーヌの操るデュープラン本体も乱射するバルカンファランクスを機敏に躱している。クリスティンの乗機エクセリオンよりも大型でパワーに余裕があるといっても、この攻撃と防御の隙の無さは異常だった。


「つあがってっと泣かすぞ、こら!」

「強がりは見苦しいわよ、剣王。ほら、背中がお留守だわ」

 挑発には乗ってこない。


(この余裕は何だ?)

 背後からの輝線に機体を捻りつつリューンは思う。


 今度はレギュームがパカリと口を開ける。三方向に莢が弾けたが如く。この機動砲架がレギュームと名付けられた所以である。

 そこには閉塞磁場が形成されている。イオンビーム射出口から噴射された重金属イオンは閉塞磁場内に充満。ランダムに変動する磁場強度の薄い所を突き抜けてビームとなって発射される。いわゆる拡散ビーム兵器に早変わりした。


「くっ!」

「無様ね、リューン・バレル」

 ぎりぎりでビームに力場刃を合わせ、ジェットシールドも併用する彼にジュスティーヌの嘲りの言葉が届けられる。これ以上の回避手段が無いのだ。


 閉塞磁場の揺らぎがランダムである以上、拡散ビームの射線は使用者にも予測不能。戦気眼せんきがんに表れない射線はリューンを含めた異能持ちにも回避は難しい。

 戦闘艦艇が対空砲塔として拡散ビーム砲を採用しているのも同じ理由からだ。砲塔が向いている方向に発射されないビームは目で見ても回避が困難なのだから。


(妙だぞ。いくらσシグマ・ルーンを使ってるからって一人の人間にこんだけの兵装を完璧に制御できる訳がねえ。一人の人間……?)

 頭の隅で何かが引っ掛かった。


「そうか! 絡繰りが分かったぞ! そのでかぶつ、複座機だな? そういえば、最近よく見た腰ぎんちゃくが居ねえじゃねえか!」

「正解! 褒めてあげる。さすがは剣王ね」


 一人がデュープラン本体を操作し、一人がレギュームを操る。そうすればそれぞれの制御に穴はできないし、攻撃は厚くなる。一つのコクピット内に居れば連携も容易になる。


「マイヤの真似事かよ」

「本来の形だと言ってくれない?」

「確かにな」


 三星連盟大戦当時、稲妻の異名を継いだディオン・ライナックは恋人であるパイロットのマイヤ・ピレリ―専用機をゼムナの遺志『ラノス』とともに建造する。それが『ディアラン』。

 このディアランは複座機であり、新兵器で副兵装となるレギュームを操作していたのが彼の妹であるリシェール。そのコンビが戦場を席巻した期間も短くはない。


「仕組みが分かったからって、なんて事はないわ。だって戦気眼に映らないのに変わりはないでしょ?」

「ああ、その通りだよ!」


 リューンが完全に抑え込まれた形になってしまい戦線は膠着している。彼が斬り込んで、そこから切り崩していく血の誓いブラッドバウの戦法が機能しなくなったからだ。


(戦術を切り替えりゃいいんだが、オリバーもすぐには判断できねえか。魔王の作戦にもこんな事態は設定されてねえしな)

 一度立て直すべきか迷う。


「え? ポレオンが砲撃を受けている? 下? 地獄エイグニルが来てるですって? 剣王、あなた、まさか……」

地獄エイグニル? あれがそうなのかよ」

 リューンはしらばっくれた。

「そうよね。そんなに器用な人じゃないし」

「どういう意味だよ!」

「ともあれ、魔王の好きにさせていたらお爺様に叱られてしまうわ」

 彼女は名残惜しそうにこぼす。


 デュープランは反転するがレギュームは牽制射撃を怠らない。明らかに異なる意志で制御されていると明確に分かる。隙の無い輝線の網に見送らざるを得なかった。

 急いで彼自身も反転し、ベネルドメランの近くまで戻る。ターナミストで電波無線の届かない地獄エイグニル艦隊へと超空間フレニオン通信を経由して連絡する為だ。


「繋がったか!」

 ほどなく通信士が接続を確認した。

「何事だね?」

「後ろだ、魔王。ヤバい奴がそっちに向かってる。見えるだけでも三百近くは引き連れていきやがった。一部の艦隊も回頭してるみてえだ。気を付けろ」

「確認している。既に砲撃は取りやめた」

 抜かりはないようで少し安心した。

「すまねえ。救援も無理だ。思ったほど崩せなかったから、半分近くは行っちまうかもしんねえ」

「了解した。では、降下オプションに変更する」

「は? 本星に突入すんのか?」


 さすがに彼もギョッとした。自分のミスでケイオスランデルを厳しい状況に追いやってしまったかもしれない。


「想定内の状況だ。物資等も準備して作戦に入っている」

「悪ぃな」

「構わん。調べておきたい事もある」


 リューンは今後も連絡を密にする約束をして、もう一度詫びた。


   ◇      ◇      ◇


「あらら、大気圏に突入してしまったわねぇ」

 ジュスティーヌは大気の海に沈んでいく地獄エイグニル艦隊を眺める。

「第一打撃艦隊の戦力では地表まで追撃する訳にもいかないものね」

「それは無茶です、姉上。私たちも本来の第三打撃艦隊へ帰隊しなくてはいけません」

「つまらないけど、あれは地上部隊に任せるしかなさそう」


 ヘルメットを脱いだ彼女は長い栗色の髪を掻き上げる。無重力のコクピットにうねる長髪が広がった。


「宗主様のあのお話・・・・もありますので、姉上も遠慮なさらなくては」

「ああ、あれ・・ね。わたくしは難しいと思っているのよ、プリシー」

 副官は微妙な面持ちで無言を貫く。

「あなたはどう思う、プリシラ?」


 ホアジェン音楽学校を卒業した後のプリシラ・ライナックは彼女の副官に収まっていた。

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