魔王と剣王(9)

 リューン・バレルは我が目を疑っていた。

 ゼムナカラーである黄土色のアームドスキンの戦列の中に鮮やかな黄色が浮き上がっている。否応なく目立つ機体。それは機体色がレモンイエローなだけではなく、二回り以上大型機であったからだ。


(なんだぁ? 魔王といい、大型化が流行りでもしてんじゃねえだろうな)

 彼にしてみればアームドスキンが大きくなるというのは重くなるということ。取り回しはもちろん、加速も犠牲にするという意味だ。

(映像分析で推定28mか。ケイオスランデルほどじゃねえにしても相当重いだろ。色々と詰め込んだあいつの機体よりは落ちるとしか思えねえがよ)

 疑念が油断に繋がらないよう意識を切り替える。


 砲撃が交錯し両軍が激突。件の黄色い機体は悪目立ちがして目標にされやすいが意外に機敏な回避機動を見せている。構えるビームカノンもサイズに応じた大型の物で、口径も大きく走る光芒の威圧感がすごい。


(もう少ししたら地獄エイグニル艦隊も探知圏に入ってくるな。注意を引くのに荒らしとくか。あの新型を墜としたら崩れそうな感じだしな)

 リューンはゼビアルを前進させる。


 剣王率いるアームドスキン隊も慣れたもので、彼が戦列を斬り崩して突入すればそこを突破口に進撃を始める。正面はすぐに混戦模様へと様変わりした。

 しかし、容易に侵攻を許してはくれない。意識に走った輝線を転回して斬り裂く。フォトンブレードとの干渉で拡散したエネルギー乱流の向こうからレモンイエローの機体が迫ってくる。


「無視して通り過ぎるとはつれないじゃないの?」

 聞き覚えのある声色にリューンは呻く。

「てめぇだったか、ジュスティーヌ」

「わたくしとのデートをすっぽかす気?」

「俺様に惹かれてちゃんと釣れたろ? 恋の駆け引きってやつじゃん」

 軽口を飛ばしておく。

「第三艦隊を放っぽって、こんなとこで遊んでていいのかよ。我儘が過ぎて馘にでもなったか?」

「そんな事できる訳ないじゃないの。うちの可愛い子たちは美しいわたくしの虜なのに。地上にはこのデュープランを受け取りに行っていただけ。どう、この新しいドレスは?」

「おう、目立ってんぜ。目がチカチカするような色じゃん」


 テンポよく走る輝線にゼビアルを跳ねさせる。宇宙を焼くビームはその残像を貫くのみ。接近するとライナックの女パイロットは左のビームカノンを格納してブレードグリップに持ち替えた。

 ブレードの間合いに入れば改めて機体の大きさを感じる。ゼビアルより頭部二つ分は大きい。見た目の距離感に狂わされて間合いを誤りそうだ。


「言われたくないものね。そんな銀色のピカピカする鎧を纏って迫ってきておいて」

 ジュスティーヌが鼻を鳴らす。

「てめぇを口説くほど悪趣味じゃねえよ。深入りしたら火傷じゃ済まねえだろ」

「案外のめり込むかもよ? 試してみてはどうかしら」

「遠慮しとくぜ。嫁を泣かしたくねえもんな」


(なんか妙だぞ? こいつはでかくて目立つだけの大人しいアームドスキンに乗る玉じゃねえ。何を仕掛けてくる?)

 鋭い突きを躱しつつリューンは考える。


 ジュスティーヌ・ライナックとの因縁も浅くはない。彼女は公式データによれば二十四歳。リューンの一つ下だ。

 血の誓いブラッドバウの運用を軌道に乗せてゼムナの惑星圏まで進出するようになったのが五年前。当時十九だった筈の彼女とは何度も戦場でまみえる事となる。

 前線から退いて久しいクリスティンの穴を埋めるように前面に出てきたジュスティーヌは、従兄の彼と違って極めて好戦的。敵の戦意を事前に感じられる戦気眼せんきがんの能力では僅かに劣るものの、それを補うに余りある勝負勘の持ち主だったのだ。


「本気で来いよ。出し惜しみしてたら平らげちまうぞ?」

「あなたの強引なところも好きよ。わたくしの女が疼くの」


 言葉の駆け引きをしつつ互いに円弧を描く。彼が思うほど隙は無い。鈍重に見える筈の機体を上手に取り回している。こういう部分は抜け目ない。


(厄介な女だ。手の内は?)

 仔細に観察する。

(背中にごてごてと担いでやがる。待て? あれは推進機ラウンダーテールじゃねえのか?)

 スリムなフォルムだっただけ気付くのが遅れた。


「てめぇ、それはレギューム……!」

「大当たり! ご褒美に踊って差し上げるわ! さあ、わたくしの手を取って!」


 パルスジェットを閃かせてデュープランの背中から四基の機動砲架が飛び立った。ワイヤケーブルの尾をなびかせて宙を駆け巡る。

 危険を察して後退するゼビアルの軌跡を四本のビームが貫く。リューンは既に彼女の砲撃間合いのど真ん中に居たのだ。


「今更そんなもんを持ち出してきたのかよ。そいつが俺様に通用しねえのは兄貴に聞いてねえのか?」

「ええ、聞いているわよ。普通のレギュームでは全く効果が無かったそうね。射線どころか機動方向まで戦気眼せんきがんに映ってしまうそうだもの」

「疑ってんならその目で確認しろよ!」


 何度やっても同じこと。射線も機動方向も感じられる。彼は一基のレギュームに狙いを付けて攻撃を搔いくぐると、右の大剣で軌道を斬り裂いた。


(なんだと?)


 弾けるように機動したレギュームに斬撃を躱される。そこまでは予想のうちだったが、追い打ちのように本体からの砲撃。追撃する気だったリューンは慌ててペダルを踏み込まねばならなかった。


(このキレはクリスティン以上じゃねえかよ。この女のほうがレギュームとの親和性が高いってのか?)


 剣王は困惑して一度間合いを外した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る