魔王と剣王(8)

「思ったより上手くやる」

 部隊回線から父の声が聞こえてくる。

「遠いし。パパには見えてるの?」

「見えないくらいで構わん。戦闘宙域が移動していないという意味だ」


 宇宙の真空を隔てた遥か彼方に戦闘光が瞬いている。出撃した第一打撃艦隊が血の誓いブラッドバウと衝突しているのだ。

 居残っていた十隻の艦隊を予定通り地獄エイグニル艦隊が急襲。現在は掃討戦の最中である。逃走して降下した三隻を除き、全てをケイオスランデルのブレイザーカノンと突入したアームドスキン隊で撃沈した。


「閣下、掃討はほぼ完了しました。ご指示を」


 頭部とショルダーユニットの上半分が金色のクラウゼンが報告に来る。戦闘隊長の副官に収まったドナがマーニが乗っていた機体のお下がりを預かっている。マーニは父が乗っていた漆黒のクラウゼンを譲り受けていた。


「ドナ、そのくらいは自分で判断なさい」

 そのマーニ機もやってきた。

「ええ。ではお任せくださいますか?」

「任せる。隊を纏めて射線を開け」

「了解です、閣下」


(あー、これ、何かあったやつだし)

 ニーチェの女の勘が囁く。

(ドナまでパパの虜に?)

 出撃前に近付いてきた時から明らかに様子が変わっていた。


 帰還後もどちらかといえば隊長であるマーニの判断を重視していたドナ。編隊単位で培ってきた絆のようなものだと思っていた。流れとして上意下達が成立しているからジェイルも咎めないのだと。

 ところが一転してドナまで父の傍近く控え、言葉に耳を傾ける姿勢に変わったのだ。しかも、灯りの色は依存心から恋情の中間辺りを示している。確実にケイオスランデルに傾倒し始めている。


(ちょっと前からマーニまで異性として興味を抱く色に変わってきてるし)

 視えてしまうだけに不安が募る。

(パパが美人に対して効果のあるフェロモンを発し始めたの? 確かに美男子だけどヘルメットギアで隠れてるから大丈夫だと思って油断してたし)

 ヴァイオラも美少女だが、半ば刷り込みのような恋心を抱く彼女とは事情が違うような気がする。

(アームドスキンの戦場だと思っていたのが女の戦場になっちゃった。って、馬鹿な事考えてる場合じゃないし)


 ロドシークを先頭に艦隊が進出してくる。地表へと艦首を向ける十隻とは別に二十隻は戦闘宙域を向いている。その前方にアームドスキン隊が戦列を組み直していた。


「下がっていなさい。ブレイザーカノンも使う」

 父が思わぬ事を言う。

「へ? 大丈夫? 防御磁場を抜けちゃうかもしれないし」

「計算上は不可能だ。この距離と大気圏を挟めば減衰する」

「びっくりした。ポレオンを壊滅させるつもりかと思ったもん」

 首都には憎きライナックも多いが友人もいる。

「そう容易くはない。有効射程に近付くには地上戦力も排除する必要がある」

「剥いても剥いても皮ばかりの食べにくい果物みたいだし」

「その例えはどうなのだ?」

 声音には表れないが灯りの色には呆れが混じる。ニーチェは空気を軽くするようにケラケラと笑った。


 戦闘艦の砲塔が光を発し、ケイオスランデルも大口径ビームを地上へと放つ。


   ◇      ◇      ◇


 真夜中の悪夢は突然に襲い来る。


 市民の多くは携帯端末が騒ぎ立てる警報に叩き起こされた。画面には今まで見た事もない攻撃警報が表示されている。何が起こっているか分からない彼らは戦慄に身体を震わせる。


 一部の夜を謳歌していた市民は警報と同時に夜空を見上げる。そこには光の饗宴が繰り広げられていた。ただしそれは死を振り撒く饗宴だ。誰もが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 街を覆い尽くす看板投映パネルが全て赤く警報を表示し、けたたましいアラームが響く。人々はパニックに陥り、我先にと建物へと逃げ込む。ビームが貫いてくれば何の意味も無い傘の下に。

 そこへひと際まばゆく夜空が輝く。とてつもない巨大なビームが防御磁場を焼いていた。余波で電磁波が振り撒かれ、携帯端末は途切れとぎれにしか情報を伝えなくなる。人々は恐怖の坩堝に落とし込まれた。


 しかし、時間が経過するとともに市民たちは我に返った。首都ポレオンを覆う防御磁場は惑星ゼムナ最大の強度を誇っており、死の光が降り注ぐ事はないのだと。

 惑星軌道上からの砲撃である。被害の心配はないと告知されると彼らは口々に不甲斐ないゼムナ軍への不平を漏らす。どうしてそんな事態を招いてしまったのかと。


 しかし、その声が高まって騒動に変わる暇など無かった。今度は破壊音が響くと同時に炎と煙が上がるのが見えたからだ。安全かと思った矢先に実際にはビームが貫通してきたのかと思って再び逃げ惑う。


 現場近くの人間だけが事実に直面していた。アームドスキンが夜空を舞っているのだ。ただ、それがゼムナ軍機であるのに気付いた者は少なかった。


   ◇      ◇      ◇


「上手くいきましたね、マスタフォフ様」

「うむ」


 軍服の女性に促されて後ろを眺めると数十機のアームドスキンが彼らの乗る空挺機甲車に続いてきている。その向こうには未だ砲撃を受けているポレオンの姿。数十台の車輛と警護の部隊は混乱に乗じて首都を脱出してきていた。


「驚きました。こんな強引な手段を用いられるとは」

 女性士官は苦笑している。

「いや、私の元には今夜に脱出タイミングが訪れるとしか知らされていない。剣王はそう伝えてきただけだ。これほどの大規模な攻撃をするとは思わなかった」

「そうでしたか」

「万一の事があったらどうするつもりなのだ、リューン・バレルは。ハシュムタットに到着したら厳重に抗議しておかねば。所詮はライナックの名を持つだけの野蛮な小僧か」


(国を憂う気持ちなど期待するだけ無駄かもしれん。真の正義を実現するには我らが立ち上がらねば)


 ゼムナ政府議会議員ローベルト・マスタフォフはそんな思いを抱いていた。

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