魔王と剣王(7)

 惑星軌道警備は星系の外側に向けて配置されている。つまり惑星の夜の側に当たる。これはジャンプグリッドが必ず可住惑星より星系の外側で発見されたからだ。

 研究者は当初、恒星近傍では巨大な重力の影響でワームホールができても永続はできない所為だと理由付けていた。しかし、近年はワームホールの数々が旧ゼムナ文明によってもたらされたものとするのが定説。要は利便性から現在の位置に存在するのだとされた。


「ぼちぼちだぞ。ポレオンが昇ってきた」

 立ち上がったオレンジ髪の男は艦橋ブリッジから出ていこうとする。

「いってらっしゃい、リューン。気を付けて」

「おお、ほどほどでいくぜ。あんまり追い落とすと魔王たちが入り込む隙間が無くなっちまうからな」

「だからって覚られちゃダメなんだよ」

 フィーナに諭される。加減が下手だと思われているのだ。

「期待すんな。役者じゃねえからよ」

「ナビカーソルで指示するから。タイミングはエルシさん、お願い」

「ええ、地獄エイグニルとの連携は私に任せておけばよくてよ」


 首都ポレオンの昇ってくるタイミング、つまり夜の側に入ってから二時間ほどで第一打撃艦隊の探知圏内に入って釣り出さなくてはならない。そうすれば真夜中くらいに最大距離を取らせ、地獄エイグニルが艦砲攻撃を行える。


「タイミングが全てってえのは性に合わねえ。戦場ってのは生き物なんだからよ」

 生粋の戦士はこぼす。

「そこを上手に立ち回るのが戦術家というものよ。魔王はそうやって勝ってきたのだから」

「あいつとはとことんタイプが違うんだよな」

「ええ、彼はあなたに足りないものを持っているの」


(やけにあいつの肩を持つな。こりゃ、今まで通りのやり方を貫いていたら行き詰まると思ってやがったんだぜ。言えばいいのによ)

 出過ぎない彼女の行動をじれったく感じる部分はある。リューンにはエルシの意見を尊重する思いがあるのに、だ。


 彼が言い出さなければいずれは引き合わせるつもりだったのかと思える。或いは時代の潮流という運命が二人を出会わせたか。


「うっし! じゃあ、本物の作戦ってやつを味わってくるか。足を引っ張らねえようにしないとな」

 皮肉げな笑いを向ける。

「無理しなくとも、或る程度の遊びは設定されているわ。魔王だって何もかも自分の思い通りに事が進むとは思っていなくてよ」

「ニーチェちゃんみたいに、そこに収まらない暴れん坊じゃなかったらね」

「あの小娘と一緒にすんな」


 冗談を言うフィーナの額を指で弾いてから格納庫ハンガーに向かった。


   ◇      ◇      ◇


「来た来た。あの銀色の戦艦、ベネルドメランでしょ?」

「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」

 副官の女性はジュスティーヌを諫める。


 この上官の行動には閉口している。第一打撃艦隊に到着してからも艦隊司令の男をさんざんからかっていた。同じライナック姓を持つとはいえ傍流の彼では、本家直系の彼女に口ごたえなどできない。面に表さないよう耳を真っ赤にして耐える姿を憐れに感じていた。


「相手が剣王ならデュープランの実戦テストにはおあつらえ向きじゃない?」

 大胆に過ぎる。

「いいえ、剣王のゼビアルではいきなりは荷が重すぎます。お控えください」

「真っ正面から当たったりはしないわよ。小手調べ程度に軽くお手合わせしてもらうの」


(そんな事言って、いざ出撃したらすぐ本気になる癖に)

 本音は飲み下す。


「いいですね? 出撃するのは構いませんが、エルモーソ司令の指揮する戦列を乱したりなさいませんように」

 焼け石に水と思いながらも忠言する。

「一応は気にするから、そんなに怒らないの。わたくしだって後から陰口叩かれるのは嫌だもの。思わず左遷させたくなっちゃうじゃない」

「そういうところです、姉上が煙たがられるのは」

「本当にいい子ちゃんなんだから、あなたは」


 ジュスティーヌは彼女が肩口で切りそろえた薄茶色の真っ直ぐな髪を取って手触りを楽しんでいる。自分の少しきつめにウェーブする長い髪と違って面白いのだろうか?

 ゼムナ軍に入隊する以前は彼女も腰まで直毛を垂らしていた。未練を残さず、過去を振り切るようにバッサリと切り落としたのだ。


「昔に比べたら融通が利くようになったみたいに見えるけど、それは自分を抑え込むのが上手になっただけなんでしょ? わたくしには分かるのよ」

 痛いところを突かれる。

「お爺様を前にしてさえ、いつも物言いたげに唇を引き結んでいたじゃない。そんなあなたを見ているのが面白くてしょうがなかったわ。言いたい事があるのなら言えばよかったのに」

「私は姉上と違って分家の娘です。そんな事をしたら家に迷惑をかけてしまいますから絶対に口にできません」

「ライナックの家は能力主義。わたくしほどではなくとも、戦気眼せんきがんを持つ分家の娘をないがしろにはしないから」


 そうは言っても上官がお爺様と呼ぶ宗主リロイ・ライナックが同じ考えを持つとは限らない。彼女の立場で滅多な事はできなかった。


(まだまだ時間が掛かる。戦功を立てないと発言力も持てない)

 今も一つのステップなのだ。

(でも、戦場で誰かを弑して家族を泣かせてまで勝ち取った地位で何かを為すのが正解なの? 傍流の専横を許してまで政治中心に居座る事で正義を為そうとする本家とどれだけ違うというの?)


 彼女の中ではずっと葛藤が渦巻いていた。

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