第十話

黒き爪(1)

 いつもの遊戯室であれば思いおもいに卓が引き出され、着いた人々がそれぞれに投映パネル内でカードゲームなどに興じているものだ。場所柄、個々で遊ぶゲームでなく、相手の顔色を窺ったりして楽しむゲームが主流になる。

 友人同士であれば軽食や飲み物を挟んで語らっていたりする。恋人同士の時もあるが、静かに流れる小惑星の影から望める星空を眺めながら展望室で愛を囁くほうが向いていよう。


 ところが今日の第一遊戯室は全ての卓が収められ、大勢の若者が集まっている。別に決起集会などではなく、そこではアップテンポなビートが刻まれていた。


♪ 愛を確かめなさい 愛を確かめなさい 君と 私 二人 競う 恋の狩人~


 入口とは反対の壁際には演説などが行われる一段上がっただけのステージ。そこで黒い髪を振り乱しながら一人の娘が派手な身振りで踊りながら高音を張り上げていた。

 その歌声に合わせて集まった若者たちが踊り狂っている。一曲が終わって最後のポーズを決めた娘に万雷の拍手が寄せられた。


「かっこいいよー、ニーチェ!」

「すげえぞ、くれないの堕天使!」


 タンクトップにショートパンツ、パイロットブルゾンを羽織って腕まくりしたニーチェ・オクトラスレインは、皆がハイタッチで迎える中を通り抜ける。飲み物を置いてある一角に辿り着くとヴァイオラともハイタッチを交わした。


「さすが元音楽学校生」

「任せなさーい!」

 グラスを合わせる。


 中身はかなりアルコール度の低いカクテル。皆、酒でなく雰囲気に酔いたいというのが本音だろう。反政府活動と戦闘に伴う緊張感は精神疲労が激しい。ストレス解消は酩酊より精神解放のほうが効果が大きいと知っている。


「ふぅ」

 喉を伝わる冷たさに彼女はひと息ついている。

「ほんと、プロ級だわ。ニーチェはシンガーでもやっていけたんじゃない?」

「そりゃ、毎日発声練習漬けだった時期も有るけど、それは声楽としての訓練だったし。こういうポップな楽曲は趣味で歌ってただけ」

「それでこれだもんね。センスあるわ」

 正直羨ましくもある。

「今度は戦闘中に共用回線で歌ってみれば? 相手の奴ら、歌に酔ってお手てが疎かになるかもよ」

「それは駄目。歌は誰かを感動させる為に歌うんだもん。戦闘の道具じゃないし」

「そこは拘るんだ」

 真剣な色を帯びた赤い瞳に、ヴァイオラは自らの失言を知る。

「戦場はお互いの命を賭け合ってぶつかる場所。そんな所に歌を持ち込んじゃいけないし。歌にも相手にも失礼」

「あー、ごめん。さっきの無し」

「気にしなくていいし。戦場じゃなきゃ、みんなの為に歌うのはすごく楽しい」


 父親が死んだと思っていた一年間、ニーチェは全く歌えなかったらしい。音符の表面をなぞる事はできても、そこに命と言える情感を乗せられなかったと言う。それは彼女にとっては歌ではなかったと振り返っていた。


「ニーチェ、もう一曲頼むよ!」

 仲間と盛り上がっていたマシューが空気を読まずに言ってくる。

「勝手言ってんじゃない、ゴミクズ! プロの卵に歌わせたいんだったらお金払いなさいよ!」

「マジかー! おい、金集めろよ」

「あはは、何曲でも歌ってあげるし」


 ステージに上がったニーチェはコンソールを立ち上げて選曲している。スタンバイさせたらσシグマ・ルーンを接続。ギアのマイクが彼女の声を拾って遊戯室中に響かせる。なのでどんな激しいダンスも可能なのだが、今度は一転してバラードナンバーが流れてきた。


♪ 宇宙の果ての祈りの泉 そこにあなたと向かいたい わたしは誓う 永遠の愛を

 例え二人が分かたれようと この契りはほどけない あの光の花咲く戦場でも


 誰が気を利かせたか、少し薄暗くなった室内で手を取り合う男女が現れる。抱き合ってゆっくりと身体を揺らし、中には唇を重ねる者まで出てくる。心の奥底にまで響く歌声に誰もが身を任せていた。


(この娘はほんとにすごい。恋人のいないわたしでさえちょっと泣きそうになってきちゃうもん。魔王様が大事にするのも分かるかも)

 正直、容姿だけなら勝っている自信がある。でも、総合的に見て魅力という意味では勝てないかもしれないと思わせた。


 余韻の時間が流れた後、またポップなナンバーに変わった。前奏を聞いてそれなら自分も歌えると思う。


(負けてらんない。ニーチェと二人で魔王様の両脇を固めるなら同じ場所に居ないとダメ)

 ステージに駆け上るとσ・ルーンをコンソールに接続する。


 待っていたとばかりのニーチェが差し出す手に自分の手を合わせる。楽曲に合わせて激しい振り付けを披露する。長い金髪が宙を舞った。

 アイコンタクトだけで舞うアドリブのダンス。ニーチェは器用に追いかけてきて、いつしか見事にシンクロする。流れる汗と思いっ切り震わせる喉から染み渡る解放感。ヴァイオラはその空気に陶酔した。


「気持ちいいー!」

「最高だしー!」

 壁際に出されていた椅子に二人肩を組んで雪崩れ込む。

「わたしたちって滅茶苦茶気が合わない?」

「めっちゃ上がったしー!」

「これだけ気が合うなら、いつかお母さんになっても大丈夫よね?」

 どさくさ紛れに問い掛ける。

「は? それは別の話。誰にもパパはあげないもん」

「えー!」

 急に真顔になったニーチェにすげなく断られる。


 すぐに破顔して、お互いの肩をバンバンと叩き合うと大声で笑い合った。

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