黒き爪(2)

 魔啼城バモスフラの中央管制室の司令官席にヘルメットギアの人物が座っている。マーニ・フレニーはその傍らに近付いた。


「はい、ケイオスランデル」

「言いそびれていたな。ご苦労だった」

 仮面の向こうをつい想像してしまう。


 ポレオン支部の責任者だった彼女はジェイル・ユングに関しても詳細に調べていた。いつか勧誘リストに入ってくるのではないかと思えたからだ。

 プロフィール画像の銀灰色の髪の美男子が赤いセンサースリットの向こうに透けて見えるように感じてしまう。少しもったいないと思ってしまうのは女の部分だろう。


(この人はどんな思いでここに座り続けてきたのかしら)


 一方では正義と秩序を謳いながらも乱し続ける権力者を司法の立場で糾弾する。もう一方で罪と知りながらも自らを悪と律し、魔王として破壊を命じる。葛藤があるなら片手落ちになりそうなものだが、そんな隙を感じた事がない。


(たぶん、彼の中では全てが手順の内なんでしょうね)

 魔王は無意味な事をしない。


「訊いてもいい?」

「よかろう」

 データを精査する手を止めずに彼は答える。

「ライナック案件に手を出し続けていたら、いつかは潰しに来ると思ってた?」

「ニーチェに聞いていたのだろうから隠しても無駄か。彼らの権力の土台はどうあっても市民感情にある。英雄の末裔であるからこそ名に重みが加わるのだ。そこを崩されるのは厭うだろう」

「それでも関わり続けた」

 注意を引くようにコンソールの端を指でなぞる。

「本気で潰しに来た瞬間が、あなたが表向き死ねる瞬間だから?」

「端的にいえばそうだ。だが、計画的にいかねば本当に終わりの時になる」


 ケイオスランデルは入れ替わりの時を模索していた。

 ライナック案件で『横紙破りのジェイル』への反感が強まる。アナベル事件で『地獄エイグニル』への危機感が高まる。軌道艦隊討滅作戦で航宙警備が手薄になる。目障りな機動三課の男を処断できる機会ができる。一つの流れが最初から組み上げられていたのかと思えるほどだ。


「って、こんな感じ?」

 自分の推理を披露する。

「穿ち過ぎだ。他人の考える事などそんな容易に読めるものではない」

「でも、あなたの作戦はそれを感じさせるのだけど」

「例えばアナベル事件は、麻薬を発見するに至るまでは想定できた」

 つまり積荷に麻薬が含まれているのは把握済みだったらしい。

「それを告発動画にする指示はしていない。現場の判断だ」

「うちの連中の考えそうな事くらい予想の内じゃない?」

「選択肢の一つでしかない。そのまま焼却するだけかもしれない」


 彼の中では麻薬を着服する想定も入っていたように思える。そんな事をした者は今頃放り出されていただろう。


「軌道艦隊討滅作戦は?」

 指を立てて覗き込む。

「それこそゼムナ環礁への派遣計画が発動するまで規模は予想不能だ」

「確かに」

「規模ごとの対策は計画しておいたが」

 もっと上の想定にマーニは肩を竦める。

「機動三課の動員は微妙だったものね」

「うむ、打撃艦隊を動かすだけで戦力補填は可能。そこにあったのは私に対する陥穽の入る余地だけだ」

「要するにあなたは可能性の細い道筋を生み出す選択を取り続けていただけだってこと?」

 ケイオスランデルが振り向く。口元が少し笑っているように思えた。


(それだってとんでもないこと。だって誰かが取り得る選択肢の大半を検討してたって事だもの)

 そう思えば怖ろしい笑いにも思える。


「常に全体の動向を叶う限り掴んでおかねば破滅が待っている。ゼムナの遺志のサポート無しでは無理だっただろう」

 自分の洞察力には触れないようだ。

「そこまでしてニーチェに害が及ぶのを避けたかったのね」

「他にもある。が、それが一つの要因であるのは確かだ。親という立場になった以上、巣立つまでは責任があると考えていた」

「お優しいこと」

 笑いが込み上げてくる。

「私を何だと思っている」

「冷徹な魔王。……に見せ掛けておきたい男っていうと失礼よね。こう在らねばならないって貫き通そうとしているのに、ニーチェには出し抜かれ続けてる感じ?」

「否めんな」


 彼女の破天荒ぶりは、傍で見ている分には楽しめるレベル。しかし、身内として接しようとすれば、なかなかに御しがたい存在だろう。


「振り回されるのもそれなりに楽しいものよ。気付いているんじゃなくて?」

 ケイオスランデルは腕組みする。

「あれほど才気煥発な子だ。いくらパイロット適性が高かろうが戦場で消費していいものではない。何より大人が見過ごして生み出されてしまった現状を子供に背負わせてはならないと思っている」

「耳が痛いわね。それには同感。だったら彼女の前に続く険しい道を、大人が血を流してでも均してあげないといけないわよね」

「頼っても良いか?」

 思わぬ台詞にマーニはヘルメットギアの横顔を凝視する。

「驚いた。総帥閣下がそんな事を言うなんて」

「情というのは簡単には捨てられんものらしい」

「憶えておくのをお勧めするわ。今のあなたになら命を捧げても良いって思ったもの」


 頼りになる指導者であり指揮官。冷淡であれど極めて能力が高く、作戦立案にも優れた男。付いていくに値するが、それ以上ではないという印象が少々変わる。


(ニーチェったらいけない娘。これほどの男をたぶらかしている自覚はないんでしょうね)

 少しからかってみたくなる。


「何だったら抱かれても良いって思うくらい」

「冗談はやめておけ」

「丸っきり冗談でもないんだけど、ニーチェを怒らせてしまうわよね」


 マーニは手をひらひらと振って司令官席を離れた。

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