魔王顕現(12)
「ジェイル、いいかげん勘弁してくれ。お前と組んでライナック案件がもう二件だ。このままじゃバディを続けるのは無理だぜ」
先輩捜査官のグレッグが悲鳴を上げる。
「そうですか。困りましたね」
「いや、困らんでもいいだろ。やめりゃ済む話じゃないのか」
謹慎明けに機動三課に転属が告げられた。目障りだから街区の管轄から外すつもりらしい。境界警備なら街中の諸々にも手を出せないと思っているのだろう。
(大きな勘違いですけどね。この程度で僕が手加減するとでも?)
そう思いながら端末をシャットダウンする。
「なんだ、もう帰るのか?」
訝しげに問われた。
「午後は非番をいただいてます」
「なんか用があるのか」
「ええ、今日は一緒に暮らす女の子を迎えに行かないといけないんですよ」
署を出たジェイルはしばらく車を走らせた後に駐車スペースへの停車指示を入力する。休憩を装ってリクライニングしたシートに身を委ねて目を閉じた。
次に意識が戻った時には天井を見上げている。手を持ち上げて指が動くのを確認すると身を起こした。
リモート生体を休眠ベッドから立ち上がらせると、専用のコンソールが備え付けてあるデスクに着く。秀でた額の下に赤いセンサースリットが一文字に走るヘルメットギアを装着するとコンソールに指を走らせた。
それで二隻の戦闘空母の各所へと立体映像が届けられる。黒い爪のエンブレムが掲げられている背景の前で彼は高らかに宣言した。
「皆、聞け。私が
◇ ◇ ◇
時は戻り、ここはジェイルの私室。
『愉快であろう? 此奴は復讐心などでは動かぬのじゃ。こう在らねばならぬという理念だけで何をするも厭わんのじゃからの』
ドゥカルがニーチェに説き聞かせる。
『此奴を見つけたのは偶然じゃったが、面白いものを拾うたと思ったものよ』
「偶然?」
『うむ、儂が見ておったのはそなたなのじゃ』
彼女には意味不明な事を言う。
苦笑したジェイルが髪を撫でながら覗き込んでくる。彼は何か知っているらしい。
「本来、協定者になるのは君の筈だったんだ」
驚きの事実が告げられる。
「あたし?」
「そう。君にはこの国の現状を覆すほどの
「命の
以前そんな感じで言われた。
「そこに何の能力も持たない男が割り込んだだけだっていうのに、この変わり者のゼムナの遺志は面白がって僕のほうを選んだ」
思いもしない経緯を語られる。しかし、ニーチェは彼の失言を忘れていなかった。
「『時代の子』って言うらしい。人類が変革の時を迎えた時に自浄作用的に生まれるんだって聞いた」
ドゥカルもこくこくと頷いている。
「でも、パパはあたしを戦場に出したくなかったから自分が代わりになる決心をしたんでしょ?」
「憶えてたんだね」
ジェイルは顔を顰めている。
「僕が決意するに至る後押しをしてくれた君に些細な恩返しのつもりだった。才気あふれるニーチェならばどんな道でも選べると思ったんだけど、時代の矯正力ってやつはそんなに甘くなかったみたいだ」
「恩返しなんて、あたしをこんなに幸せにしてくれただけで十分。それが役割ならパパを助けて戦うし」
身を寄せてジェイルの腕を抱き、赤い瞳で真摯に見つめる。しかし、彼の灯りには逡巡の色が浮かび、黒い瞳はゆるりと逸らされた。
「僕は誰かの為に戦わない。それが例え君でも」
声音に感情はない。
「もし、その一撃で全てを終わらせられると思ったら、射線の先に君も居たとしても僕はトリガーを引く。そんな男を慕って付いてきてもつらくはないかい?」
「それが何か?」
(何も気付いていないと思ってる? あたしがどれだけパパの事を理解しているか嘗めないでほしいし)
手の伸ばして強引にジェイルを振り向かせた。
「パパがあたしを選んだのも偶然。『子供があんな泣き方をするものじゃない』っていうのがパパの理念なんだもん」
視線を繋ぎ合わせる。
「確かにそうだ」
「だから同じ境遇、同じ不満を抱いている子がいたらそっちを選んだはず。あたしの順番が早かっただけの話だし」
それは別に厭世的な意味ではない。
「パパが注いでくれた愛情の根幹が理念なんだもん。それならあたしはその偶然を思う存分貪るだけだし」
ジェイルは破顔すると手で覆って大きな声を立てて笑う。そこまで愉快そうな父を見るのは初めてかもしれない。
「君は本当に面白い子だね。ドゥカルが君のほうに鞍替えしないのが不思議でならないよ」
『儂にとってはどっちもどっちじゃ』
彼はその台詞に口の端を吊り上げて応じる。
「分かった。付いてきなさい」
「うん!」
もう二度と放さないつもりの腕をぎゅっと抱き締めた。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ニーチェ」
ロドシークの
「あなた、父親のかたき討ちの為に
「言ったし」
「えーっと、ケイオスランデル、父親が生きていたんだったらもう理由は無くなったんじゃない?」
目に見えて周囲の空気が変わる。艦橋要員皆が彼女の言動に注目しているようだ。
「かたき討ちはもういいし。リューン・バレルも狙うのやめる」
「はい? 剣王まで殺す気だったの!?」
とんでもないカミングアウトに彼女は青褪めた。
「じゃあ……?」
「間違っているよ、マーニ」
彼女は指を振って見せる。
「パパに褒められたくて頑張ってるあたしが一番すごいから」
そう言ったニーチェは、マーニでさえぞくりとするほどの女の顔をしていた。
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