魔王顕現(9)

 チェックしていた登録ナンバーの黄色い車が高架道路ハイウェイを高速で突っ走っている。それを横目に見ながらジェイルは警察機ZASP672V3『サナーク』を上空に滑り込ませた。


 デロトファミリーとカシムファミリーの抗争はアームドスキンを持ち出すまでに発展し、ポレオン上空で格闘戦に及んでいた。理由は単純。デロトの構成員がカシムの兵器倉庫の位置を警察にリークしたのが発端である。

 暗黒社会の暗黙のルールを破ったという事で、デロトファミリーは強硬な報復に出ている。当初は否定していたカシムファミリーもデロトのアームドスキンに兵器倉庫が強襲されるに至って全面抗争に打って出た。


(ガスが充満しているところへ種火を放り込むだけで簡単に爆発してくれますね)

 ジェイルは二機の動きから目を放さない。


「そこの二機、速やかに降下して機体を停止させなさい。こちらはポレオン第三市警機動一課所属機です」

 巧妙に二機の位置をコントロールした彼は、市街地に被害が及ばないよう下方をキープする。

「うるせー、元を言やあこいつらが!」

「黙れよ! 無茶しやがったのはあいつらのほうが先だ!」

「黙るのはあなた方二人ともです」

 バルカンファランクスを3ポイントで発射する。

「ぎゃっ、撃ってきやがった!」

「おいおい、ここは!」

「そうです。街区はアームドスキンを乗り回して良い場所ではありません」

 通過する小径ビームに二機はハイウェイ沿いへと機体を流す。


 中央を狙って再びバルカンファランクスを発砲する。弾けるように分かれた二機の片方に急接近させた。

 瞬時に距離を詰めた後はラウンダーテールをビームブレードで斬り裂いて落とす。反重力端子グラビノッツの効果でゆっくりと落下する機体は他の課員が確保するだろう。


 反社会勢力の保有するアームドスキンはどこかの町工場に依頼して組み上げさせたものだ。軍兵器廠でロールアウトする軍用機の一種である警察機より性能で大きく劣る。ジェイルにとっては造作もない相手。


「投降しなさい」

「冗談じゃないぜ」

 もう一機は逃走を図る。


(そう来てくれないと困りますからね)

 トリガーを短く指で弾きつつ、ハイウェイ上の黄色い車の位置を再確認。


 追い込みながらスルリと上方に遷移する。反転しざまにブレードで頭部を破壊。身動きしなくなったところで蹴り落とす。

 落下を感じたアームドスキンのパイロットはモニターが甦る前に咄嗟に推進機を噴かして減速。そこへ加速したまま突っ込み、更に蹴り落とした。


「ちょっと待て! 何しやがる!」

 衝撃音と前後するように非難の声が上がる。

「これは失礼。公務中につき勘弁してください」

「できるか! ぼくが誰だか知っているのか!?」


 墜落したアームドスキンに黄色い車が突っ込んでしまっている。非難の声は、まろび出てきた同乗者の青年からだ。


「存じ上げていますよ、ゲラルト・ライナックさん」

 名指しされて青年はビクリと震える。名前で恫喝する目算が外れたのだ。

「知っているならなおさらだ。この始末はどう付ける?」

「市民の協力に感謝します」

「馬鹿にしているのか!」

 ゲラルトは吠えた。


 野次馬が集まりつつある。誰もが好奇の視線を向けて、携帯端末で動画を収め始めていた。


「普段は好き放題なんですから、たまには善意の市民として寛容に応じてくださいませんか?」

 野次馬から含み笑いが聞こえる。

「それとも、自分が誰の恨みも買っていないという自覚がおありで?」

「な、何を言う!」

「エルヴィーラ・フィンザという女性を知っているでしょう?」

 ハッチを開けて進み出ると、ヘルメットを外して素顔をさらす。

「長い栗色の髪に碧い瞳の美しい人です。あなたが拉致して欲望のままに暴行し、放り出した女性の名前ですよ」

「……そんな女は知らない」

 一瞬息を飲んだゲラルトはしらばっくれる。

「僕の妻になる筈の人でした。帰らぬ人となってしまいましたけどね」

「くだらない事を言うな! どこに証拠がある!?」

「どこにもないでしょうね。彼女の証言記録さえもう消去されているでしょう。あなたの家にはそれだけの権力がある」


 見下ろすジェイルの黒い瞳に復讐の炎はない。ただ、冷たく射貫くような光が宿っている。


「ここまでして、覚悟はあるんだろうな?」

 押し殺した声で恫喝してくる。

「どうぞご随意に。第三市警機動一課のジェイル・ユングです。この顔と名前をよく憶えておいてくださいね?」


 σシグマ・ルーンでビームブレードの格納命令を出す。下げた右手のブレードグリップから伸びていたブレードは、ゲラルトの横2m足らずの位置を通過して格納された。


「ぎひぃ!」

 驚いた青年は腰を抜かして無様に転がる。

「おっと、これは失礼」

「お前ー!」

「いつ何時、何があるか分からないものです。お気を付けて」


 冷淡な笑みを浮かべて一瞥をくれるとジェイルはヘルメットを被り直した。


   ◇      ◇      ◇


「ジェイル」

 機動一課長がデスクの彼に声を掛けてくる。

「降格だ。お前は今日付けで三等捜査官からやり直しになる。どうしてかは分かっているな?」

「ええ、もちろん」

「それと謹慎処分も下った。頭を冷やして出直して来い」

 課長は顎でドアを示した。帰れという意味だろう。


 肩を一つ竦めて携行品を片付け施錠する。黙って立ち上がると背を向ける、


 ジェイルは身分の変化に何の感慨も抱けなかった。

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