魔の啼く城へ(13)
直掩機を全滅させられ、八隻の母艦のうち六隻を撃沈されたゼムナ軍アームドスキン部隊は気もそぞろである。マシューが突貫しても組織的な抵抗を見せないので、ヴァイオラもフォローが不要だった。
「歯応えが無いぜ! もう折れてんのかよ!」
「なに勘違いしてんの、ゴミクズ。もう撤退したいのに、今反転すればわたしたちの追撃が背中から襲い掛かるから退くに退けないだけ」
「でもな、後退戦闘っていうには砲撃も散発的だし、戦列も組めてないぜ」
「悔しいけど、後ろからのプレッシャーに耐えかねているのよ」
敵艦を撃沈して本隊と合流をしようとしているマーニ隊が、敵陣形の薄いところを突破しようと虎視眈々と狙いつつ接近中。標的になりたくないゼムナ軍機は僚機との間隔ばかりに気を取られて動きが緩慢になっている。
「この敵は、それだけお姉さまたちに苦しめられてきたわけ」
ヴァイオラはテールカノンを放ちながら持論を展開する。
「おいおい、天下のゼムナ軍がそんな弱腰かよ」
「強国を笠に着て負け知らずできたからこそ、計算が狂うと脆いのかもね」
頭部を吹っ飛ばされて泳ぐ敵機にマシューがとどめを刺す。
「逃げを決め込んでるなら追い込まずに逃がしたほうが良くないか? キレて死に物狂いで仕掛けてくるかもしれないぜ」
「だーめ。きっとこの状況までが魔王様の策略のうち。ここは殲滅戦をやってでも
ヴァイオラが思うに、第一打撃艦隊がクラフター一隻を執拗に追い掛け回したのは
(魔王様のお心に適う戦果を挙げなきゃ)
彼を幻滅させるのだけは嫌だ。
「抜けるわよ」
マーニ隊が背後から攻撃している。
「抜けたと同時にこいつら崩れるわ。全力で殲滅するの。いいわね、ゴミクズ」
「それでお願いしてるつもりかよ」
「お願いじゃないの。やんなさい」
マシューはまだ何か喚いているが知った事ではない。
胸部をビームで貫かれた敵機が浮遊する。それを蹴りつけながら鮮やかな赤い機体が姿を現した。続いてドナ機を先頭にして編隊が突破してきて最後にマーニのクラウゼンが抜けてくる。
通過する四機編隊をよそにルージベルニは即座に反転する。恐怖に駆られ、躍起になってブレードを振り上げたオルドバンを赤い拳が殴り付けた。
(出鱈目してるだけじゃないわけ? 結構肝が据わってるじゃない)
臨時加入したニーチェはほとんど素人だと聞いた。特出する技能も無く、訓練も受けていない一般人だったらしい。それなのに、死が蔓延する戦場で怖れもせずに敵に立ち向かっていく。その根底には彼らと同じ望みがあるのだとヴァイオラに思わせた。
「専用機なんかに乗せられて、内心一番戸惑っているのはこいつかも……」
「何だよ、ヴァイオラ」
「独り言!」
ペダルを踏み込む彼女の顔は薄く笑いを刷いている。
ルージベルニの追撃を受けつつ、ゼムナ軍機は苦し紛れの応射をする。音もなく回転した肩の固定武装がビームを放ち、かなり短めのカノンインターバルで連射を繰り返している。手数で負けた敵機が直撃を受けて爆炎に変わる。
その影から飛び出そうとしている敵機の背後にヴァイオラは張り付いた。胴を両断してパルスジェットを噴かして離脱する。
「そのまま踏めし!」
「なに!?」
反射的にペダルを踏み込む。
最前までヴァイオラのいた空間をルージベルニのビームカノンが指向している。ビームが眼前を通過し、彼方で砲撃体勢に入っていた狙撃型量産機フェルデランに直撃する。遠く光球が花開くと狙撃部隊も慌てて撤退していった。
(こいつ、あれが見えてた?)
尋常ではない視野の広さだ。面白くなって、つい笑みも深まる。
「やればできるじゃない」
「また偉そうだし」
声音に不満が混じっている。
「面白くなってきた。ニーチェっていったよね? 一緒に行こ」
「どんな風の吹き回しだし」
「いいじゃん。堅い事言いっこなしよ」
ニーチェは時折り曲芸じみた狙撃を見せる。マシューの尻を叩きつつ、長躯の追撃戦に入っても全くの不安が無い。
「あはははは、あなたって結構愉快じゃない」
戦闘中だというのに声を立てて笑いが出てしまう。
「あんたもね。痒いところに手が届く感じ。頼りになるし」
「でしょ? すごくいい感じじゃん?」
最終的に第十六、第二十一分艦隊の半数を超えるアームドスキンを大破以上にまで追い込んで追撃戦は終わった。
◇ ◇ ◇
マーニがクラウゼンから降機してパイロットブルゾンを羽織ると、金髪の少女と黒髪の少女が互いに泳ぎながら接近するのが見える。
(また、あの娘たちったら)
嘆息する。
だが、接触した二人は両手でハイタッチを交わすと、そのまま抱き合ってお互いの背中をバンバンと叩いて笑い合っていた。
(あらら、若い子たちっていうのは本当に……)
昇降バケットの手摺に身をもたれ掛けさせ、彼女は微笑ましく見守っていた。
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