魔の啼く城へ(14)

 魔啼城バモスフラに帰投したマーニたちがケイオスランデルに帰還報告をするというのでヴァイオラも同伴する。彼らを出しにすれば入りにくい総帥室を覗け、魔王に合う口実になるのだ。

 ニーチェと腕を組み仲良しアピールをしておけば咎められる事もないだろう。大手を振ってお目通り叶える。


「へ、灯り?」

 片腕に抱いた子猫の喉を器用に掻いている赤眼の少女が妙な事を言い出す。

「そ。命の灯りが視えてるから狙うのも簡単だし」

「はい? じゃ、その灯りっていうのを使って、あの曲芸みたいな狙撃をしていたわけ?」

「そういう……」

 言い掛けたところで前方を行くマーニが「ニーチェ!」と制する。

「その件は総帥閣下と相談して扱いを決めるから、とりあえず他言無用って言ったわよね?」

「そうだったし!」

「迂闊なのん。不安いっぱいなのん」

 露骨に挙動不審になったニーチェは視線を彷徨わせる。

「聞いちゃったもんは仕方ないじゃん……、ぐえ!」

「黙れ、ゴミクズ。ゴミはゴミ箱に入って耳をふさいどけ。でも、聞き流すのはちょっと無理そう」

 マシューの腹筋に裏拳を放り込んだまま、流し目をニーチェへと注ぐ。


(この娘、異能者? それでルージベルニを任されてるって言うんなら納得できなくもない。その情報の扱いをお姉さまが渋るのも当然だし正しい)

 色んな思いが頭をよぎるが、だからといって誰の耳があるかもしれない通路で追及する訳にもいかない。


「今は我慢する。でも、こうなったら嫌でも同室させてもらうから」

 このままでは寝起きが悪い。

「仕方ないわ。この件の裁定によっては二人にも口止めが必要ね」

「ドナの言う通りにする。この事は魔王様もご存じなのかな?」

「そうでなければ説明できない。ルージベルニはこの娘宛てで送られてきたんだもの。全てを把握していらっしゃるのは総帥閣下以外に考えられない。どうなさるおつもりなのかもお聞きしておかないと私たちもどうしていいか……」


 ケイオスランデルは当然ニーチェを戦力として考えているのだろうし、彼女がルージベルニに乗っている限りは誰もがその異常さに気付くだろう。ほんの数分だけコンビを組んだヴァイオラでも問い質さずにいられないのである。隠すなら隠すで口裏合わせが必要だと考えるドナの気持ちも理解できる。


「何にせよ、あのドアの向こうではっきりするから今は口をつぐんでいなさい」

 マーニは振り返りもせずに指を振って私語を禁じる。

「はーい。ん、どうしたの、ニーチェ?」

「…………」

 彼女は青褪めて軽く震えている。


 それに気付かずマーニがタッチパネルを操作してドアをスライドさせると、目を瞠り口をポカンと開ける。腕から力が抜けたのかルーゴを取り落とす。子猫はくるりと回転して着地し、抗議するように見上げて「みゃあ」と鳴くがそれにも反応しない。


「パパ……」

「へ?」

 囁く程度の声だった。


 ニーチェの震えの大きくなった腕が真っ直ぐ前に掲げられ上体が泳ぐ。覚束ない足取りで一歩二歩と前に進み、踏み出す足が少しずつ速くなっていく。ついには走り出した彼女はマーニを押し退けて総帥室へと駆け込んでいった。


「どうした、くれないの堕天使……って、おい!」


 中には副長のヴィスと施設長のニコールの姿もある。が、ニーチェは何もかも無視して中央の椅子にかける人物の元へ駆け寄っていく。艶消しマットのガンメタルのヘルメットギアを被った人物は足を組み、肘掛けに手を置いたままで微動だにせず座っていた。


「パパ、生きてたし!」


 彼女は座面の開いた部分に膝を立てると、勢いそのまま飛び付いた。首に手を回して身体を引き上げると肩に顔をうずめてぼろぼろと涙をこぼし始める。


「誰と勘違いしているのか?」

 ケイオスランデルは静かな声で尋ねる。

「あたしがパパを間違える訳ないし! 静かで、穏やかで、優しくて、温かい、こんな魂の人は他に居ないもん!」

「困ったものだ」


 魔王は顔だけ動かして赤いセンサースリットを少女の横顔に向ける。いつも通り冷静で、異常事態に困惑しているふうは無いように見えた。


「私の娘ならどこかで大切な夢を追いかけ続けている。ターナミストの漂う戦場など似合いはしない」

 声音にも感情は表れていない。

「分かってるし! 分かっているけど無理! パパを忘れて自分の夢だけ叶えるなんてあり得ないし! そんなの……、そんなのあたしじゃないもん」

「…………」


(こいつ、全権を握っている魔王様と見れば媚びを売るような奴だったの? でも、あの涙、芝居には見えないけど……)

 勘違いを演じて接近し取り入る。そんな手段も無くはないが、それにしては真に迫っている。ヴァイオラのほうが混乱していた。


 ケイオスランデルの右腕が肘掛けから上がる。彼女の知っている魔王であれば、或る一線から踏み込ませはしない。人間味は感じられてヴァイオラに優しく接してくれても、どこか拒んでいる部分がある。そこからニーチェの肩に手を置いて押し退けるはず。


「いつも君は私の予想の外にいるのだな」

 ところが、その右手はニーチェのウエストに掛けられる。そして、そのまま抱き寄せた。


(ああ、この二人は本当に父娘なんだ)


 ヴァイオラは確信に至った。

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