魔の啼く城へ(12)

 彼の所属する第二十一分艦隊は、地獄エイグニルの戦闘艇との初戦で十五機もの損害を出していた。しかし、艦隊参謀部からの命令で挟撃作戦の指示を受け、そのまま追跡任務に従事していたのだ。


 それだけに地獄エイグニルの四隻の艦隊を嘗めてはいない。ダメージの少ない第十六分艦隊と合流後も慎重に戦闘を進めている。当然、周囲にデブリが増えているのに気付いていた。


「多過ぎないか、デブリ」

 僚機に話し掛ける。

「二日前も第八と第十二分艦隊がこの辺りで地獄エイグニル艦隊八隻と戦闘して敗退したらしいのよ。参謀部は例の部隊の帰還作戦の陽動だったって分析してるんだって。その所為で二つの分艦隊が挟撃作戦とこの四隻の迎撃作戦に参加できなくされたって」


 彼女が言うに、厳しい軌道監視網を抜けて帰還する戦闘艇の部隊は地獄エイグニル内部で英雄視されているだろうと予測されていたらしい。新型機を有する重要な部隊でもあるだろう。

 当然、帰還を迎える艦隊の派遣も予想される訳で、その迎撃に二つの艦隊が割り当てられていたという話だ。ところが、出迎え艦隊と思っていた相手と大規模な戦闘になり、大きな損耗を強いられたところで敵は早々に後退していったようだ。

 作戦継続困難と判断された両艦隊は既に帰還の途に就いている。それほどに大きなダメージを負わされたらしい。


「で、ここがこんな有様な訳か」

 情報通な彼女に感謝を伝える。

「陽動作戦を指揮していたのはケイオスランデルみたい。漆黒のクラウゼンが確認されてるわ。それなのに、ここには旗艦ロドシークが居る。つまりは参謀部も踊らされたのよね」

「こっちが本命の出迎えだったか。閃影せんえい弥猛やたけまで居るもんな」

「みたい」


 戦列を組む第十六分艦隊のアームドスキン部隊も苦戦している。後衛から迂回しようとしている彼らも半包囲を狙いながら上手くいってない。


「少しずつは攻め込んでいるのよね。敵部隊を徐々に後退させているからデブリ宙域に入っちゃったんだもの」

 戦況は悪くないが今ひとつ押し切れない。

くだんの『くれないの堕天使』も姿を現さないのが不気味なんだが」

「連中だったらここまでの連戦で疲労困憊でしょうね。完全にオーバーワーク状態じゃない」


(本当にそうか? 何か一気に引っ繰り返す作戦がある気がする。地上で情報部がやられたのは、あの新型の投入が引き金だった。うちがやられたのも紅の堕天使を自由にさせてからだ)

 嫌な予感ばかりが頭をよぎる。


「ほら、もう逃げるので手一杯よ。例の戦闘艇を投棄したもの」

 切り離されたクラフターが浮遊状態で戦闘宙域に近付きつつある。

「ち、違う! あれは!」

「どうしたのよ?」

「投棄したと見せ掛けただけだ! 撃沈しろ! きっとあれに潜んでいるぞ!」

 閃きが確信へと変わりつつある。

「だから、何が?」

「紅の堕天使だ! 見過ごせば後ろから撃たれるぞ!」

 そうなれば総崩れになりかねない。

「隊長!」

「確かにな。敵が潜んでいなくとも爆発物が仕掛けられている可能性もある。全機、戦闘艇を攻撃せよ」


 ビームが集中し、直撃弾を食らったクラフターが膨れ上がる。隊長の予想のほうが当たったらしく大爆発を引き起こした。それが戦闘宙域で起こっていたなら戦列に動揺が走っていた事だろう。


「杞憂じゃない。確かに近くで爆発してたら大惨事だけど阻止できたわ。あの赤いアームドスキンだって今は動かせる状態じゃないんだって」

「そうだったみたいだな」

 自分の心配性が馬鹿らしくなってきた。

「負け続きでどうにかしてたみたい……、はぁっ!?」


 何となく移した視線の先で見えてはいけない物が目に入ってきた。浮遊していたニ―グレンの残骸から装甲が剥がれていく。その下からは鮮やかな赤が現れた。

 漂っていた友軍機の残骸が弾け飛び、五機の地獄エイグニルのアームドスキンが現れたのだ。それは紛れもなくあの部隊の機体だった。


(やられた……)


 投棄されたクラフターばかりに目を取られ、完全に意識の外の位置からの砲撃に僚機は為す術もなく直撃を食らって光球へと変わっていく。


(爆発物入りの戦闘艇さえ気を惹くだけの罠だったんだ)


 肩を金色に塗ったクラウゼンに隊長のオルドバンが撃破される。情報通の彼女の二―グレンまでもが暗灰色のサナルフィに両断されて爆炎に包まれた。


(それどころか、逃亡経路であるここにデブリ宙域を作っておくことだって……。そうだ、最初の地獄エイグニル艦隊との戦闘までがこの作戦への布石だったんだ)


 紅の機体の肩に付属した球状兵装が回転し、砲口が彼へと指向する。スローモーションの視界の中で砲口が光を瞬かせ、薄紫のビームが自機へと向かってくる。


(俺たちはどこまでも魔王の手の平の上で踊らされていたのか)


 意識だけが加速されて身体は付いてこない。ビームが彼のニ―グレンの対消滅炉エンジンを貫くのをただ眺めていた。一気に2D投映コンソールが真っ赤に染まり、操縦殻コクピットシェル射出ボタンが出現するも指はいくらも動かない。


 光が視界を埋めて、その瞬間に彼の意識は消し飛んでいた。


   ◇      ◇      ◇


「敵さんが混乱している間に母艦を沈めるわよ。急ぎなさい」

 マーニの指示が部隊回線から流れる。

「行きがけの駄賃だけはいただいていくぜ」

「足を止めない程度にするのよ、ギルデ。孤立状態なのを忘れないように」

「でも、これまでとは全然状況が違うのん」


 敵軍は立て直し不能だろう。後退戦を演じていた本隊も反転攻勢を仕掛けている。指揮官がどれだけ怒鳴ろうが混戦は必至である。


(可愛がってもらったお礼はたっぷりとさせてもらうし)


 退避している艦隊に向けてニーチェはルージベルニを加速させた。

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